荒れた参院選「正解・不正解があると思うから情報に流される」 青木真也「『俺はこうだ』の軸があればいい」【青木が斬る】
2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(42)。格闘家としてだけでなく、書籍の出版やnoteでの発信など、文筆家としてもファンを抱えている。ENCOUNTで昨年5月に始まった連載「青木が斬る」では、格闘技だけにとどまらない持論を展開してきた。今回のテーマは「認知戦」。7月に行われた参院選を斬る。

連載「青木が斬る」vol.11
2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(42)。格闘家としてだけでなく、書籍の出版やnoteでの発信など、文筆家としてもファンを抱えている。ENCOUNTで昨年5月に始まった連載「青木が斬る」では、格闘技だけにとどまらない持論を展開してきた。今回のテーマは「認知戦」。7月に行われた参院選を斬る。(取材・文=島田将斗)
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7月に行われた参院選は注目度も高く、事前からさまざまな情報がネット上に大量に流れた。一方で、政党の主張だけでなく、ネガティブなものや個人攻撃に近い投稿も拡散し、有権者が見るべき情報を得にくい状況になっていた。
「情報戦だと思っていたのが、いつの間にか“誤った情報を流して自分たちに有利にコントロールする”作戦になっちゃってるんですよね。なにが本当か分からない。広告の手法が入ってきて、民衆をいかにコントロールするかになってる。この10年でそういう動きが加速している気がする」
ネット時代の悪影響を身近に感じた青木は、「情報を入れないことが大事な気がしてきた。全ての情報をカットし、ある程度は取捨選択する。自分は巻き込まれていないと思っても、実際は巻き込まれているんだろうし」と漏らす。
しかし、情報を仕入れなければなかなか判断はできないのでは……。その質問を読んでいたかのように「『じゃあ青木さんはどうやって投票しましたか』って話になるんだけど」と話を続けた。
「最終的には好き・嫌いみたいな話なんだよ。選挙でいうと正直誰にも期待していなくて。『誰がやっても同じでしょ』って思ってる。自分は与えられたルールのなかで生きるだけ。だから結果がどう転ぼうと気にしない」
さらに「政治で言うと、正直『次世代を』とか思わないんだよね。それは家族(妻や子ども)がいないから。『俺が楽しければ、世の中いいじゃん』って思ってるから、政治でさほど大きく変わらないでしょ?って思う。それがすべての根底にある」と本音を隠さない。
同世代の格闘家には“後進育成”に取り組む者もいる。ジムを構え、新たな格闘家を育てたり、若手と試合をして練習で教える者もいる。しかし青木はそういった活動をしない。試合予想や解説でも頭角を現しつつあるが、それを積極的に後進へ伝えることはしない。
「格闘技でも『次世代に』って思いがないんだよ。だってジムも持ってねぇし、関係ねぇじゃん」ときっぱり。さらに「この考えを声に出して言う人はそんなに多くないだろうけど、こう思っている人はいると思うよ。だからこそ子どもも減る。だってさ『自分らしい生き方』、『自分にしかできない人生』とか言いながら『子どもを作る』って相反しません? 好きなことで生きていくと言い始めた時点で、子どもは増えないでしょ」と続けた。
「結局みんな人に委ねて生きているんだな」
今回の参院選では、選挙演説中に乱入者が現れたり、一部候補者に殺害予告が届くなどの事態もあった。青木はそれらの行為に「『それが言論活動だ』と言うのだろうけど、相手を押さえ込んでも仕方ない」と呆れた。
「究極的には、結局みんな人に委ねて生きているんだなと思ってしまう。『社会がどうにかしてくれる』『政府が助けてくれる』と考えている。こういうことを言うと俺が自己責任論者だとかネオリベラリズムだと言われるけど、実際そういう社会なんだから。俺たちはそういうルールの社会にいるんだから。
もちろん理想は違いますよ。みんなで手を取り合って誰もが豊かに暮らせる社会が理想。でも現実はそうなっていない。だから『現実を生きていくしかねぇよな』って思う。認知戦で言えば、みんな他者に委ねているからそういう情報に乗っちゃうわけじゃん。結局、矢印が自分の方に向いていないやつはダメなんだよね。『自分が何をするか考えろよ』って思っちゃう」
こう語る青木に、例として給与から社会保険料を大きく引かれる会社員の話を出すと、「だったら働き方を変えて給与形態を変えた方がいいんじゃねぇのって話。払わずに生きていくには?って考える方がいいんじゃないのかと」と“人に委ねて生きている”という言葉の真意を説明した。
同時に、自身の考えにも首をかしげる。「でも、これっていろいろ『大丈夫か?』とも思っちゃう。こういう人(青木のような考えを持つ人)が増えてきているから社会が成り立たなくなっているんでしょうね」と腕を組み、「みんなが人の責任にし過ぎた結果ですよ」と斬った。
格闘技の世界でも“認知戦”は起きている。業界ではトレーナーによる減量方法やフィジカルトレーニング方法、疲労回復に効くサプリやプロテインなどさまざまな情報があふれている。
「みんなSNSで、さも正しいかのように情報を流している。減量方法しかり、練習方法もしかり。俺はSNSで格闘家をほぼフォローしていない。それは認知戦、つまりSNSにおける攻撃のし合いに巻き込まれたくないから。俺がどう考えるか、俺の理屈でどう考えるかってことをずっと大事にしてればいい。だから過度な減量・水抜きも『俺のルール』でしない。
すべての情報は誰かの何かしらの思いとか方向性が乗っていることを理解して情報を仕入れて考えてやらなきゃダメですよ。その情報にどうバイアスがかかっているのか。それをできるかはもう情報をなるべく切っている俺ですら分からない」
では、マーケティング手法や個人の感情の乗った情報に踊らされないためにはどうすればいいのか。
「すべてを疑って考えるしかないですね。基本は『これ本当だろうか?』と自分の頭で考えること。そのあと、何方向からか情報を聞いて自分で判断する。それができるやつだけが結局勝ち残る」
格闘家にも強くなるためにコーチの言う通りの練習をして、セコンドの指示通りに戦う選手がいる。一方で青木のように自らで考えて練習をし、自らの経験と考えで試合を組み立てて戦う選手がいる。
ここで生まれるのは「どちらが上を目指せるか」という疑問だが、正解・不正解はここにないという。
「すべてにおいて良し悪しはないと俺は思ってる。そこに存在するのは人の好み。正解・不正解があると思っているから情報に流される。だから『俺はこうだ』っていう軸が各々にあればいいと思う。結局は受け手の問題、それが認知戦・情報戦の答えだと思う」
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“推し”や有名人が発信した情報を、そのまま鵜呑みにして拡散するユーザーは少なくない。それが仮に間違ったことでも……。「この人が言っているから正しい」ではない時代に突入した。ひとつの発信だけでなく、多角的な意見に触れたうえで、自分の頭で正否を判断するべきだ。情報を受け取ってから考えるというひと手間は面倒かもしれないが、情報社会で悪意に巻き込まれないための必須スキルだと感じる。
