ホンダと決裂して2万人削減、工場閉鎖を検討…日産が決めた「自力再建」までの舞台裏と“本気度”
5月13日、日産自動車(以下、日産)が新たな経営再建計画を打ち出した。2万人の人員削減、国内工場閉鎖の検討に入ったのだ。ホンダとの経営統合を白紙に戻し、自力再建の道を選んだ日産の再建計画の“本気度”を関係者の証言からひもといた。

今月24日に注目の株主総会
5月13日、日産自動車(以下、日産)が新たな経営再建計画を打ち出した。2万人の人員削減、国内工場閉鎖の検討に入ったのだ。ホンダとの経営統合を白紙に戻し、自力再建の道を選んだ日産の再建計画の“本気度”を関係者の証言からひもといた。(取材・文=一木悠造)
あの日、神奈川・横浜市の日産グローバル本社には、100人以上の報道陣が詰めかけていた。4月に就任したイバン・エスピノーザ社長の登場を待ち構えていたのだ。同社は、2024年度の決算発表を予定していた。ただ、事前に人員削減の報道があるなど、「大胆なリストラを含む経営再建計画を発表するのでは」と予想はされていた。
定刻になり、大会議室中央の席に座ったのは、エスピノーザ社長と最高財務責任者のジェレミー・パパン氏だ。まず、エスピノーザ氏が報道陣を見渡し、口を開いた。
「24年度の通期の実績と経営再建計画『RE:NISSAN』について説明します」
「RE:NISSAN」。これを発表するまでに日産は半年間、激動に見舞われていた。昨年12月、業績が悪化していた同社は乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出ていた。同年8月に一部で提携を組んでいたホンダと経営統合することを検討し、基本合意書を交わしたのだ。しかし、両社の蜜月は長くは続かなかった。関係者によると、ホンダが日産の完全子会社化を提案。ホンダが提案してきた統合会社の社名からは、日産の文字が消えていたという。この案を日産首脳部は強く拒否。今年2月には、経営統合は白紙となった。わずか3か月の関係だった。
決裂の裏で、日産は自力再建の道を歩むことを決めていた。その証左が、経営統合白紙会見時に明らかにした「RE:NISSAN」の前身となる「ターンアラウンド」だった。計画に関わる日産関係者が言った。
「ホンダとの経営統合が白紙濃厚となってきた段階から、自力再建に向けた計画作りが本格始動し、始まったのです。痛みを伴うことも辞さない覚悟で、口角泡を飛ばす議論が始まりました」
そして、2月13日に明らかになった「ターンアラウンド」。その内容を日産が企業公式サイトで公開している資料で見ると、生産拠点の再編では国内の現場への配慮が伺えた。複数の海外工場は閉鎖を検討するとした一方で、国内工場では製造ラインの最適化やシフト変更など、リストラを小幅に留めるものだった。
「業績がじわじわと悪化していく中で、どうやったら日産を立て直すことができるか。改革推進派と慎重派に割れて議論が白熱することもありましたが、チーム内でも『慎重にことを進めるべき』との声が多く聞かれました」(前出・日産関係者)
だが、日産はさらに痛みを伴う再建策が求められる状況になった。それに向け、組織として先に取り組まねばならなかったのはトップ人事だった。
「ターンアラウンド」発表から約1か月後となる3月12日。オンライン会見の場が設けられ、定刻になると3人の男性が登場した。内田誠社長を中心に左隣には外国人男性(エスピノーザ氏)、右隣は指名委員会委員長の木村康社外取締役。そして、木村氏が口を開いた。
「イバン・エスピノーザさんが4月1日に代表取締役に就任し、3月31日付で内田誠さんが退任されることが取締役会で承認されました」
続いて、内田氏が言った。
「ターンアラウンドの取り組みを進めていく中で経営責任を問う声が出てまいりました。今は一刻も早く会社を成長軌道に戻さなければなりません。そのための環境を作っていくためには、新たなリーダーの下で経営再建を図っていくことが最善の道だと考えています。日産はこんなものじゃない。必ず復活できると確信しています」
