女優から転身 脚本家・梶原阿貴さんが明かす“原点”「全ては『櫻の園』から始まった」
大西礼芳主演の映画『また逢いましょう』(7月18日よりアップリンク京都、シネ・ヌーヴォ、同19日より新宿 K's cinemaほか全国順次公開、西田宣善監督)は京都のデイケア施設を舞台にしたヒューマンストーリーだ。脚本を手掛けたのは、『「桐島です」』(公開中、高橋伴明監督)や自伝的エッセイ『爆弾犯の娘』(ブックマン社刊)が話題になっている梶原阿貴さん。俳優から脚本家に転身した梶原さんは、俳優デビュー作『櫻の園』(1990年)が「すべての原点」と語る。

映画『また逢いましょう』で脚本を手掛ける
大西礼芳主演の映画『また逢いましょう』(7月18日よりアップリンク京都、シネ・ヌーヴォ、同19日より新宿 K’s cinemaほか全国順次公開、西田宣善監督)は京都のデイケア施設を舞台にしたヒューマンストーリーだ。脚本を手掛けたのは、『「桐島です」』(公開中、高橋伴明監督)や自伝的エッセイ『爆弾犯の娘』(ブックマン社刊)が話題になっている梶原阿貴さん。俳優から脚本家に転身した梶原さんは、俳優デビュー作『櫻の園』(1990年)が「すべての原点」と語る。(取材・文=平辻哲也)
『櫻の園』(中原俊監督)は、吉田秋生の同名コミックが原作。高校の演劇部に所属する少女たちが、チェーホフの『桜の園』を上演するまでの数日間を描いた青春群像劇。中島ひろ子、つみきみほ、白鳥靖代、宮澤美保らが出演。舞台の上の出来事と現実が交錯しながら、少女たちの友情や葛藤、思春期特有の繊細な心情を鮮やかに映し出し、第64回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位に輝くなど高く評価された。
梶原さんにとっても、『櫻の園』は忘れがたい作品だという。演じたのは、演劇部員の久保田麻紀。コミックにはないオリジナルキャラクターで、劇中劇『桜の園』では、ロパーヒンを演じている。
「本当に原点なんです。私の映画は全部、あのときに作られている感覚があります。あの現場で体験したこと、受けた影響、人との関係が、今の自分の映画作りにつながっていると思います」
撮影前には約2か月間にわたり、発声や歌、ダンスなどを含むリハーサルと即興劇(エチュード)を重ねた。
「当時はよく分からなかったのですが、こんなていねいな作り方をしている現場は、以降は一度もありませんでした。まるで演劇部の合宿みたいでしたね。演出部の方々と一緒に役作りをして、良いエチュードが出たら脚本にも反映させました。ディスカッションをどう脚本に取り込むかというやり方は、『櫻の園』で全部学びました」
以降も、俳優として活動した梶原さんだが、脚本家に転身。2007年に『名探偵コナン』でデビュー。テレビアニメやドラマの脚本を手がけ、映画『夜明けまでバス停で』(2022年)ではキネマ旬報ベスト・テンや日本映画脚本賞など、数々の脚本賞を受賞するなど、評価を確立した。

企画段階とは異なる主人公に
最新作『また逢いましょう』では、脚本家としてのキャリアに加え、俳優としての身体感覚も存分に生かされている。
本作は京都に実在するデイケア施設「ナイスデイ」をモデルに映画化。ここでは、独哲学者ハイデガーの思想「存在と時間」をベースに、施設利用者のライフストーリーを聞き取ることで、“今”を輝かせるという取り組みを行っている。
企画段階では、シニアの施設長(劇中は田山涼成が演じる)を主人公にした物語だったが、脚本を依頼された梶原さんは「これでは見てもらえないかも」と率直に感じた。
「シニアが主役で、利用者もシニア。それだけで観客のハードルが上がる上に、さらに“哲学がテーマ”って……これは厳しいと判断しました」
そこで物語の視点を大きく転換。外部から来た若い女性を主人公に据えることで、観客と同じ視点で施設内の世界を体験できる構造に組み替えた。
もともとの企画では大西礼芳が主役ではなかったが、「彼女を主役に据えるべき」と確信し、登場人物の構成を再設計。売れっ子の大西のスケジュールがタイトだったため、脚本はわずか10日で書き上げた。作中には、ハイデガーの『存在と時間』をモチーフにした部分も、劇中劇にするという形で落とし込んでいる。

主人公の父がケガをして障がいを負う設定「私自身の経験が反映」
主人公は、東京で漫画家を志し、夢に破れた優希(大西)。疎遠だった父(伊藤洋三郎)が事故のケガで障害を負ったことから、デイケア施設への通いに付き添ううちに、親子関係も修復していく……。施設側のキーマン役には、『櫻の園』の主演、中島ひろ子をキャスティング。年に一度の同窓会でも交流が続いていた縁で「ぜひ出演してほしい」と自ら声をかけたという。
「ハイデガーの思想は、私自身もよく分からなくて(笑)。観客にそのまま説明しても、寝てしまうか、席を立ってしまうと思ったので、中島ひろ子の役を、元女優という設定にして、ライフストーリーを劇にするという形にしました」
中島は『櫻の園』で演劇部長を演じたが、今作ではデイケア施設の元女優として登場。劇中劇に関わる役割を担っており、『櫻の園』から本作へ象徴的なつながりを与えている。
「主人公の父がケガをして障がいを負う設定も、私自身の経験が反映されています」
本作では脚本家だけでなく、アソシエイトプロデューサーとして現場にも深く関与。キャスティングやスタッフ構成にも携わり、作品全体に目を配った。制作の舞台・京都では、地元の映画人たちの強いサポートがあった。
「東映京都の仕上げスタッフは低予算映画を応援したいという気持ちがすごく、編集や整音まで全面的に協力してくれました。ラッシュ段階とは比べようもないくらい、レベルアップされています」
原点である『櫻の園』で体感した「現場で生まれるものを信じる」姿勢は、脚本家としても変わらず大切にしている。かつて高校の部室で覚えた“表現すること”の喜びが、いまも静かに彼女の脚本を支えている。
□梶原阿貴(かじわら・あき)1973年5月10日、東京都生まれ。90年、『櫻の園』で俳優デビュー。映画出演作品に、『青春デンデケデケデケ』『M/OTHER』、『のんきな姉さん』『ふがいない僕は空を見た』などがある。07年『名探偵コナン』で脚本家デビュー。その後、アニメ、テレビドラマを経て、映画『WALKINGMAN』で脚本、監督補を務める。22年『夜明けまでバス停で』でキネマ旬報ベスト・テン、日本映画脚本賞など多数の脚本賞を獲得。自伝的エッセイ『爆弾犯の娘』(ブックマン社刊)が発売中。
