40年赤字の米農家がやっと黒字化 JAに翻弄、国の「米は十分な在庫がある」吹聴に憤り…過酷すぎる現実
今年も米の高止まりが続くなか、米農家の経営状況と苦悩を赤裸々に公開したのが、広島県の米専業農家・松島伸治さんだ。40年もの間、赤字経営に苦しんできた稲作農家がついに黒字転換を果たしたと報告するSNSへの投稿は大きな議論を呼んだ。背景にどのような問題があるのか。米の適正価格についての思いも含め、詳しく聞いた。

耐えに耐えた米専業農家が語る「40年越しの黒字化」
今年も米の高止まりが続くなか、米農家の経営状況と苦悩を赤裸々に公開したのが、広島県の米専業農家・松島伸治さんだ。40年もの間、赤字経営に苦しんできた稲作農家がついに黒字転換を果たしたと報告するSNSへの投稿は大きな議論を呼んだ。背景にどのような問題があるのか。米の適正価格についての思いも含め、詳しく聞いた。
「親父から27歳で稲作を受け継いで40年…初めて今年黒字になりました…因みに赤字の最高は378万円でした…たしかあきたこまちが30k4800円だった様な…悪い時ばっかりじゃ無いいつかは報われるを願いつつ、何度も辞めようかと思いましたが。やっと報われました…辞めんで良かった…ありがとう」
松島さんが自身のSNS(@songdaoshenzhi3)に心境をつづったのは9月9日のこと。「40年」「初の黒字化」という強烈ワードに、ネット上は騒然。「いちばん大切な食料品を作っている方々が赤字なんて…」「テレビでお米が高いと言ってて、なんか胸が痛くなります」「今の価格が適正価格ということですね」といった声が相次いだ。
さらに「オラも親父から引き継いで10年毎年赤字でした」「わが家もやっと今年は黒字にかと」「僕もコメつくりしてたんですが結局黒字化することなく負債を抱えたままコメから撤退」「義実家が米農家でして毎年赤字やった…って言いながらやっていました」など、同じ境遇の農家からの共感の声も多数寄せられ、大きな反響を呼んだ。
松島さんの田んぼは、東京ドームの8割ほどの広さで、広島県の自然豊かな土地にある。
「広島県の中山間地の標高500メートル、芦田川の源流の里で主にコシヒカリと外食用のあきさかりを3.6ヘクタール栽培しています」
地元では代々農業を継ぐのが当たり前とされ、役所の管理職を兼ねていた父から「農業一切お前に譲る」と言われたのが27歳の時だった。
「当時農家がどのような状況かも知りませんでした。受け継いだ時は自宅の1.4ヘクタールだけだったので、自分なりの試行錯誤で稲作を始めたわけです」
最初は苦労もあったが、稲作にやりがいも感じていた。
「この頃から米の値段は下がる一方でしたが、やってみるとやっただけのことに米が応えてくれてしんどかったですが楽しいと思い始め、作業も全て1人でこなすまでになりました」
状況が様変わりしたのは国の減反政策に端を発する、米の価格の暴落だった。
「JA(農協)による米の価買取り価格は30キロがわずか3390円まで下り、たくさんの農家が廃業していきました。また令和には、それまで6000円代で落ち着いていた米価格が突然5000円割れを起こして、さらに大量の農家が離農していきました」
赤字に陥った最大の原因は、JAによる買い取り価格が、生産コストを下回る状態が何年も続いたことだ。
「とにかく米価が上がらず、肥料、農薬、資材、燃料代は上がるばかりで、30キロ玄米の生産コストが令和5年まで米価買取り価格を2000円程度上回る大赤字が続きました」
働いても働いても一向に報われない。3児の父でもある松島さんは投資に手を出し、なんとか生活を維持した。32歳ごろから独学で経済を学び、妻の反対を押し切って、子どもの学費のために積み立てていた金を投資に回すと、のちに子どもたちを大学に行かせられるほどの利益を生み出した。
