歌手デビュー直後、芝居は未経験でミュージカル出演…反対を押し切った主演俳優・中川晃教の思い
ミュージシャンで俳優の中川晃教が、8月10日から東京・シアタークリエで上演のミュージカル『ジャージー・ボーイズ』に主演する。1960年代に一世を風びした米国ポップスグループのザ・フォー・シーズンズで、リードボーカルだったフランキー・ヴァリを再び演じる。伴い、同作5回目の出演となる中川に、作品への思い入れや初演時の苦労、ミュージカル俳優になったきっかけなどを聞いた。

5回目の『ジャージー・ボーイズ』
ミュージシャンで俳優の中川晃教が、8月10日から東京・シアタークリエで上演のミュージカル『ジャージー・ボーイズ』に主演する。1960年代に一世を風びした米国ポップスグループのザ・フォー・シーズンズで、リードボーカルだったフランキー・ヴァリを再び演じる。同作5回目の出演となる中川に、作品への思い入れや初演時の苦労、ミュージカル俳優になったきっかけなどを聞いた。(取材・文=Miki D’Angelo Yamashita)
ザ・フォー・シーズンズの成功への光と影を描いた同作は2006年、トニー賞受賞。クリント・イーストウッドによって映画化もされた世界的ヒット作だ。ヴァリの並みはずれたハイトーンの歌声を中川が再現し、2016年に日本初演。大好評となり、ミュージカル作品として初めて第24回読売演劇大賞、最優秀男優賞を受賞した。以降、再演を繰り返している。中川の同作への思い入れは、回を重ねるごとに強くなっているという。
「初演はシアタークリエで『この作品の感動を客席に届けたい』という意気込みと真摯(しんし)に向き合うひと月を送っていました。その後、帝国劇場、コンサートバージョンのシアターオーブなど、さまざまな劇場のスタイルに合わせて上演することで、常に同じ感動を届けることができたのではないでしょうか。今回も絶対的なスター、フランキー・ヴァリの存在を客席に焼きつけたいです」
中川にとって、30代での転機となったミュージカル。最初にこの作品が生まれたシアタークリエに再び立つことで、「舞台の進化を届けられるチャンス」との思いもある。
「2005年、ブロードウェイで幕を開けた時に、当時の東宝のプロデューサーから『この作品を日本でやるとしたらアッキー(中川)が絶対いいよ』と言われたのですが、あまり知識もなくピンとこなかったんです。2016年の上演にあたって改めてお話をいただいたので、ナンバーを聴いたら、『この曲もあの曲もフォー・シーズンズだったんだ。知っている曲ばかりだ』と気づき、このミュージカルへの愛着がより湧きました。回を重ねるごとに、フランキー・ヴァリの声を磨き続ける努力をしてきましたから、今回は、初心に戻ってフランキー・ヴァリの新しい一面を引き出すことができればと模索しているところです」
リアルタイムでは経験していないが、この作品を彩る古き良きスタンダードナンバーと運命的な出合いをした。だからこそ、「飛び込んでみよう。大きなものをつかみかけている」と感じたという。
「オファーをいただいた時は、『フランキー・ヴァリ役に決まったんだ』と思い込んでいたのですが、実は、本決まりではなく、大変なオーディションが待ち受けていたんです(笑)。まずは本国から指定された楽曲で、歌声を使い分けることができるか確認するため3曲歌ったデモテープを送ったところ、『もっと、聴きたい』とどんどん課題曲が増えていきました」
本来なら、ヴァリを演じる候補者は米国で合宿をする。中川はスケジュールが合わなくて参加できなかったが、デモテープのみでこの役をつかんだ。
「デモ音源をとる前に、『トワング』というブロードウェイメソッドの発声法トレーニングを受けました。いつもとは全然違う声の出し方で苦労の連続でしたが、『いつかブロードウェイのキャストと組むこともあるかもしれない』と夢を描きながら訓練しました」
憧れのヴァリと初めて会ったのは、19年、80歳を超えてライブのため来日した時のバックステージだった。それまでは、全くコンタクトがなかったゆえに思い入れがより深くなっていった。
「初めて生で聞いた時は、これが『天使の歌声』かと思って昇天しました(笑)。完成された歌に圧倒されましたね。何のストレスもなく低音から高音までふわっとつながっていく。人間の深みが歌の表現として聴こえてくる」
