南野陽子、神戸松蔭大の客員教授に 年に1~2回講演「私の方が学ぶことが多いんじゃないか」
俳優の南野陽子が神戸松蔭大(神戸市)の客員教授に就任し、同日、同大学で行われた就任調印式に出席した。就任は4月1日付。調印書にサインした南野は「このたび、客員教授という大変な役割をいただきまして、とても緊張しています。皆さんは『私に何ができるんだ』、そう思われていると思います。私も本当にそう思います。何もできないと思います。どちらかというと生徒さんたちより、私の方が学ぶことが多いんじゃないかと思っています」と決意を明かした。

グローバルコミュニケーションとメディア社会の分野を担当
俳優の南野陽子が神戸松蔭大(神戸市)の客員教授に就任し、同日、同大学で行われた就任調印式に出席した。就任は4月1日付。調印書にサインした南野は「このたび、客員教授という大変な役割をいただきまして、とても緊張しています。皆さんは『私に何ができるんだ』、そう思われていると思います。私も本当にそう思います。何もできないと思います。どちらかというと生徒さんたちより、私の方が学ぶことが多いんじゃないかと思っています」と決意を明かした。
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兵庫県伊丹市出身で、同大学系列の松蔭中学・高校に高2まで通っていた。「この大学の出身ではないですけど、中学・高校と松蔭に行っていたので、『芸能界にデビューしていなかったら、もしかしたらここに通ってたかなあ』、そういう風な思いで今日も来ました」と“縁”を明かした。松蔭大出身の友人も多いとし、調印式会場となった校舎は初めて入ったが、チャペルには友人の結婚式で何度か足を運んでいるとした。
スーパーアイドルとして活躍し、今年芸能生活40周年を迎えた南野は「40年の間にはさまざまなことがありました。予期しないでうまくいったこと、一生懸命頑張ってもうまく行かなかったこと。時代の流れも変わったし、災害もたくさんあって。(1995年に阪神・淡路大震災が発生した)神戸も、今年1月には長田(区)の方に入りまして、イベントをやらせていただきました。いろんなことを超えて(の40年)。(学生は)まだ20年も生きてない人がほぼほぼだと思うんですけど、そういう人たちには『おばさんの自慢話と反省点』を含め、いろいろ話していければ」と明るく語った。
南野は2023年に日本カンボジア友好関係70周年親善大使に就任したほか、地元の伊丹大使、『ご飯好き』をきっかけにして米どころの京都府舞鶴市でまいづる親善大使も務めている。
上京するまで17年間住んでいた地元についての思いを問われると、「松蔭にしても、大学は違うけど、『松蔭』という響きが『母校愛がある』、(主演した)『スケバン刑事(II)』の2話のセリフでも言ってるんですけれども。やっぱり自分のルーツ、故郷は特別なものがあるんで。このぐらいの年(57歳)になってきますと、地元愛というか、『何か恩返しできたらな』とも思っておりますし、まだもう少しだけ芸能のお仕事をさせてもらおうと思うんですけど、もう少し年齢を重ねれば、またこちらに帰って来てもいいかなって思えるぐらいに大切な場所がありますんで」と力を込めた。
徳山孝子学長は、今年1月17日の阪神・淡路大震災の復興イベントで南野と初めて対面したとし「そのときにいろんなお話をしたことが(客員教授就任の)きっかけといっていいと思います」と説明した。「そのときに『松蔭は共学(大学は25年度、中高は26年度から)になるんですね』っていう(第)一声のお言葉に、とても温かみを感じたんですけど。『いつまでも松蔭のことを覚えてくださってるんだ』と」と話し、「松蔭出身で、日ごろからご活躍する姿を拝見しておりますので、『いつか機会があったら、本学の方に帰って来ていただきたいし、またいろいろ教えていただきたいな』と思っていました」と念願だったと明かした。
客員教授としての活動について、徳山学長は「主にグローバルコミュニケーションとメディア社会の分野について、年に1回から2回、学生や地域社会の皆さんに対する講演をしていきたいと考えています」と公表。今年は秋以降の開催で調整しているという。徳山学長から「南野先生」と呼ばれた南野は、「(先生呼びは)反対。呼ばれ慣れてないので、すごくくすぐったくて違和感がありますけれども」と照れ笑いし、「(呼び名は)名前で。陰でニックネーム、あだ名付けていただいて構わない」と話した。
