平手打ち大会に素手ボクシング…過激化する格闘技の本当の“危険度” 医師が勧める安全な実施方法

失神KO・出血など観客がエキサイティングするような試合が多くの視聴を集めるなか、ベアナックル・ボクシング(素手ボクシング)やパワースラップ(平手打ち)といった新たな形態の格闘技が日本に上陸している。これらは、ボクシングやMMA(総合格闘技)、柔術、キックボクシングなどが盛んな日本で、その過激性ゆえに議論を呼んでいる。すでに格闘技イベント「RIZIN」や格闘技エンターテインメント「BreakingDown」など日本での実施例も増えているが、過激な側面に偏った情報があふれているのが現状だ。どのような危険性があるのか、どうすれば安全に実施可能なのか。医師の瀬田宏哉氏に話を聞いた。

新たな形態の格闘技が議論を呼んでいる【写真:(C)アフロ】
新たな形態の格闘技が議論を呼んでいる【写真:(C)アフロ】

新たな形態の格闘技が日本に上陸している

 失神KO・出血など観客がエキサイティングするような試合が多くの視聴を集めるなか、ベアナックル・ボクシング(素手ボクシング)やパワースラップ(平手打ち)といった新たな形態の格闘技が日本に上陸している。これらは、ボクシングやMMA(総合格闘技)、柔術、キックボクシングなどが盛んな日本で、その過激性ゆえに議論を呼んでいる。すでに格闘技イベント「RIZIN」や格闘技エンターテインメント「BreakingDown」など日本での実施例も増えているが、過激な側面に偏った情報があふれているのが現状だ。どのような危険性があるのか、どうすれば安全に実施可能なのか。医師の瀬田宏哉氏に話を聞いた。(取材・文=島田将斗)

 ◇ ◇ ◇

――平手打ちはそこまで危険なのでしょうか。

「そのほかの格闘技と線引きをして、それだけを危険扱いするのは違うかなと思います。どの格闘技でも一定の外傷を負うリスクは当然あります。不意にくらうなどの打撃を受けて失神するような場面って当然打撃系格闘技であればあるわけなので。大きな違いはノーガードで受けなければいけないということ。そこに線引きはあると思いますけど、それだけを取り上げてリスクっていうのはどうしても言い過ぎな部分もあるのではないかなと思います」

――平手打ちはどんなダメージを与えるのでしょうか。

「表面的なダメージの起こりやすさと、失神率の高さの2点あると思います。平手打ちの一番特徴的な部分は平手なのでグローブをつけて芯に響くようなものというよりは浅く広く表面的な痛みが大きいと思います。BreakingDownで行われたものを見ても顔がパンパンに腫れていましたよね。同じ数をグローブつけてやってもあそこまでにはならないと思います。

 パワースラップは平手でも瞬間的に首を基点に脳の揺れを高確率で起こすことになる。顎の外傷は少ないと思いますが、脳の横揺れによる損傷を受けやすいとは言えると思います。例えば打ち合っているときって顎を引いたり、ガードをしたりと防御があって打たれると思うのですが、脳が揺れる場面というのは、ボクシングなどのカウンターで知らぬ角度から入るのと同じことが起きていると思います。ただ、パワースラップが特に危険っていう言い方をすべきかどうかは分からないです」

――そもそも失神というのはどのような現象なのですか。

「脳のなかの神経って全部繊維みたいにつながってできています。神経の繊維が瞬間的に引き伸ばされたり、ぶつけられたりするなかで失神は起きます。頭って固い壁のなかに豆腐が浮いている状態って言われているんですけど、ぶつけられた瞬間の衝撃や回転加速度が脳に加わると神経回路が一時的に機能停止を起こします」

――では打撃を被弾して、失神せずに耐えている状態は体の中でどんなことが起きている状態なのでしょうか。

「細かいものって解明されてはいないです。人によって脳の強い・弱いはあると思います。当然慣れもあります。全く経験ない人がやられたら失神するリスクは高いですし、繰り返し受けている人の方が失神しにくいとは思います。理由としては打たれる瞬間に首に力を入れたりするから。格闘家は首を鍛えたりしますよね。そこに力を入れると頭が揺れにくくなるので。おでこで受けるとかもあまり揺れないです。一歩前に出てパンチのポイントをずらした方が揺れにくいこともあります」

――パワースラップ出場者は首を鍛えた方がいいんですね。

「個人差はあるとは思いますが、動いてはいけないというルールのなかで首をめちゃくちゃ鍛えて叩かれた瞬間だけ動かないようにした方が揺れが少なくなりますよね。防御力につながるのではないかと思います」

