バイク1台で恋人と2人乗り、30か国6万km走破 予算300万円“限界タンデム旅”のリアル

大型アドベンチャーバイク1台で世界一周の旅に出たカップルがいる。海外旅行未経験のバイク好きの映像作家とアニメーターだ。2人は2013年6月に福島を出発し、ロシア、モンゴル、ウクライナを経て、欧州から南米へ。427日間、走行距離6万キロメートル、走破した国は30以上。その旅の記録がドキュメンタリー映画『タンデム・ロード』として、6月13日から公開される。監督の滑川将人さんが旅の秘けつを語ってくれた。

滑川将人さん【写真:ENCOUNT編集部】
滑川将人さん【写真:ENCOUNT編集部】

ドキュメンタリー映画『タンデム・ロード』が公開

 大型アドベンチャーバイク1台で世界一周の旅に出たカップルがいる。海外旅行未経験のバイク好きの映像作家とアニメーターだ。2人は2013年6月に福島を出発し、ロシア、モンゴル、ウクライナを経て、欧州から南米へ。427日間、走行距離6万キロメートル、走破した国は30以上。その旅の記録がドキュメンタリー映画『タンデム・ロード』として、6月13日から公開される。監督の滑川将人さんが旅の秘けつを語ってくれた。(取材・文=平辻哲也)

 2人は冒険家ではない。滑川さんはバイク好きの助監督。パートナーの亜由美さんはどちらかと言えば、人付き合いが苦手の“陰キャ”で、アニメが好きな映像業界で働くフツーの人。しかも、海外旅行は未経験だった。

「過酷な労働条件に疲れた彼女が精神的に限界だったとき、“バイクで世界一周してみるか”って、ふと口にしたのがきっかけです」

 滑川さんは16歳でバイクに乗り始めたベテラン。亜由美さんも万一に備え、中型自動二輪免許を取得した。パートナーを乗せてのタンデム(二人乗り)の旅。その準備は念入りに行ったという。

「先駆者はいないと思っていたけど、探すといるんですよ。ワールドツーリングネットワークジャパンという団体があって、イベントに行ったり、実際に会いに行ったりして、リアルな声を集めました」

 日本のパスポートは世界191か国・地域にビザなしで渡航でき、世界最強とも言われる。30か国以上を巡ったが、ビザが必要だったのはロシアだけ。国際免許、海外用のナンバーも事前に難なく取得できた。語学は2人とも得意ではなかったが、身振り手振りで伝えることで乗り切れた。お礼用に用意した、赤ベコのキーホルダーは、現地の人との会話のきっかけにもなった。

 世界一周の相棒に選んだのは、BMWの大型アドベンチャーバイク「R1200GS」。メンテナンスが比較的簡単で、世界中にディーラーがあるのが選定の決め手だった。ちょうどモデルチェンジのタイミングで、型落ちがネットで安く出ており、運良く100万円で入手した。出発前に用意した旅の予算は、300~400万円。お金が尽きたところで旅を終えるつもりだった。

 宿泊はキャンプと安宿が半々、食事は基本、自炊した。日々直面したのは、「どこまで走るか」「どこで寝るか」だった。ロシアはテント泊中に事件があった話も聞いており、安宿に泊まるようにしたという。ヨーロッパではネット予約も使えるが、南米やモンゴルなどでは野宿やキャンプが主流。経験者から「野宿地は人に見られるな。見られたら夜中でも移動しろ」と教えられ、慎重に場所を選んだ。

 映画ではボリビアのウユニ塩湖、南米のパタゴニアなど絶景が次々と登場する。その中で、滑川さんが“最も心を揺さぶられた”というのがモンゴルだ。

「ゲル(伝統的な移動式住居)に泊めてもらった時、雲が割れて虹が出て、馬に乗っている時に仏教の曼荼羅の世界に入ったような感覚になって、本当にこの世を逸脱した気持ちになりました」

