カンヌも認めた才能 『PLAN 75』『ルノワール』の早川千絵監督、遅咲きの映画人生

「第47回ぴあフィルムフェスティバル2025」の自主映画コンペティション「PFFアワード2025」が9月6日より国立映画アーカイブで開催される。PFFは数多くの映画監督を輩出してきたが、長編デビュー作『PLAN 75』でカンヌ国際映画祭カメラドール特別賞を受賞し、第2作『ルノワール』では同コンペティション部門に選出された早川千絵監督もその一人。早川監督が2014年、『ナイアガラ』でグランプリを受賞した当時を振り返り、監督を志す若い世代にエールを送った。

「PFFアワード2014」に入選当時の早川千絵監督
「PFFアワード2014」に入選当時の早川千絵監督

PFFは「希望の光のような存在でした」

「第47回ぴあフィルムフェスティバル2025」の自主映画コンペティション「PFFアワード2025」が9月6日より国立映画アーカイブで開催される。PFFは数多くの映画監督を輩出してきたが、長編デビュー作『PLAN 75』でカンヌ国際映画祭カメラドール特別賞を受賞し、第2作『ルノワール』では同コンペティション部門に選出された早川千絵監督もその一人。早川監督が2014年、『ナイアガラ』でグランプリを受賞した当時を振り返り、監督を志す若い世代にエールを送った。(取材・文=平辻哲也)

『PLAN 75』『ルノワール』の2作で今の日本映画を代表する監督になった早川さんだが、遅い才能の開花だった。受賞したのは、38歳の時。受賞作『ナイアガラ』はWOWOWの映画部で業務委託のデスクワークをしながら、通っていた映画学校のENBUゼミナールの卒業制作だった。

『ナイアガラ』は、養護施設で育った18歳の女の子・やまめの姿を描く短編。事故で亡くなったと聞かされた両親は祖父によって殺され、祖母は認知症を患っていることを知る。過酷な現実を突きつけられながら、前に向かって進んでいく主人公の姿は最後に打ち上げ花火と同化していく。

 当初は、独房で外の音を聞く死刑囚の物語を撮りたかったそうだが、自主映画で独房を再現するとチープになると思い、外側の物語を書くことにしたという。撮影は仕事を続けながら、土日を使って正味1週間ほどで終えた。

 PFFへの応募は最初から意識していたという。「PFFは唯一プロの映画監督になるための切符を得られる登竜門だと思っていました。だから希望の光のような存在でした。ずっと憧れていた映画祭だったので、そこに出せたのは大きかったです」。

 入選の知らせが届いたのは仕事帰り、新宿駅西口の地下を歩いていた時だった。「電話がかかってきて、本当に夢のようでした。ずっと憧れていたPFFから直接連絡が来るなんて、とにかくうれしかったです」と当時の高揚感を語る。

 PFFアワードの上映作品は可能な限り、鑑賞した。授賞式では、27分の短編であることから「グランプリはないだろう」と考えていた。「せめて審査員賞でもと祈っていました。別の賞に呼ばれないうちに“もうダメだ”と感じていたので、最後にグランプリと呼ばれた時は本当に驚きました」。審査員の内田けんじ監督から「最後まで迷った」との言葉を受け、「紙一重の差で選んでいただけたんだと思いました。やりたかったことをようやくできている充実感の方が大きく、むしろ元気になっていました」と振り返った。

2014年に『ナイアガラ』で「PFFアワード」グランプリを受賞した早川千絵監督(左)
2014年に『ナイアガラ』で「PFFアワード」グランプリを受賞した早川千絵監督(左)

PFFに若い応募者が増加「今は誰でも映像を撮れる時代」

 早川監督が映画監督を志したのは10代の時。小栗康平監督のモノクロ映画『泥の河』を見て、大きな衝撃を受けた。映画を学ぶべく、米ニューヨークの美大「スクール・オブ・ビジュアル・アーツ」に進むも、語学の問題、共同作業に馴染めず、学んだのは写真学科。卒業後はテレビ関係の仕事を始め、映画の道からは遠のいた。

 大きな決意のきっかけとなったのは2011年3月の東日本大震災だった。

「当たり前の日常が一瞬で失われる現実を前に、“やりたいことを今やらないとできなくなるかもしれない”と強く感じました。その翌年に映画学校へ入ったんです」。少人数で学んだENBUゼミナールでの日々は「とても楽しかった」といい、年齢も経験も異なる仲間と過ごした時間を「愛おしい記憶」と表現する。

「どんな形でも映画を撮れれば幸せだ」と思えるようになったことが、学校で得た最大の収穫だった。若い頃は映画の仕事につけるか不安だったが「プロの監督になれなくても自分で映画を撮り続けられればいい」と思えるようになり、価値観が大きく変わったという。そうした変化は、後の作品にも息づいている。

 現在は最新作『ルノワール』が上映されているフランス・パリに滞在中。Q&Aにも登壇し、観客との交流に特別な思いを抱く。「パリは本作の編集で長く過ごした場所であり映画リテラシーが高い観客が多い特別な街。完成した作品を現地で見てもらえるのは本当に幸せです」と語った。

 PFFアワード2025は史上2番目に多い応募数795作品(前年比103本増)を記録し、22作品が大スクリーンで上映される。昨年から実施している10代に向けた「出品料無料化」が功を奏し、10代、20代からの応募も増加し、高校生の監督作品も3作入選。近年のPFFに若い応募者が増えていることについては「今は誰でも映像を撮れる時代。中高生や小学生でも挑戦できる。とても面白い時代になったと思います」と語った。

 何かを始めるのに、遅すぎることはない。「やりたいことを今やる」という思いが、早川監督をここまで導いてきた。『ナイアガラ』から始まったその道のりは、今も次なる作品へと続いている。

□早川千絵(はやかわ・ちえ) 短編『ナイアガラ』が2014年に第67回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門入選、ぴあフィルムフェスティバル グランプリ受賞。18年、是枝裕和監督総合監修のオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一編の監督・脚本を手がける。その短編から物語を再構築した初の長編映画『PLAN 75』(22年)で、第75回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督)特別賞を受賞。最新作『ルノワール』(24年)は第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された。

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