そんなヴァリを演じてきたと中川。今回トリプルキャストとなるが、初演はシングルキャストだった。
「弱音を吐きそうだったんです。『一人じゃ、歌いきれない』と。苦労してやっと勝ち取った役だったので達成感はあったのですが、当初は『本当にできるんだろうか』という不安でいっぱいでした。でも、本国がOKしてくれたということは、やらざるを得ない。『もう、逃げ道はない』と死に物狂いでした」
そして、「役を自分のものにしなければ、お客さまには受け入れてもらえない」。そんな使命感にもさいなまれ、プロ根性が鍛えられたという。
「プレッシャーをくみ取ってくれて、『無理しなくていいからね』と周りが皆、寄り添ってくれたんですよ。本番の幕が開いたら、チケットが完売したんです。結果、決まったのが追加公演。初めて出す声で41公演、シングルキャストでやり通す自信がなくて諦めかけていたのですが、共演者に助けられましたね。
本国から公演間近にリモートでレッスンを受けなくてはならないと言われていましたが、初演のPVや稽古動画をみた米国からは稽古は不要と連絡が来て、ようやくほっとしました。
フランキー・ヴァリ役はだいたい声をつぶしてしまうので、アンダー(代役)のキャストが入るのが普通なんですよ。僕が一人でやり遂げられたのは、舞台を何度もリピートしてくださるお客さまの情熱のおかげです」
音楽好きの一家に育った。幼稚園からピアノを習い、父親が趣味でギターを弾いていた影響もあって、小学3年生でコードを学び、曲を作っていた。ヤマハ主催のティーンズ・ミュージック・フェスティバルに出場。全国大会で賞を獲り、高校在学中だった01年に作詞作曲した『I WILL GET YOUR KISS』で歌手デビュー。ドラマの主題歌に起用され、第34回日本有線大賞新人賞を獲得した。
「母親が古賀政男氏の門下生で、『歌は語るように、セリフは歌うように』と教わった話を聞き、ミュージカルの舞台に立つ時に役に立ちました」

ビジョンは「ミュージカルを作りたい」
ミュージカルの初出演は、日本初演の大作『モーツァルト!』だった。舞台に興味があったわけではなく、歌手デビューしたばかり。周囲からは猛反対を受けた。
「演出の小池修一郎先生が当時、モーツァルト役を探していて、ある日、コンサートのリハーサルスタジオに来ました。そこで、『自分の歌がうまいのは分かる。他の人の歌は歌えないか?』と言われ、ホイットニー・ヒューストンの『I will always love you』を弾き語りで歌いました。それが決め手となり、モーツァルト役に決まったようです。自分としても『可能性を広げるチャンスに懸けたい』と思い、芝居経験もないのに周囲の反対を押し切ってオファーを受けました。あの当時はミュージシャンがミュージカルに出演するのはまだ認められていなかったんです」
この先のビジョンを聞くと、中川は笑みを浮かべて「ミュージカルを作ることに挑戦したい。公私ともに歌が人生の全てなので」と返した。ただ、知る人ぞ知るグルメ生活情報誌で食に関する連載を長年担当していた。
今回の役作りについても、「鴨のコンフィのように、油の中でじっくりおいしさを閉じ込めていきたい」と料理に例えた。かみしめるたびにコクのある旨みが口いっぱいに広がる。そんな新生フランキー・ヴァリが登場しそうだ。
<ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』 公演情報>
8月10日(日)~9月30日(火)東京・シアタークリエ
脚本:マーシャル・ブリックマン&リック・エリス、演出:藤田俊太郎、音楽:ボブ・ゴーディオ、詞:ボブ・クルー
□中川晃教(なかがわ・あきのり) 1982年11月5日、宮城・仙台市生まれ。2001年に自身が作詞作曲した『I Will Get Your Kiss』でシンガー・ソングライターとしてデビュー。02年、ミュージカル『モーツァルト!』の日本初演で主演。同作で第57回文化庁芸術祭賞演劇部門新人賞の他、受賞多数。16年にはミュージカル『ジャージー・ボーイズ』主演で、第24回読売演劇大賞最優秀作品賞、最優秀男優賞を受賞。
