エベレスト目指しスーツで登山、“炎上リスク”どう向き合う? 鉄人社長が爆風の山頂で語った信念
ピシッとしたスーツに赤ネクタイ、足元は革靴で手にはビジネスカバン……。オフィス街を駆けるビジネスマンさながらの格好で、日本百名山や名だたる海外の高峰など、過酷な山への登頂を果たす経営者がいる。1923年創業の紳士服総合販売店「オーダースーツSADA」の4代目・佐田展隆社長は、父の代から倒産寸前で引き継いだ会社を年商42億円企業までよみがえらせたやり手実業家の一方で、自社製スーツの耐久性と機能性を証明するためにアウトドアでの刺激的なチャレンジを多数敢行する“登山家”としての顔も併せ持つ。50代でのエベレスト登頂も視野に入れる佐田社長に、登山歴7年目の30代記者が同行取材。登山趣味そのものがたたかれがちな時代、なぜリスクある試みを続けるのか。その経営哲学をひも解く。

自社のスーツ姿で、日本百名山や名だたる海外の高峰など過酷な山へ挑戦
ピシッとしたスーツに赤ネクタイ、足元は革靴で手にはビジネスカバン……。オフィス街を駆けるビジネスマンさながらの格好で、日本百名山や名だたる海外の高峰など、過酷な山への登頂を果たす経営者がいる。1923年創業の紳士服総合販売店「オーダースーツSADA」の4代目・佐田展隆社長は、父の代から倒産寸前で引き継いだ会社を年商42億円企業までよみがえらせたやり手実業家の一方で、自社製スーツの耐久性と機能性を証明するためにアウトドアでの刺激的なチャレンジを多数敢行する“登山家”としての顔も併せ持つ。50代でのエベレスト登頂も視野に入れる佐田社長に、登山歴7年目の30代記者が同行取材。登山趣味そのものがたたかれがちな時代、なぜリスクある試みを続けるのか。その経営哲学をひも解く。(取材・文=佐藤佑輔)
学生時代はスキー競技に打ち込んだ佐田社長が、スーツ姿での登山を始めたのは2013年。その年世界遺産に登録された富士山で記念すべき第1回目のチャレンジを行うと、その後は槍ヶ岳や剱岳といった日本アルプスの名峰から、ヨーロッパ最高峰のモンブラン、アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロなど、世界の名だたる高峰を次々と踏破した。他にもオーダースーツのお高いイメージを崩すため、スーツ着用でのスキージャンプやトライアスロンなど、アウトドアでのさまざまなチャレンジを続けている。
そんな鉄人社長を前に、インタビューでうっかり「自分も登山やるんですよ」と口にしたことから、まさかのお誘いをいただくことに。麓では残暑も厳しい9月上旬、スーツ着用では日本百名山68座目という、長野と岐阜の県境にまたがる標高3067メートルの御嶽山登山に同行させてもらった。記者自身、百名山には70座以上登頂しており、年齢は50歳の佐田社長より一回り以上も下。その上、社長一行は前日に中央アルプスの空木岳を登った直後とあって、「疲労もあるだろうし、さすがに何とかついていけるだろう」という淡い目論見は、大きく外れることとなる。
前日は木曽路のホテルにチェックイン。当日早朝5時半に待ち合わせ、車に同乗し御嶽山へ向かう。メンバーは佐田社長はじめ、YouTube用の動画撮影スタッフや山岳ガイドら4人。「御嶽山はもう20年近く昔、妻ともう亡くなった母を連れて登ったことがあるんですよ。母ががんで、死ぬ前にどうしても登りたいと言ってね……」。車内では思い出話から、家族の話題に花が咲いた。
午前7時、ロープウェイ乗り場に到着。ロープウェイで7合目まで登り、そこから山頂まで3時間半ほどの道のりだ。身支度を整えいざ登山開始……と思いきや、入山前恒例というYouTube、SNS用の撮影タイムが始まる。ロープウェイ乗り場で1カット、ロープウェイの中で1カット、登山道の案内看板前で2カット、電波環境の良いところを探しリアルタイム投稿。これは時間がかかるなと思ったのも束の間、「お待たせしました。じゃあ、行きましょうか」と言ったが早いか、佐田社長が猛然と登山道を駆け上がり始めた。小型のウェアラブルカメラ「GoPro(ゴープロ)」を片手に、「見てください! ナナカマドが実をつけてますねえ」「日が照って暑くなってきましたが、山頂での絶景を期待して頑張りまーす!」など、ハイテンションで一人実況しながら息も切らさず登っていく。は、速い……。趣味止まりの常人と、鉄人との差を見せつけられた。
登山道では道行く登山者から「佐田さんですよね?」「本当にスーツなんですね」「一緒に写真撮っていいですか」など、次々声をかけられ、その都度快く応じる社長。人通りが途切れると撮影を挟むなど、小まめに立ち止まってくれるおかげで何とか遅れを取り戻しつつ、取材用の質問をぶつけていく。
