「最後の抱っこは忘れられない」悪質“ながら運転”に奪われた我が子…遺族を苦しめる誹謗中傷と厳罰化の壁

2024年9月、高知・香南市の東部自動車道を走行中、反対車線からはみ出してきた車に正面衝突され、1歳の男の子が亡くなった事故。今年8月、過失運転致死傷罪で起訴された男は、自動運転技術を利用し、走行中にシートベルトを外して靴を履き替えるなどの悪質な“ながら運転”を行っていた。ながら運転の厳罰化を求め署名活動を行う遺族に、事故当時の状況や法改正への思いを聞いた。

ながら運転の車に正面衝突され大破した車【写真:神農さん提供】
ながら運転の車に正面衝突され大破した車【写真:神農さん提供】

走行中にシートベルトを外して靴を履き替えるなど、悪質な“ながら運転”が判明

 2024年9月、高知・香南市の東部自動車道を走行中、反対車線からはみ出してきた車に正面衝突され、1歳の男の子が亡くなった事故。今年8月、過失運転致死傷罪で起訴された男は、自動運転技術を利用し、走行中にシートベルトを外して靴を履き替えるなどの悪質な“ながら運転”を行っていた。ながら運転の厳罰化を求め署名活動を行う遺族に、事故当時の状況や法改正への思いを聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)

 事故が発生したのは昨年9月21日の午前12時50分頃。大阪から1泊2日の旅行で高知を訪れていた神農諭哉さんと妻の彩乃さん、当時6歳の長女と1歳の長男・煌瑛くんが乗った車は、片側1車線の高速道路を走行中、反対車線からセンターラインを越えてはみ出してきた車と正面衝突。この事故で、助手席側後部座席でチャイルドシートに座っていた煌瑛くんが亡くなり、運転席の諭哉さんは左手を骨折、助手席に乗っていた彩乃さんも内臓損傷と全身12か所を骨折する大けがを負った。運転席側後部座席でジュニアシートに座っていた長女に大きなけがはなかった。

「前日も片側1車線の高速道路を走っていて、『この道怖いね』と話していました。事故の瞬間は一瞬で、ぶつかった後に分かったくらい。ドライブレコーダーでは、相手の車がセンターラインを越えて衝突するまで、1秒もありませんでした。子どもたちは後部座席のチャイルドシートとジュニアシートで寝ていて、こうちゃんは隣に座っていたお姉ちゃんが泣きながら揺すっても、心臓マッサージをしても人工呼吸をしても起きない。死因は外傷性ショックと診断されました」(彩乃さん)

 事故から9日後に行われた煌瑛くんのお別れの会。高度治療室に入院中だった彩乃さんは、寝たきりの状態から懸命なリハビリを行い、リクライニング式の車いすに乗って参列した。

「本当に眠っているだけのような、いつも通りのきれいな顔で……最後に抱っこしたときの重さは忘れられない。お骨になっても、まもなく事故から1年がたつ今でも、まだ実感は湧きません。相手の男性からは、留置所を出た後に一度電話があったきりで、直接謝罪に来たいという言葉すら一度もない。今年1月に夫が電話した際にも、自分の体が痛いという話ばかり。とても許すことはできません」

悪質なながら運転に命を奪われた1歳の煌瑛くん【写真:神農さん提供】
悪質なながら運転に命を奪われた1歳の煌瑛くん【写真:神農さん提供】

2歳になるはずだった誕生日、両親はながら運転の厳罰化を求める署名活動を開始

 事故を起こしたのは高知市の60歳会社員の男。起訴状などによると、男は事故当時、車に搭載された自動運転システムを使い、シートベルトを外した状態で革靴から助手席の下に置かれたサンダルに履き替えようとしていたという。男が使用していた自動運転システムは、システムがハンドルやアクセル・ブレーキの操作を補助的に行う「レベル2」で、運転操作の主体はあくまでも運転者自身。走行中に靴を履き替えたり着替えるといった行為は道路交通法で禁止されているながら運転に当たる。

 今年8月1日、検察は男を過失運転致死傷罪で在宅起訴。過失運転致死傷罪の法定刑は「7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金」となっており、飲酒運転やあおり運転に適用される危険運転致死傷罪の「20年以下の拘禁刑」とはかなりの開きがある。起訴翌日の2日は煌瑛くんが2歳になるはずだった誕生日で、両親はこの日から、ながら運転の厳罰化を求める署名活動を始めた。

「事故を起こした男性は日常的に自動運転機能を使い、趣味のゴルフ帰りに靴の履き替えや着替えを行っていたそうです。今の法律では、ながら運転を危険運転に問うことはできませんが、運転中にシートベルトを外して靴を履き替えるような悪質な行為が過失にしか問えないのはおかしい。一口にながら運転と言っても、カーナビ操作や喫食など範囲が広く、すべてを厳罰化することは現実的にできませんが、運転に支障をきたすような危険なものは危険運転の類型に入れるか、過失運転の中でも法定刑を伸ばせるような法改正を望みます」

 署名活動を行うなかでもう一つ、失意の遺族にさらなる追い打ちをかけているのが、ネット上にあふれる心ない言説だ。「ある程度覚悟はしてましたが、どんなに丁寧に説明しても『親が悪い』『チャイルドシートをつけていなかったのでは』など、被害者の落ち度を探すコメントが寄せられます。気にしない方がいいと言われますが、『そもそも旅行に1歳児を連れていくな』と言われると、もうどうしたらいいのか……」。世間的な関心度の高い交通事故では、遺族への誹謗(ひぼう)中傷も深刻な社会問題となっている。

 事故を巡る刑事裁判は11月12日に初公判を予定しており、神農さん夫婦は10月いっぱいまで署名活動を行うとしている。

次のページへ (2/2) 【動画】事故の瞬間を捉えたドライブレコーダーの映像
1 2
あなたの“気になる”を教えてください