青木真也、地元に帰って知った人生のB面 格闘技に出会わなかった世界線に「こっちも豊かだよな」【青木が斬る】
2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(42)。格闘家としてだけでなく、書籍の出版やnoteでの発信など、文筆家としてもファンを抱えている。ENCOUNTで昨年5月に始まった連載「青木が斬る」では、格闘技だけにとどまらない持論を展開してきた。今回のテーマは「人生の後悔」。この年になって知った世界があるという。

連載「青木が斬る」vol.10
2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(42)。格闘家としてだけでなく、書籍の出版やnoteでの発信など、文筆家としてもファンを抱えている。ENCOUNTで昨年5月に始まった連載「青木が斬る」では、格闘技だけにとどまらない持論を展開してきた。今回のテーマは「人生の後悔」。この年になって知った世界があるという。(取材・文=島田将斗)
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取材日の1か月前から今回のテーマで話を聞くことを伝えていたが、開口一番、まさに“らしい”とも言える回答が返ってきた。
「『ああしておけばよかった』って、自分のことに関してはないなぁ。そもそも、過去は死体みたいなものだと思っているんですよね。昔のことなんてどうでもいい。だから後悔することもないんです」
この答えが返ってくることは予想していた。それは青木のこれまでのキャリアを見れば分かることだ。柔道から格闘技界への転向、20代前半で警察を辞め、格闘業界で生きてきた。選択を繰り返し、その行動に自信を持ってきた。それは後悔ではなく反省を重ねてきたからこそとも言える。
「『ああいう選択があったらこうだった』という学びはあります。でも悔いることは全くないですね。例えば負けたことでさえも、『あのとき、あれがあったから今がある』って解釈しています。結局、起きたことは変えられないけど、その解釈はいくらでも変えられる。
あのとき勝って、あのとき負けたからこそ、今につながっている。いま胸を張って言えるのは、いまの自分がちゃんと頑張れているから。これから5年後、10年後に自分が頑張れていなかったら、いま良いと思っている解釈もまた変わる。そう言えるように、いまをベストコンディションで生きる。それが簡単なようで難しいんですよ」
公務員を辞め、格闘技の世界に飛び込んだ自分の選択を後悔したことは一度もないという。
「あれがあったから、って解釈を変え続けて生きてきた。分かりやすいのが、23歳で警察を辞めたこと。いまは『あのとき辞めて良かった』って胸を張って言える。でも、警察を辞めて格闘技もダメになって、どこかでよれた生活を送っていたら『あのとき警察やっておけばな』って思ったと思う。柔道から格闘技に来たことも、全く後悔してない」
筆者が「自分は大学時代に遊んでばかりいたことを後悔している」と話すと、「何言ってんだ! 遊んでたから今があるんだよ」と青木がツッコんだ。
「後悔はない。でも、常に省みることは必要」
「人生って全部できねぇんだ」。深く腰かけていた青木が、前のめりになり語り出す。いま二拠点生活を送るなか、地元・静岡でそれを強く実感するという。
実家近くの河川敷から20キロ先の山まで自転車で往復するのが、静岡での日課だ。昼間の河川敷には人がほとんどいない。いてもゲートボールをする年配の人くらいだ。
「高校時代、柔道をやっていた頃は朝6時、まだ暗いうちに家を出て、夜9時に帰ってくる生活をしてた。月曜なら『ビートたけしのTVタックル』の途中で帰ってくる感じ。だから昼間の河川敷の風景なんて知らなかった。スポーツ校だったから、サッカー部とかだと、高校1年で3軍になって、遊び中心になるやつが出てくる。そいつらが教室で言うんだよ。『この前河川敷でやっちゃってさ』って。あれ、嘘だろって思ってた。でもいま河川敷を自転車で走ると『これはあるわ』って思う。だって、誰もいねぇんだもん」
近所には7月の花火大会を知らせる看板もある。当時は遠征で地元にいなかったため、「そういう世界もあるんだ」と驚く。
「人生にはB面がある。大学もそう。ずっと格闘技や柔道をしてきたから、いわゆるキャンパスライフなんてなかった。人にはB面があって、それが面白い。静岡に帰ると、昔友達が話していたワードをふと思い出す。高校生がデートで行くローカルカフェの名前とか。でも、俺は行ったことがなかった。大人になってそのカフェに行くと、やっぱり高校生がデートしてるんだよ。こっちの世界も豊かだよなって思う。ドキドキしちゃうよ」
柔道や格闘技にすべてを注いでいた時間がこれまで「普通」だと思っていた。しかし、業界からあえて距離を置き、異業種の人たちと関わるうちに「自分の生き方が異常だった」と気づかされた。
「ずっと突飛なままの自分でいちゃダメだと思ってる。立川談志はタクシー移動じゃなくてバスや電車で移動していた。庶民的な生活をしていた。きらびやかな生活ができるからこそ、そっちに行くことで芸っていうものとバランスが取れたよね。俺も、この仕事をしながらB面をどれだけ学べるか。“あのとき”の自分の裏側を知ることで、自分を深掘りできるんだよ」
B面を知ることは、自分を俯瞰で見ることでもある。格闘技を例に説明する。
「緊張するとか集中するって、狭めることだと思ってる人がいるかもしれない。でもそうじゃない。試合って、日常を切り取ったものを出す場なんだよ。集中して視野が狭まるタイプが多いけど、逆に広がるタイプもいる。それが那須川天心だと思う。自分を知る作業を、みんなもっとやった方がいい。格闘技であってもプロレスであっても何かを通して自分を見つめ直すことなんですよね」
さらに「『恥ずかしい』と思えることが大事だ」と続けた。
「昔のことを言われると恥ずかしい(笑)。腕折って中指立てたって言われたりするけど、抑えきれない欲望を異常な量持っていた過去の自分を見ると恥ずかしい。それを長く見てきた人は、俺の成長を感じられると思う。それが本当の楽しみ方だと思う」
今回のテーマに話を戻すと「後悔はない。でも、常に省みることは必要。『自分はどうしたんだろう』って。結局、日々の少しの軌道修正だと思う」とうなずく。そして最後に「最近の発見は、あのときサッカー部が言ってた『河川敷でやっちゃった』が本当かもしれないと思ったことが一番」と笑った。
