富士山、弾丸登山禁止が物議 “山小屋泊義務化”に潜むリスクとは? 医師「素人がいきなり3000メートルで寝るのは…」

富士山は1日、山梨側で山開きが行われた。10日には静岡側でも山開きが予定されており、まもなく本格的なシーズンが幕を開ける。今年からは山梨側、静岡側のすべてのルートで1人4000円の入山料を徴収。午後2時~翌午前3時までは山小屋宿泊者を除き入山禁止の時間帯を設け、弾丸登山(山小屋宿泊を伴わない夜間登山)を防止していく。入山料の値上げと実質的な山小屋宿泊の強制に、ネット上では「拝金主義でもう登る気がしない」「高所での宿泊って逆に高山病のリスクを上げるだけでは?」といった疑問の声も上がっている。実際のところ、弾丸登山禁止は高山病予防にどの程度の効果があるのだろうか。国際認定山岳医の資格を持つ“日本一山に登るドクター”こと三井愛医師に見解を聞いた。

山開きを迎えた富士山【写真:ENCOUNT編集部】
山開きを迎えた富士山【写真:ENCOUNT編集部】

今年からは山梨側、静岡側のすべてのルートで1人4000円の入山料を徴収

 富士山は1日、山梨側で山開きが行われた。10日には静岡側でも山開きが予定されており、まもなく本格的なシーズンが幕を開ける。今年からは山梨側、静岡側のすべてのルートで1人4000円の入山料を徴収。午後2時~翌午前3時までは山小屋宿泊者を除き入山禁止の時間帯を設け、弾丸登山(山小屋宿泊を伴わない夜間登山)を防止していく。入山料の値上げと実質的な山小屋宿泊の強制に、ネット上では「拝金主義でもう登る気がしない」「高所での宿泊って逆に高山病のリスクを上げるだけでは?」といった疑問の声も上がっている。実際のところ、弾丸登山禁止は高山病予防にどの程度の効果があるのだろうか。国際認定山岳医の資格を持つ“日本一山に登るドクター”こと三井愛医師に見解を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)

 高校時代から山岳部に所属、アルパインクライミングに精通し、昨年9月にはネパールの標高8163メートル峰・マナスルにも登頂したという三井医師。医療の知識に加え、高度な登山技術も求められる国際認定山岳医の資格を持ち、実際に富士山8合目救護所での勤務経験や、山岳救助隊とともに救助活動に携わった経験もある。普段は神奈川・帝京大医学部附属溝口病院で、手術や救急医療を担う外科専門医として勤務。自身の受け持つがん患者や障がい者支援団体から依頼を受け、帯同して登山をサポートする“医師ガイド”としての活動も行っている。

 一般に高山病と言われる症状について、三井医師は「標高が上がるにつれ、気圧が低いため、空気中の酸素分圧(酸素の圧力)も低くなります。圧が低いと体内に取り込める酸素の量が少なくなる。高所で低酸素状態となることで、血流が悪くなり、体のさまざまな所に酸素が行き届かなくなる。最も出やすいのが頭痛ですが、吐き気や腹部の張り、倦怠感、ふらつき、風邪のような症状も出るとされています」と解説。本人の体質や体調に左右されることが多く、疲れがあったり、前日に飲酒していたりすると発症リスクが高まるという。

「高山病は体質によるところが大きく、出る人は標高1500メートル、富士山の登山口くらいの高さでも出ます。2500メートルで日本人の25%に何らかの症状が出るとされ、3000メートルで50%、4000メートルでは3分の2。富士山は3776メートルなので、半分以上の人は何らかの症状が出ていると考えていい。余談ですが、最重症の高山病は、高地脳浮腫、高地肺水腫という脳や肺の障害になり、これらは日本の山の高さで発症するケースは稀ですが、一度これらの症状が出た人が高山障害を克服するのは困難とされています。また、低酸素状況下では脳や心肺といった生存に必要な臓器に優先的に酸素が供給されますが、個体の生存に影響のない生殖機能は真っ先に切り捨てられると言われており、明確なデータはないものの、若い方が8000メートルなどの高所登山を志す際は不妊のリスクも考慮した方がいいとされています」

 高山病の一番の要因は急激な高度の変化にあり、対策としては高度順応しながらゆっくり登ることが大事だという。また、疲労も大きな原因となるので、休憩やエネルギー補給を怠らないこと、体を冷やさないことも効果的。ゆっくり登る、休憩を取るというと、山小屋宿泊は高山病対策にうってつけだが、一方で、高所に長時間滞在することのリスクもあると三井医師は指摘する。

「9合目付近の山小屋は山頂までの距離が短く、ご来光登山に人気ですが、登山経験の少ない素人がいきなり3000メートルで寝るのはおすすめしません。3000メートルの酸素の量は平地の70%ほどで、この環境での高所順応は本来これから5000メートルを目指すような人が行うもの。就寝中は呼吸が浅くなるために体内が極度の低酸素状態にさらされ、寝ても疲れが取れなかったり、そもそも眠れないということも考えられます。逆に、3000メートルでぐっすり眠れるような人は弾丸登山をしても問題ない。本音では『いきなり3000メートルに来るな』と言いたいところですが、現実には多くの登山未経験者がいきなり富士山を目指してくる。その場合、できれば宿泊は2500メートル以下が望ましい。理想は1500メートルの登山口でもう1泊しておくのが万全です」

 高山病の症状が表れ始めるのは高所滞在のおおよそ6時間後で、1日で富士山を往復できるような健脚であれば、本格的な症状が出る頃には下山してしまうということも……。日常的に山に登っている登山者からは、弾丸登山そのものを悪とする風潮や、一律全面禁止という画一的な対策に反発の声も上がっている。三井医師も登山家として「気持ちは分かる」としつつ、医師としてはその必要性も認める。

「健脚の経験者に限れば、空いていて天気が良ければ弾丸登山でも問題がないと思います。ただ、富士山はみんなが一斉にご来光を目指し、3000メートル級の酸素が少なく氷点下に近い環境で大渋滞が起きるという極めて特殊な山。ご来光登山という富士山ならではの事情があることまで考慮すると、やはり弾丸登山には反対です。外国人は4000メートルもない山だからと軽装で来ますが、風が強い独立峰の環境、夜間の低温、ご来光の大渋滞までは想定できていないことが多い。弾丸登山禁止や入山規制について、日本人の登山者から反対の声が上がるのも分かりますが、外国人が殺到している現状では、行政として仕方のない部分もあるのではないでしょうか」

 今夏の富士山でも、無謀な登山による事故や遭難が起きないことを祈るばかりだ。

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