リング禍の連鎖に「死んじゃいけない」 格闘技で生きる青木真也の根底にある「危ない時は寝ちゃえばいい」【青木が斬る】
2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(42)。格闘家としてだけでなく、書籍の出版やnoteでの発信など、文筆家としてもファンを抱えている。ENCOUNTで昨年5月に始まった連載「青木が斬る」では、格闘技だけにとどまらない持論を展開してきた。今回のテーマは「ファイトスポーツとの向き合い方」。

連載「青木が斬る」vol.12
2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(42)。格闘家としてだけでなく、書籍の出版やnoteでの発信など、文筆家としてもファンを抱えている。ENCOUNTで昨年5月に始まった連載「青木が斬る」では、格闘技だけにとどまらない持論を展開してきた。今回のテーマは「ファイトスポーツとの向き合い方」。(取材・文=島田将斗)
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ボクシング興行でリング禍が続いている。昨年2月には穴口一輝さんが、今年8月には同じ格闘技イベントに出場していた浦川大将さん、神足茂利さんが相次いで亡くなった。かねてよりファイトスポーツは安全第一であることを訴えていた青木も今回の一件はこたえた。
「事故になる覚悟、死ぬ可能性がある覚悟があると言ったところとて、やっぱり死んじゃいけないよね。俺は安全ありきだってずっと言ってきた。人に言ってたつもりが、自分自身が『死んじゃいけないんだな』って思いましたね。
プロレスやF1レースのけがは事故だって思う。ただ格闘技に関して言うと、互いに相手を傷つけ合うことを目的としたスポーツ。それで競い合ってるから、事故じゃなくて行き過ぎた結果であると。格闘技のようなスポーツは禁止になる可能性があるんだよ」
「覚悟」という言葉は試合直前の会見など、試合へ向かう格闘家の口からよく聞く言葉だ。青木は「覚悟なんかねぇよ」と思いを明かした。
「何言ってるんだよと。自分は死ぬのは嫌だなぁと思ってやってますから。格闘技は人生を豊かにするものだから。死んじゃダメだよ。死んだら終わりだよ? 『あんな死に方したくない』、これが本音です。それぐらい今回の件はこたえた。ファイトしてぶん殴られて死にたくねぇなって。危ない時は『寝ちゃえばいいじゃん』って思ってるよ。最悪ダメだったら寝ちゃえばいい、そうすればレフェリーが止めてくれる」
危険と感じたときは自ら白旗をあげる。これが20年以上、MMA界でメインストリームにいるレジェンドの安全との向き合い方だ。これはセコンドとして入るときも一緒で「安全」を一番に考え、いつでもタオルを投入する心構えで試合に臨んでいる。
7月21日のプロフェッショナル修斗では住村竜市朗のセコンドに。住村の試合前には世界女子ストロー級暫定王者決定戦が行われていたが、宝珠山桃花が顔面をボコボコにされ、4R・TKO負けを喫した。青木は宝珠山陣営に関わっていたわけではなかったが、セコンドに試合を止めるタイミングについて話したという。それほど「安全」について考えてきた。
「ぶっちゃけさ、『ほら言ったじゃん』って鬼の首を取ったように思うこともあるよ。でも、被害者はいるわけで。そうなると、なんも言えないところはありますよね、歯切れは悪いけど……。でも危機感がなかった人災ではあると思いますけどね」
さらにこう続けた。
「結局1人目が亡くなったときに、あまりこたえてなかったと思う。これまでを見ていて『ボクシングでは起きるよね』っていう話で終わちゃったところが全てな気がします。でも、立ち止まるには体力に余裕がないとだよね。自転車操業みたいなところはできなくて、そうなると結局は体力、資本力ではあるんだけど……。
安全の話で言うと、何が原因だったのかっていう議論にみんな目がいってるけれども、全ての論を見た後に思うのは、“事故は起きてしまう”。ダメージを与え合うスポーツである以上に必ず事故は起きる。事故が起こった時にどうするのかっていう視点が大事な気がしますね。当然、事故が起きないことも大事なんだけど、どんなに起きないようにしても、ゼロにはならないですから」
立て続けに起きたリング禍に「塩試合でいい」の声も上がった。塩試合とは“観客から見て”面白みに欠ける試合のこと。相手を攻める手数が少なかったり、こう着状態が長く続くとこう呼ばれる傾向にある。
「客って身勝手なんです。なぜかと言うと金を払っているから。それは悪いことじゃないし、当たり前だと思う。金を払ってるから『殴り合え!』『面白いものを見せろ!』って言うのは当たり前。でも、やってる側はあくまで安心・安全あってだと思う。だからこそ我々にとっては仕事だし、いき過ぎちゃダメなんです。
でも塩試合でいいとは思わない。仕事だからファイトして人を魅了するものは見せなきゃいけない。そのなかで、どうやって魅了するかもよく考えた方がいい。いまは、ぶん殴り合えば『エキサイティングな試合だ』って思われる風潮がある。でも、それは単純で大味なんだよ。そうではなくて、出汁から取って面白いものを作れよって俺は思うかな」
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苦しい展開からの逆転劇や一瞬で極まってしまった寝技での一本負けなど格闘技が観客の心を動かす力はとてつもないものがある。ここまでの事故の連鎖を前に「殴り合い」=「名勝負」という価値観だけでは、そんな格闘技は続かないだろう。安全を前提にどう観客を魅了するのか。文化を未来へつなぐため、選手、メディア、運営はこの問題を考え続けなければならない。それが格闘技に関わる者の果たすべき責任ではないだろうか。