「『お仏壇のはせがわ』の2代目で、今は相談役の長谷川裕一さんが、お会いした当時70代後半なのにムキムキだったんですよ。お互い出張や会食も多いからジムはなかなか通えない。『いったい何をやってるんですか?』と、たたみ一畳のスペースでできる自重の筋トレを教わって、それだけずっと続けています。腕立て、腹筋、スクワットを100回ずつ。仕事も忙しく、山は月に1回程度しか行けていませんが、それで体脂肪率10%を維持できている。経営者で登山が趣味の人は多いんですよ。仕事で追い込まれた経験が多いから、逆境をはねのけるのが好きなんでしょうね。あとはトライアスロン。自転車は金の力に物を言わせれば勝てますから(笑)」。息も絶え絶えのこちらとしては、1聞けば10帰ってくる冗舌ぶりがありがたい。

危険を伴う登山行為に批判が寄せられる時代、炎上リスクとの向き合い方には持論も
この日は8合目まで晴天も、その先は一転して雲の中。強風が吹き荒れ、登りでかいた汗が一気に体を冷やす。記者がフリースにレインウェアを着こむなか、「スーツはこのくらいの気温がちょうどいいんですよ。ウールだと暖かいし、乾きも早いんです。ネクタイだけがどうしても乾かないんですよね」。緊急時のためにいつもレインウェアと登山靴は持ち歩いているものの、実際に着用したことはほとんどないそうだ。「もちろん、天候の判断ができていることが大前提。ガイドをお願いするのはそこの理由が一番大きくて、今日のような天気に当たることは滅多にないんです。安全はもちろん、“撮れ高”的にも晴れていることは大事ですから。立場的にも、万が一のことがあってはいけないので」。当人の体力・技術が卓越していることはもちろん、山岳ガイドや撮影スタッフなど、周囲のサポート体制も万全の状態で安全への配慮を行っているという。
爆風の山頂・剣ヶ峰では、佐田社長との記念撮影を求め長蛇の列が。その後は火山灰で埋まった二ノ池や噴石被害を受けた二ノ池小屋を訪れ、58人の犠牲者と5人の行方不明者を出すなど戦後最悪の火山災害となった14年の御嶽山噴火に思いを馳せる。噴火当日、小屋で対応に当たっていたという二ノ池小屋支配人の小寺祐介さんに歓迎され、犠牲者を祭った神棚に手を合わせた。
近年、登山を巡る世論は厳しい。警察や消防など、行政が遭難救助の中心を担う日本では、税金での救助活動に対する疑問の声が根強く、山岳遭難を起こした登山者へのバッシングはもとより、危険を伴う登山行為そのものに批判が寄せられることもある。大企業すらネット炎上を恐れる時代、経営者として、佐田社長は炎上リスクとどのように向き合っているのか。
「最初はドキドキでしたよ。一番初めにスーツで富士山に登ったのは、2013年の9月23日、私の39歳の誕生日だったんです。閉山後で人が少ないし、仮に怒られても『誕生日だから』と言えば許されるんじゃないかと思ったから。山で会う人には基本的に大ウケで、登山をやっている人からとやかく言われることはほとんどありませんでした。ネットではいわゆるアンチも多かったですが、動画を上げ続けるうちに減っていって、逆に擁護してくれる人が増えてきた。今ではコメント欄が荒れることはほぼありません。
やっぱり、やり続けたからでしょうね。スーツでスキージャンプをしたときは、スキー場の管理人から『何遊んでるんだ!』とこっぴどく怒られましたが、今ではオリンピアンから『ジャンプ競技の魅力を広めてくれてありがとう』と言われたり。突き抜けたことが大きかったんだと思います」
富士山では昨年から、入山料の徴収や通行規制が導入された。登山に適した服装か、山小屋の予約はしているか、登山口では山梨・静岡の県行政によるチェックも行われている。下山後の車内では、富士山問題を巡る一連の対応について、考えを聞いたみた。
「入山料については賛成です。海外の山でも入山料を取っているところは多いし、登山道の維持や管理には多額のお金がかかります。ただ、服装のチェックや弾丸登山の規制までを行政が行うことには疑問も感じます。登山は自己責任が大前提で、実力や価値観も人それぞれですが、行政がそれを一律にチェックして許可を与えることで、結果的に事故が起こった際の責任までをも負ってしまっている。山岳事故の責任を行政が問われるのは世界中で富士山だけではないでしょうか。自己責任が基本の山において、全部ルールを決めてコントロールしようという発想は、私は間違っていると思います。
解決策としては、救助の際に費用に見合った金額を請求すること、それを周知徹底することではないでしょうか。救助隊も職業ですから、危険や大変さに見合った高給をもらえるようにする。被救助者にはその費用を請求する。高額な費用を取られると知っていたら、装備を徹底するなり保険に入るなり、海外の方も遭難のリスクを真剣に考えるようになるでしょう。誰かが何とかしてくれるという日本人の良くないところが、海外の方を勘違いさせてしまっている面もある。山では自己責任という、本来の考え方に戻していくべきだと感じます」
10時間に及ぶ同行取材で、らつ腕振るう実業家、2児の父、異色の登山家と、佐田社長のいくつもの顔を見た1日。人並外れたバイタリティーと確固たる信念を胸に、スーツ姿でエベレスト登頂を果たし、世間を驚かせる日を期待したい。
