「敗者引退マッチ」の裏側、スターダム岡田太郎社長が止められなかった中野たむ&上谷沙弥“2人の覚悟”

上谷沙弥の大ブレイクは、スターダムのみならず女子プロレス界全体の追い風となっている。そのきっかけとなったのは、上谷の闇落ち。2024年7月、不死鳥が闇落ちした瞬間からこの躍進は約束されていたのかもしれない。では実際のところ、現場では上谷の躍進をどう見ていたのか、スターダムの岡田太郎社長を直撃した。

4.27横浜アリーナの上谷沙弥vs中野たむは大きな話題に【写真:(C)スターダム】
4.27横浜アリーナの上谷沙弥vs中野たむは大きな話題に【写真:(C)スターダム】

上谷沙弥はヒールターン後の試合の成長スピードが凄かった

 上谷沙弥の大ブレイクは、スターダムのみならず女子プロレス界全体の追い風となっている。そのきっかけとなったのは、上谷の闇落ち。2024年7月、不死鳥が闇落ちした瞬間からこの躍進は約束されていたのかもしれない。では実際のところ、現場では上谷の躍進をどう見ていたのか、スターダムの岡田太郎社長を直撃した。(取材・文=橋場了吾)
 
 ちょうど1年前、筆者は岡田太郎社長にインタビューを行っている。5選手が離脱し新団体に合流したタイミングだった。

「スターダムが次のレベル、次のステップに行くための準備期間だったな、と今では思っています。(4.27の)横浜アリーナは1年前から決まっていて、どう集客していくか、そして業界1位の団体としてその後も成長するための土台を作ることを考えていました。HPやSTARDOM WORLD、PPV、ファンクラブ、アプリ、リング上の演出・運営もすべてトライアンドエラーしながらやってきたという実感が凄くありますね。結果として5選手と数名のスタッフの離脱があったからこそ、残った皆が今のマインドになったところもあって、プラスアルファになったんじゃないかなと思います。もちろん、選手やスタッフが抜けることは痛いし寂しいですよ、でもそれがあったからこそのエネルギーがあって、傷は全部埋まったと思っています。あえていうとこれは自然の流れで、スターダムの歴史の中の1ページに収まったのかなというところです」

 この1年、立場・知名度ともに大きく変わった選手の中でも大ブレイクを果たしたのはワールド・オブ・スターダム王者の上谷沙弥だろう。

「来るべきときが来た、と思っています。彼女のポテンシャルを考えれば、(今の状況は)当たり前ですし、想像以上の存在になっているかもしれないですね。僕から見ると試合の成長スピードが早いと思っています。ヒールターンして新しいスタイルを模索することを考慮すると、天下を取る試合のレベルになるまで結構時間がかかるんじゃないかなと思っていたんですが、短期間で試行錯誤して、昨年末にはほぼ完璧に仕上がっていましたから。今やもう盤石の試合内容・試合運びができて、隙のないチャンピオンとしての戦い方になっていると思います」

 この上谷のヒールターンからの躍進について、岡田はこう分析している。

「去年の4月のアメリカ遠征で、選手たちはレッスルマニアを見ているんですよ。そこでリア・リプリーを見て、同世代ということもあって影響を受けたと最近のインタビューを見て知りました。そこで自分の方向性が定まってきて、その上谷の考えに、H.A.T.E.、特に刀羅ナツコと渡辺桃が目をつけたんじゃないかなと思います。更には事件(サイン会でファンだった人に上谷がヘイトをぶつけられる)もありました。H.A.T.E.は大江戸隊から生まれ変わるタイミングを狙っていて、大きなインパクトがほしかったはずです。小波、上谷を引き入れたと。

 それが去年の7月の札幌で全部ひっくり返す形になったわけですが、これはそのあとに配信されるNETFLIXの『極悪女王』の影響もあったと思います。刀羅ナツコはダンプ松本さんとタッグを組むこともありますし、ヒールが注目されることを読んでいたと思いますから、このタイミングで仕掛けようと。札幌で刀羅はワールドのベルトを獲りましたし、落としたあとも上谷のバックアップをしていたと推測しています」

試合を見守る岡田太郎社長の視線は鋭い【写真:橋場了吾】
試合を見守る岡田太郎社長の視線は鋭い【写真:橋場了吾】

中野たむの決断、上谷沙弥の決断、そして覚悟は止められなかった

 上谷の存在がお茶の間に届いたのはテレビ番組『千鳥の鬼レンチャン』の影響も大きかった。この番組内で上谷は錚々たるメンバーの中でスポーツ選手としてのポテンシャルと根性を発揮し、300メートル走を何度も走り続けた。

「あの番組に出る前、上谷がいつも以上に走り込みをしていたのは聞いていました。それで体が軽くなって、余裕が生まれたのか、さらに試合内容が良くなったと感じています。もともとあったポテンシャルに無尽蔵のスタミナが加わって、強靭な肉体を手に入れたと思いますね。放送の翌日の試合で、中野たむが退団を賭けた試合をしたいと発言し上谷も受けたわけですが、ただでさえ玖麗さやかの奪い合いで盛り上がっていった試合が、大会自体の盛り上がりと放送の反響の大きさで異様な熱を生み、その熱が生み出した言葉だと思います。二人は人生賭けてプロレスに臨んでいる覚悟はあるので、売り言葉に買い言葉になったと。

 中野たむは、前年の負傷欠場(2023年ワールド王座返上)前後からゴールを探していた部分はあったと思うんですよ。上谷も同時期に欠場しています。欠場中にスターダムの様子が変わり、空気がおかしいと感じて自分が引っ張らなきゃという不安もあったと思いますし、二人とも色々あって決断したんだと思います。上谷はヒールターンする決断、中野たむはもう1回チャンピオンに返り咲くという決断。その二人の強い思いが、去年の両国(国技館大会、2024年12月28日)で二人の対戦になって、それから『鬼レンちゃん』があって、様々なメディアでも取り上げていただき、テンションが上がり切って引退を懸ける試合にまで発展したと。中野たむの覚悟については察していたので、止められないと思っていました。

 ただ驚いたのは、上谷まですべてを賭けると言い出したことですよ。でも……プロレスラーとして考えたら、自分だけ優位な立場でやるのはプライドが許さなかったっていう気持ちはわかるんですよ。理屈はわからないけど、魂として、感情としては分かると。僕の立場としては正直頭を抱えましたが、プロレスラーとして引き下がれないところまで行ってしまったので、もういいやと。どうなっても責任を取るのは会社でいいから、許可しました」

(25日掲載の後編へ続く)

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