「運も味方してくれたんでしょうね」と振り返る一方で、「他の農家はJAから融資を受けての米作りなので、私もその立場ならとうに廃業していたと思います」と受け止めている。最近も、コンバインの更新費用が660万円、トラクターエンジン修理代が120万円と費用がかさんだ。投資による利益でまかなうことができたものの、そうでない農家にとっては莫大な支出となる。
JA買取り価格に翻弄…農家に還元も胸中複雑のワケ
本業で利益が出ないことに悩んできた松島さんは、収穫した米の一部をJAではなく、一般に直接販売する手法も取ってきた。
「稲作をやるなら何とか利益を出さないと、といろいろ考えましたが、結論は生産コスト以下で農家から米を集めるJAと国の減反政策が全てだと思い、収穫の半分以上をクチコミで広がった一般のお客様に販売することでした。2013年くらいから始めて生産コスト以上の値段、JA買取り価格より30キロあたり3000円高く設定し販売しました。ウチの土地はこの広い町の中でも5ヘクタールしかない稲作に最適の土壌です。その内の2.4ヘクタールが私の耕作地になり、ココで育てた米だけを一般のお客様に販売したら、おいしいおいしいと数量も毎年増えてお客様も今では30人を超えました」
本来ならJAに買い取ってもらいたいが、背に腹は代えられなかった。「芦田川源流米」と名付けたブランド米。一時はネット販売に力を入れ好評を博していたが、手間がかかるのが難点で断念した。直接売買は購入者も市販の価格より安く買えることができ、双方にとってメリットのあるやり方だった。販路は拡大し、経営の苦しい時に下支えしてくれたという。
一方、ここにきて、JAに大きな変化が見えているという。
「昨年、JA買取り価格がコストと同額になりました。そして今年、JAは他の集荷業者に負けまいと一気に30キロ1万3000円を提示し、さらに他の業者同様、300キロ以上の出荷者に対しては30キロ1万6500円を提示してきました」
目を見張る急騰ぶりだ。それだけ買付け業者による米の争奪戦が激化しているというわけだが、生産者にとっては朗報でもある。米の高騰は、間に入る業者ばかりがもうけ、農家に還元されていないのではないかと疑問視する見方もあったからだ。
だが、松島さんは手放しで喜べない表情も見せる。
「今の米価格は異常だと思います。出荷する農家がJAに1万3000円で出すと、末端店頭価格は5キロ5000円を超えると思います。私が消費者なら手が出ない価格です。確かに米を作る人は年々激減しているわけですから米が足らないのは当たり前です。今年も米どころの新潟、山形、富山、岩手が渇水、関東も渇水とカメムシの大量発生、九州の災害……増産しても令和6年より(全体の売り上げは)減収とみます」と、影響を危惧した。
農水省「米は十分な在庫がある」はウソ…現場では数年前から危機感
かねて同じ米農家を営む同級生3人で、「何でもどん底になりゃいつかは日の目を見るんじゃ!」と集まるたびに声を掛け合ってきたという松島さん。
初の黒字化に胸をなで下ろしつつも、来年の米価格は現状より2000円程度下がる見通しとの情報も入手し、今後も不安定な状態は続くと予想している。
農水省や国が「米は十分な在庫がある」と吹聴してきたことにも憤りを感じている。全国的に米を作る農家が激減したことから、将来の米価格の上昇と不足は3年前から話題になっており、「その時すでに市場には大変な危機感があった」と、見通しの甘さを指摘した。
大ベテランさえ悲鳴を上げる米農家の実態。これまで直接販売してきた米の価格も、生産コストの上昇から値上げせざるを得ない状況となったが、最小限に抑えている。
「恩を仇では返せんし銭、金の問題でなく人情ですかね……」
消費者のこと思い、胸中揺れ動く生産者。かたや買取り価格を一方的に決め、米を奪い合う業者たち。日本の主食を巡る課題の深刻さが浮かび上がった。
