「売れたい気持ちはなかった」47歳名脇役の原点、人生を変えたスタジオの喫茶店バイト

映画『となりの宇宙人』(公開中、小関裕次郎監督)に主演する宇野祥平は、インディーズからメジャーまで幅広く活躍するベテラン俳優だ。47歳となる今も第一線を走り続ける宇野に、俳優としての出発点と転機を聞いた。

俳優としての出発点を語った【写真:増田美咲】
俳優としての出発点を語った【写真:増田美咲】

映画『となりの宇宙人』で主演

 映画『となりの宇宙人』(公開中、小関裕次郎監督)に主演する宇野祥平は、インディーズからメジャーまで幅広く活躍するベテラン俳優だ。47歳となる今も第一線を走り続ける宇野に、俳優としての出発点と転機を聞いた。(取材・文=平辻哲也)

「映画は小さい頃から好きでしたが、まさか自分がこの仕事をすることになるとは想像もしていなかったです。祖母から“手に職をつけろ”と言われ続けて育ったので、なんの迷いもなく高校卒業後、地元の会社に就職しました」

 大阪の高校に通っていた当時、将来のビジョンはまだ曖昧だった。就職した会社もすぐに辞めてしまい、見かねた親戚の紹介で関西で“最も忙しい”と言われるほどの繁盛店で修業することになった。ある時、強面の中年男性の店主から「この花きれいやろ?」と手摘みの花を差し出されたことがあり、ハッとさせられた。

「あまりのギャップにびっくりしました。ビジネスとしてしか考えていないと思っていた店主のオヤジさんが、本当に花が好きで生花店をやっているんだと知ったんです。僕はなんとなく働いていましたが、本当にそれでいいのか、好きなことをやるべきなんじゃないかと思いはじめ、その頃に遠ざかっていた映画館にまた通うようになりました」

 その体験を胸に進学したのが、大阪ビジュアルアーツ専門学校だった。自主映画に関わるようになり、「みんなで一つの映画を作ることがとても楽しかったんです」と振り返る。

 やがて東京へ。友人の家に転がり込む形で、神奈川県・百合ヶ丘での生活が始まった。そんな中、俳優としての転機となったのが、急きょ代役で出演した三原光尋監督の映画『絵里に首ったけ』(2000年)で共演した名バイプレーヤー、森下能幸との出会いだった。

「『東京に出てきたらいつでも連絡してね』と言ってくださって、実際に連絡したら『バイトしないか』と紹介してもらったんです。アオイスタジオの喫茶店でした。忙しくなった津田寛治さんの後を引き継いだんです」

 その喫茶店は録音の仕上げ作業のスタジオ内にあり、映画業界の第一線で働くスタッフたちが出入りする場所だった。

「当時の経営者は元スクリプターのおばさんで、強烈なんです。調理補助として僕が盛りつけたキャベツを、『あなたの盛りつけ方は面白くない!』と全否定する。面白さといっても、笑いや気をてらうものではなく、心がないという意味ですね。キャベツのことで自分の根本を問い質されるんです。『これが出来なければ、役者もどんな仕事も出来ません!』と。その時は意味がわからなかったですが、ずっと心に残る言葉で、いまでもその通りだと思っています」

2020年にはキネマ旬報ベスト・テン助演男優賞を受賞した【写真:増田美咲】
2020年にはキネマ旬報ベスト・テン助演男優賞を受賞した【写真:増田美咲】

キネ旬ベスト・テン助演男優賞を受賞も「実感がわかなかった」

 料理は得意ではなかったが、次第に好きになっていった。

「食材の選び方、食材の状態、切り方、料理の盛りつけ方から後片付けなど。どんなことにもちゃんとこだわりを持ちなさいと教えていただきました」。その感覚が、演技にも活きている。

 アオイスタジオでは、北野武組や深作欣二監督の関係者も来ていた。

「おばさんは、いろんな方々に『祥平をよろしくお願いします』といつも売り込んでくれていました。本当に感謝しかありません」

 少しずつ出演作が増えていく中、大きな注目を集めたのが2020年の映画『罪の声』(土井裕泰監督)だ。キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞を受賞し、世間からの評価が一変した。

「役者だけじゃなく、今まで何かの賞をもらったことがなかったので実感がわかなかったというのが正直なところなんですが、ただ土井監督はじめ関係者の皆さんや、お世話になってきた方々が喜んでくれたのが、とてもうれしかったです」

 それでも「稼ぎたい」「売れたい」という気持ちは少ない。

「アオイスタジオの喫茶店のおばさんからは『一生懸命にやりなさい』『お金が欲しいなら役者はやめなさい』と繰り返し言われましたから」

 今後の展望を問うと、こんな言葉が返ってきた。

「今まで本当にたくさんの人に“出会い”、助けられ、たくさんの映画に影響を受けて、今の自分が形作られたと思います。もう、そのことには感謝しかありません。これからもご縁を大切に一つ一つ丁寧に作品に臨んでいきたいです」

 映画『となりの宇宙人』は“帰れなくなった宇宙人とアパートの住人たち”の奇妙で温かい交流を描いた物語だが、宇野自身の人生も「人との出会い」との連続だった。

□宇野祥平(うの・しょうへい)1978年、大阪府生まれ。2000年に俳優デビュー。独特の存在感と繊細な演技で注目され、映画『罪の声』(20)、『本気のしるし 劇場版』などで高い評価を受け、第94回キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞などを受賞。主な出演作に『正欲』『市子』『ラストマイル』『雪の花 -ともに在りて-』『Broken Rage』などがある。北野武、塚原あゆ子、藤井道人など名だたる監督作品に多数出演。公開待機作に、『THE オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ MOVIE』(オダギリジョー監督)、『平場の月』(土井裕泰監督)などがある。ABC・テレビ朝日系連続ドラマ『こんばんは、朝山家です。』(7月6日スタート)に出演中。

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