――一部ではパワースラップよりも1試合で数百発殴られることもあるボクシングの方が危険だという話もあります。

「小さい繰り返しの外傷を受け続けることと、ノーガードで大きい外傷を何発食らうかで、どちらがダメージが少ないのかは医学的にもまだ分からないところですよね。慢性的な影響を受けるのは細かい外傷(小さなパンチ、大きなパンチを含めて)を受け続けた方だと思います。逆に一発失神するようなものを食らうのは脳震とうや急性で出血するリスクがあります。

 脳震とうを1回起こして短期間のうちにもう1度同じ外傷を起こすと重症化しやすいと言われています。これがセカンドインパクトシンドロームです。ある程度重い外傷を短期間に繰り返し受けるのは非常にリスクとなります。この点についてはパワースラップの方で起きやすいと思います」

――ダメージの質が違うということですね。

「パワースラップは1回に受ける衝撃が大きく失神頻度が高いので、急性の脳震盪や軸索損傷、硬膜下血腫のリスクがあります。ボクシングは慢性的な小~中等度の衝撃を受け続けるので、慢性的な脳損傷による脳萎縮や、認知症リスクを伴います」

瀬田宏哉氏【写真:ENCOUNT編集部】
瀬田宏哉氏【写真:ENCOUNT編集部】

ベアナックルをプロがやりたがらない理由も

――ベアナックル・ボクシングではどうなのでしょうか。

「危険性で言うと脳の奥に響くという点では逆にグローブを付けている方が響きやすいと思います。一方でクッションがない分、骨と骨で殴り合ってるような感じに。そのため骨折のリスク、顔面の裂傷など皮膚の外傷は圧倒的に多いですよね。

 顔のなかで一番柔らかくて危険な部分は目です。目に当たるとどうしても目の損傷リスクが、グローブを付けているよりも高まります。眼窩底骨折のリスクも高まると思います。あとは殴ってる側の拳の骨が耐えられなくなる可能性もあります。ベアナックルでグローブがある時と同じような殴り方をすると骨折のリスクは高まると思います。実際BreakingDownでも骨折はありますよね」

――眼球破裂や頭蓋骨陥没のリスクはないのでしょうか。

「眼窩底の骨が柔らかく割れやすいのでよほどな事がないと眼球破裂まで行くことはないと思いますが、かなり局所的で鋭的な当たり方をすればあり得ると思います。素手で殴って頭蓋骨を陥没させるってとんでもないパンチ力で殴らないとたぶん起きない。例えば高所から落ちて、頭を地面にたたきつけられたとか。人の素手で殴って陥没するかっていうと……喧嘩の中では起きにくいものだと思います」

――ベアナックルの試合を経験したプロ選手からは「全員ができない」という声も上がっています。

「BreakingDownはプロというよりも喧嘩ベースの人たちだから骨折のリスクをプロよりも低く見積もっているのではないかと思います。プロは骨折してしまうと商売道具を失うことになるので、本当に仕事にならなくなる。だからこそ自分のパンチ力で素手で殴ったら自分の骨もリスクが高いって分かっていると思うのでやりたくないですよね」

――パワースラップやベアナックル、どうすれば安全に開催できると思いますか。

「米国では日本よりはやく大会を開催していますよね。なので、米国で開催した際のけがに関する頻度や内容、その予後などのデータが大事になってくるのかなと。絶対ドクターはそばにいた方がいいと思うし、試合後すぐに搬送できる医療機関もはっきりしていた方がいい。速やかな処置や検査が必要なけがが生じた時の受診先がなかなか見つからずに遅れたりとしない、病院にたどり着くまでのルートまで決めておくといいと思います」

――瀬田氏はパワースラップやベアナックルをどう思われていますか。

「最後に言いたいのはベアナックルもパワースラップもいち視聴者としては面白いなと思っています。医学的な話を求められるとリスクのある内容を話さざるを得ないですけど、エンタメとして見る分には安全性を可能な限り担保して続けていただくのは大事だなと。大会の“もの”だけを日本に持ってくるのではなくて、先駆者である米国で起きている事象や体制を確認して、裏側の安全確保の部分のオペレーションを一緒に持ってくるのがいいなと思います」

□瀬田宏哉(せた・ひろや)ロコクリニック中目黒共同代表。脳神経外科、救急科、プライマリケアなどを学び2008年に開業、画像検査クリニックを併設し午後11時まで診療にあたっている。

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