そして、エスピノーザ氏が決意表明した。
「日産が大変な困難な時期に社長に任命いただいたことに心から感謝申し上げます。私は日産とともに成長してきました。『日産はこんなものではない』と確信している。必ず日産に安定と成長を取り戻します」
同氏はメキシコ出身の46歳。チーフプランニングオフィサーとして、日産車の開発を率いてきた。日産メキシコをはじめ日産タイ、日産ヨーロッパでも開発計画作成し、実行に尽力。昨年、チーフプランニングオフィサーに就任してからは、EV(=電気自動車)、モータースポーツなども統括してきた。本人も「Car Guy」を自称するほど根っからの車好きであり、自身のSNSでもモータースポーツイベントに参加している様子を公開している。
正式就任前の同日は詳しく語られなかったが、同氏をトップにした「新たな再建計画」は綿密かつ慎重に進められていた。日産幹部が明かした。
「ターンアラウンドはさらなるアップデートが必要だと考えていた。エスピノーザがリーダーとなったことでそれが加速した。正確に言えば、『弾みがついた』ということかもしれない」
同幹部によると、ターンアラウンドをアップデートすべく、今年2月下旬から社内に横断的で少人数のチームが編成。集中的な議論が交わされてきたという。
「3月頭に『いよいよトップの人選が固まりそうだ』というタイミングで、チームが回り出しました。実際にエスピノーザがトップに立つことになり、『チームの背中を押してくれる』と感じた」
そして、5月13日にエスピノーザ氏から「RE:NISSAN」が発表された。
「RE:NISSANはコスト削減、戦略の再定義、パートナーシップの強化を柱とした現実的な実行計画です」
同時に発表された24年度の通期決算では、当期純損失が約6700億円に及んでいた。厳しい数字となり、「RE:NISSAN」にリストラ、工場閉鎖が含まれているのかかが注目された中、同氏は言った。
「固定費と変動費で計5000億円のコスト削減を行っていきます。まず取り組むのが生産体制の再編です。国内工場は17の拠点から10の拠点になります。さらに配置転換とシフト調整によって、生産能力を250万台にします。また、北九州市で予定していたリチウムイオンバッテリーの工場新設も中止します。そして、2024年度から2027年度にかけて計2万人の人員削減を行います」
ターンアラウンドからは一歩踏み込んだ内容で、リストラ、工場閉鎖検討という従業員にとってはデリケートな問題。エスピノーザ氏は、言葉を選びながた続けた。
「『RE:NISSAN』はとにかくスピード感を持ってやっていきます。残念ながら7つの工場の閉鎖を検討していますが、まだステークホルダーとの議論が続いています。きちんと従業員をサポートしていくこと。これだけははっきりしています」
報道で「名指し」された2つの工場と本社ビル売却
同会見の3日後、この慎重さに水を差す報道があった。閉鎖の対象として、日産の追浜工場と子会社の日産車体の湘南工場が名指しされたのだ。
そして、追浜工場で働く30代の従業員はこう漏らした。
「『ついに』と思いました。社内で『追浜が閉鎖される』というウワサが絶えなかったので…」
一方で、日産幹部は憤りを隠さなかった。
「再建計画をアップデートし、苦渋の思いをしながら閉鎖の検討を続けている中でのあの報道は腹立たしかった。閉鎖が決まったかのような印象になって困惑しているし、従業員に不安を与えて申し訳なかった」
この幹部の言葉を裏付けるように、エスピノーザ氏がNHKの単独インタビューで「工場閉鎖はあくまで検討段階であること」を重ねて強調した。
だが、その後も「グローバル本社ビルの売却」や「海外シンジケートローンを活用した資金調達」など、報道ベースで再建計画の内容が表面化している。また、退職した役員らへの高額な退職金にも批判が高まっている。それでも、「本格再建」を止められない日産。今月24日、グローバル本社で開催の株主総会では、「RE:NISSAN」の詳細が明かされる可能性がある。