 精神的に最もきつかったのは北欧だったという。美しすぎる風景が連日続き、次第に感覚が麻痺していく。旅の目的や意義を見失いかけた時期でもあった。逆に、物理的に最も厳しかったのは南米パタゴニア。アンデス山脈を越え、強風の中をオフロードで延々と走り続けるという過酷な環境だった。

 そんな中、北欧では亜由美さんは過労に加え、うまくコミュニケーションが取れないというもどかしさから一時は一足早い帰国も考える。しかし、20万円という航空運賃の高額さから断念。約1か月間、別々に旅を続けて、この困難を乗り切った。

「実は、運転している自分より、後ろに乗っている方が疲れるんです。当時の彼女も『連れて行かれるだけじゃダメ、自分の旅をしなきゃ』と葛藤していて、衝突も多くなりました。最初は自分が“守らなきゃ”と思っていたのですが、ある時から彼女が先を歩くようなこともあって、逆に僕が“守られている”と感じるようになり、命を預け合う関係になりました」

命に関わるようなトラブルもあった【写真:(C)NIKONIKOFILM】
命に関わるようなトラブルもあった【写真:(C)NIKONIKOFILM】

バイク旅は「飛行機のように“点”ではなく“線”でつながる旅」

 実は命に関わるようなトラブルもあった。

「一番危なかったのはトルコで亜由美と一時的に別れていた時です。気が緩んで、声をかけてきた男に一緒に車に乗ってしまい、怪しい場所に連れて行かれました。完全に囲まれて、『金出せ』と脅され、殺されるかもしれない状況で、力づくで逃げました。日本大使館で行方不明者の写真を見たことを思い出し、自分もその一人になるかもしれないと思って本当に怖かったです。南米で亜由美が精神的に限界を迎え、街中をひとりで走り去ってしまった。夜中ずっと彼女を探していたこともあります」

 旅は予算を使い切って、終わった。帰国後、2人は別れてしまったが、「このまま関係を終わらせたら一生後悔する」と滑川さんが再アプローチ。映像を見せながら思いを伝え、ふたりは復縁し、結婚。現在は自然豊かな茨城県内に暮らし、小3の女児、4歳の男児の親となっている。助監督の仕事があれば、単身赴任の形で全国を飛び回っている。

「今でも、けんかはしますよ。ただ、十数年経って、ギャーギャー言うことはなくなりましたね」と笑う。

 滑川さんは今もドゥカティの1000ccなど3台のバイクを所有し、日常的に乗っている。再び旅に出たい気持ちはある。「シルクロードを走りたい、南米の奥地をもっと見たい」。だが、娘を連れて行こうとしたら、「ふざけんな、1人で行け」と亜由美さんに一蹴されたという。

 映画は亜由美さんの視点で語られ、亜由美さんが当時の心情を表したアニメが効果的に使われている。

「全国公開まで10年以上かかってしまいましたが、今の時代だから、2013年の映像に意味があると思っています。今ではロシア、ウクライナを旅することはできませんが、チェルノブイリ原発近くまで見ることができました。ロシアは怖い国という印象でしたが、僕らが出会った人々はとても親切で家族思いの人たちでした。こうしたことは実際に旅をしないと分かりませんよね」

 旅を志す人へのメッセージを聞くと、「バイク旅は飛行機のように“点”ではなく、“線”でつながる旅。風の匂いや、国境の存在を肌で感じられます。死ななきゃいい。何があっても楽しめばいい。旅はうまくいかないことだらけだけど、それは当たり前のことです。それでも、旅をやりたいなら、呼ばれているんだと思いますよ」と語ってくれた。

□滑川将人(なめかわ・まさと)1980年10月21日生まれ。茨城県常陸太田市出身。図書館で見た『スタンド・バイ・ミー』に感動し、映像の世界へ。2004年には『タイムカプセル』が第7回インディーズムービー・フェスティバルに入選。映画・ドラマの演出部として活躍。助監督を務めた主な作品に『蝉しぐれ』(2005年、黒土三男監督)、『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』(2007年、三池崇史監督)、『ファミリア』(2023年、成島出監督)、『黒の牛』(2005年、蔦哲一朗監督)がある。

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