体重激減の“痩せ薬”として流通「マンジャロ」とは? 使用経験ある医師が解説…糖尿病患者に届かず供給不足の例も
若者の間で、糖尿病治療に使われる「マンジャロ」と呼ばれるGLP-1受容体作動薬が“痩せ薬”として流通している。TikTokなどのSNSでは、細身の女性が使用した結果を報告する映像が多く投稿されているほか、販売しているクリニックの医師が薬の効果などに言及する動画も見られる。医療法人あんず会・杏クリニック院長で、日本内科学会認定 総合内科専門医の鬼澤信之氏に、この薬と問題点について話を聞いた。

BMI27以上の肥満症患者には保険適用されている
若者の間で、糖尿病治療薬「マンジャロ」と呼ばれるGLP-1受容体作動薬が“痩せ薬”として流通している。TikTokなどのSNSでは、細身の女性が使用した結果を報告する映像が多く投稿されているほか、販売しているクリニックの医師が薬の効果などに言及する動画も見られる。医療法人あんず会・杏クリニック院長で、日本内科学会認定 総合内科専門医の鬼澤信之氏に、この薬と問題点について話を聞いた。(取材・文=島田将斗)
ここ最近、特に目にする機会が増えた「マンジャロダイエット」。一般人だけでなく、芸能人やインフルエンサーによる発信も目立っている。「マンジャロ」とは、いったいどのような薬なのか。鬼澤氏はこう説明する。
「糖尿病治療に使われるGLP-1受容体作動薬の一つです。副作用として食欲を抑える作用があり、さらに胃内の滞留時間を延ばし、消化をゆっくりにすることで満腹感を得やすくします。糖尿病治療薬としては保険適用があります。
マンジャロに限らず、GLP-1作動薬は複数あります。内服薬の『リベルサス』、注射薬の『オゼンピック』などです。日本では肥満症に対して保険診療として認可された薬もあり、それが『ウゴービ』です。特定の要件を満たせばGLP-1作動薬を使うことは可能ですが、多くの痩せたい女性は病的な肥満症ではないため、日本の保険制度の適用にはなりません」
「ウゴービ」は昨年、肥満症の薬として保険適用された。これは国が「GLP-1受容体作動薬が肥満症に効果がある」と認めた証でもある。そのため、鬼澤氏はこれらが「いかがわしい薬や効果のない詐欺薬ではない」と補足する。
自身も薬の効果を知る目的で使用した経験もある。痩せるメカニズムをこう明かす。
「注射を打ったから痩せるわけではありません。食欲がなくなることで無理なく食事制限ができ、その結果痩せられるのです。実際に使ってみると、確かに食欲はなくなりました。少し食べただけでお腹がいっぱいになり、胃が小さくなったような感覚があります。腹部膨満感や吐き気もありました。モヤモヤするような不快感で、嘔吐したことも一度。個人差はありますが、ぼーっとしたり、イライラしたりもしました。肥満でない人が使えば、さらに痩せてしまう可能性もあります。摂取カロリーを減らす意味では有効かもしれませんが、健康被害は懸念されます」
BMI27以上の肥満症患者には保険適用されるが、病気でない人が使用してもいいのだろうか。
「病的肥満でなくても、これらの薬を使えばダイエット効果があるのは事実です。ただ、使うべきかは人生観や価値観の問題。外見をどれほど重視するかは人それぞれですが、栄養失調や急性すい炎などの副作用リスクは考えなければなりません。本来は医師の管理のもとで注射すべきです」
こうした薬は、生理的な痩せ方とは大きく異なる。鬼澤氏は価値観や健康意識の低下を懸念している。
「意志があれば薬を使わずに減量できるはずです。薬なしでは痩せられない状況は、健康意識の欠如とも言えます。食事制限や運動で健康を取り戻すのが本来の姿です。薬で痩せるのは、ドーピングのようなもの。若い人たちが食事や栄養学を学ばなくなる恐れがあります。薬に頼ることで、国民全体の栄養に対する意識やリテラシーが低下しかねません」

自由診療で処方も問題が起きた際に治療するのは保険治療
本来と異なる需要が急増すると、社会的問題も生じる。昨年、GLP-1作動薬の一つ「オゼンピック」は糖尿病患者が使えないほど供給不足になった。最悪の場合、命に関わるため、適正使用ができないのは大きな問題だ。こうした需要急増の背景には、オンライン診療の普及がある。
「オンライン診療は、本来コロナ禍で医療機関へのアクセス改善や社会保障費削減、労働生産性向上を目的に解禁されました。しかし実際には、自由診療でもうけを狙う分野、たとえば痩せ薬やED薬、AGA治療などに集中してしまっています。精神科医が簡単な面談で診断書を書き、それが退職やハローワーク申請に使われるケースもあります」
痩せ目的のGLP-1受容体作動薬の使用についてもオンライン診療ならではの弊害がある。
「副作用への迅速対応ができません。また、利益重視の医師は健康面の十分な説明をせず、『何本ですか?』『出しておきますね』といったやり取りだけで終わる場合があります。さらに、仮に急性すい炎などの副作用が起こった場合、多くは通常の医療機関を受診し、保険診療で治療されます。この費用の保険分は税金でまかなわれます。そして、オンラインで自由診療として薬を売った医療機関は対応してくれません。これは日本の優れた保険制度を利用した“フリーライド”です」
健康被害以外にも問題は山積みだが、「この流れは止められない」という。
「『けしからん』と怒っても止まりません。規制するとすれば、痩せたい感情そのものではなく、自由診療で高額に売ってもうける構造です。しかし価格統制は難しい。若者が美容意識をあおられ、経済的に困窮するケースもあります」
もし家族がこうした薬でダイエットをしていたら、どうしますか。鬼澤氏はこう語った。
「家族なら、本当に幸せになってほしいと思うはずです。僕なら『痩せたければ強い意志で食事制限をしなさい』と言います。健康な体は自らの意志で作るべきです。ドーピングで筋肉をつけて一流アスリートになれ、と勧める親がいないのと同じで、自然な形で幸せをつかんでほしいですね」
