フジ50億円訴追で浮上「役員保険」問題 港氏、大多氏を“フジ負担の保険”が救うねじれ現象…上限ありなら自己破産の可能性も
フジテレビは今月28日、港浩一前社長と大多亮元専務に対して損害賠償を求める訴えを東京地裁に提起した。元タレント・中居正広氏と同社元女性アナウンサーを巡る人権問題に適切な対策を行わなかったことなどを理由とする賠償請求額は50億円。さらに、同社の損害総額は453億円以上に及ぶと明かした。その金額に驚きの声も上がった提訴だが、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士はその裏にある「保険」の問題を指摘した。

元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔弁護士が解説
フジテレビは今月28日、港浩一前社長と大多亮元専務に対して損害賠償を求める訴えを東京地裁に提起した。元タレント・中居正広氏と同社元女性アナウンサーを巡る人権問題に適切な対策を行わなかったことなどを理由とする賠償請求額は50億円。さらに、同社の損害総額は453億円以上に及ぶと明かした。その金額に驚きの声も上がった提訴だが、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士はその裏にある「保険」の問題を指摘した。
「クルマなしの生活なんて考えられない」…今をときめく人気俳優の愛車生活(JAF Mate Onlineへ)
50億円。その金額の衝撃は大きく、巨額請求を旧経営陣に突き付けたフジテレビは「過去と決別する姿勢を示した」などと評価されている。だが、このニュースを額面通り受け取っていいのか。実は肝心な点がベールに包まれていると私は思う。
それは港氏と大多氏に、一体いくらの保険が掛けられているのかという点だ。
近年、多くの企業役員は、賠償請求される事態などに備えて保険に入っている。「役員等賠償責任保険」(D&O保険)と呼ばれるこの保険は、役員の職務に関する損害賠償や裁判の費用をカバーし、退任後の役員が在任中の事案で訴えられた場合も保険対象とすることが多い。訴訟社会とも言われる現代ではごく自然な保険の一つにも見せるが、実は以前からある疑問が指摘されていた。
それは多くの場合、その保険料を払っているのは「役員個人」ではなく「会社」だという問題だ。フジ・メディア・ホールディングス(FMH)の事業報告にも、FMHとフジテレビの役員は保険に加入し、「法律上の損害賠償金および争訟費用を補填することとしております」と記載され、さらに次のように明記されている。
「すべての被保険者について、その保険料を全額当社が負担しております」
役員個人が将来の自分のトラブルに備えて自腹で保険に入るのであれば、自動車保険などの他の保険と変わりなく違和感はない。しかし、役員等賠償責任保険は保険料が高く役員個人では負担が難しいため「会社の財布から役員を守る保険の費用を出してあげる」ことが多い。すると、ここに深刻な「ねじれ」が生ずる。
本来は問題を起こした役員に損害を賠償させる「被害者」のはずの会社が、「加害者」の役員のために賠償の原資を出す形になってしまうのだ。役員のせいで損害を受けた会社が役員を訴えても、会社に戻ってくる賠償金は「自社で払ってきた保険料のリターン」に過ぎず、役員自身には痛みがない。このため、「会社が役員のために保険料を出してあげる」ことは「利益相反」に当たるのではないかという指摘が以前からされていた。
フジテレビの場合、港氏や大多氏から賠償金を取ることをできたとしても、保険を使うのならその全部または一部は「会社が経費を払ってきた保険の利用」となり、その分、港氏や大多氏は負担を免れることになる。結局、損をするのは保険会社となりそうだが、今回保険を使ったらFMH役員に関する保険料は今後、値上げされ、FMH側はそれを払い続けざるを得ない可能性が高い。すると、フジテレビが港氏らから賠償金を得ても、「保険料の支払い増」などの形で、一定の期間を経て最終的にはFMH・フジテレビ側に負担が戻ってくるという「プラスマイナスゼロ」の事態もあり得るのだ。
このように問題が指摘されている「会社負担の役員保険」については、令和元年の会社法改正で取締役会などの決議を必要とすることになった。しかし、取締役を守るために会社のお金を使うことに、当の取締役の集まりが反対するとは考えにくい。そこでもう一つ設けられた仕組みが、会社が保険について「情報開示」するというものだったが、これも十分とは言えない。現状で各社が開示しているのは保険契約の概要などだけで「いくらまで保険でカバーされるのか」などの肝心な点は明かされないことがほとんどなのだ。FMHの事業報告にも、保険契約の概要については「犯罪行為、不正行為、詐欺行為または法令、規則、または取締法規に違反することを認識しながら行った行為等」は保険の対象外といった抽象的な記載があるだけで、保険金の上限額などについては記載されていなかった。
保険金の上限は「10億円前後」か
ただ、この種の保険金の上限額は「10億円前後」と言われている。そのため、今回のフジテレビによる50億円の請求が認められた場合、港氏、大多氏には保険でカバーされない巨額の負担が生じ、自己破産などで対処せざるを得ない可能性もある。しかし、保険契約の中身が分からないと今回の「50億円訴訟」が持つ本当の意味は判断できないのではないか。また、この保険の問題は今年3月にFMH株主が日枝久前取締役相談役ら新旧経営陣15人を相手に起こした株主代表訴訟にも関連してくる。こちらの訴訟の請求額は233億円だ。
フジテレビは今回の提訴にあたり「当社がコンプライアンス強化に真摯に取り組む姿勢を明確に示すとともに、人権とコンプライアンスを最重要とする企業風土を確かなものにしていくためには、今回の事案に係るフジテレビ元取締役の責任を追及することが不可欠であると判断しております」と宣言した。その責任追及の覚悟を鮮明にするためには、フジテレビ自身が「今回の事案は保険契約の対象となる性格のものかどうか」「港氏、大多氏にいくらの保険をかけていたのか」を明確にすべきではないだろうか。
過去との決別と信頼回復には、情報開示と透明性が欠かせない。この「50億円訴訟」の内実が明かされる日を待ちたいと思う。
□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうまワイド』『ワイド!スクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いた。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。昨年4月末には、YouTube「西脇亨輔チャンネル」を開設した。
