宝塚受験も3度不合格…一度は諦めかけた元トップスターの安蘭けいが背中を押された“父の言葉”とは
俳優・安蘭けいが、ドラァグクイーン(男性が女装してパフォーマンスをする一種)になる夢を持つ高校生の実話を基にしたミュージカル『ジェイミー』に出演する。同作は7月に東京、8月に大阪、愛知で4年ぶりに再演。安蘭は前回に続き、ジェイミーの夢の実現を応援する母親マーガレット役を演じる。この機にENCOUNTは安蘭をインタビュー。今回の「前編」では、宝塚時代、実力がありながらもトップ就任まで16年を要した思い、夢を叶える大切さを聞いた。

インタビュー「前編」
俳優・安蘭けいが、ドラァグクイーン(男性が女装してパフォーマンスをする一種)になる夢を持つ高校生の実話を基にしたミュージカル『ジェイミー』に出演する。同作は7月に東京、8月に大阪、愛知で4年ぶりに再演。安蘭は前回に続き、ジェイミーの夢の実現を応援する母親マーガレット役を演じる。この機にENCOUNTは安蘭をインタビュー。今回の「前編」では、宝塚時代、実力がありながらもトップ就任まで16年を要した思い、夢を叶える大切さを聞いた。(取材・文=Miki D’Angelo Yamashita)
『ジェイミー』は、2021年の日本初演でポップなメロディー、エネルギーにあふれたダンスが、多くのファンにミュージカルの醍醐味を感じさせた。ウエストエンドでロングランを続け、世界的にも大ヒット、映画化もされている。ジェイミーと母マーガレットの絆、親友プリティとの友情、心ない言葉を投げかけるクラスメートや父親、教師とのあつれき。自分を取り巻く人々とともに成長し、夢を叶えていくジェイミーの姿が感動を呼んだ。明るく振る舞うジェイミーだが、抱えている傷は深い。周囲の反対や多くの困難を乗り越え、自分らしさを貫こうと奮闘する。多様性を求める現代社会では、ジェイミーのような生き方も受け入れられてきた。それも踏まえ、安蘭は言った。
「現在、『多様性』は、社会のテーマとなっていますが、保守的な町で暮らしていた高校生のジェイミーがゲイであることをカミングアウトするのは、どんなに勇気がいることだったのか、想像もつきません。そんな息子に『ドラァグクイーンになりたい』と打ち明けられる。母親として、どのような対応をすべきなのか。困惑や苦悩は相当なものだったのではないでしょうか」
多感な年頃に誰にも言えない悩みを抱え、教師の反対や無理解な父親との確執など多くの困難を乗り越えてきた。そして、夢に向かって奮闘している息子の姿を見て、母親マーガレットは「無償の愛」で応援していく。
「時代性もあると思うのですが、ひと昔前なら、『そんな辛い道を歩まないでほしい』と母親も葛藤したのではないでしょうか。偏見を抱く社会の中で対立する者同士にも、やがて理解し合おうという気持が生まれていきます。LGBTQはもちろん、マイノリティーに対して、いまだに根付く偏見や差別を一蹴してくれる作品です」
学校の規則や父親と戦いながら“自分らしさ”を求めていく。そんなジェイミーは、高校の卒業パーティー「プロム」に「ドレスを着ていきたい」という夢を持っている。母親は、赤いハイヒールをプレゼントし、息子の夢の実現を後押しする。
「母親としても葛藤と闘いながら、息子の一番喜ぶだろうことを考えてサポートしようとする。これは、マーガレット自身の成長の物語でもあります」
前回公演では、2人のジェイミー(森崎ウィンと高橋颯※高の正式表記ははしごだか)に対して全く異る母親を演じていたと振り返る。
「前回の森崎ウィンさんは、しっかりしていてもう大人。母親とも対等な関係でした。高橋颯さんは、まだまだ母親がそばについていないと心配なタイプ。2バージョンの真逆な母親像ができたように思います」
母親からハイヒールをプレゼントされたことが勇気となり、ジェイミーは夢に向かって突き進むことを決心。ドレスを着てプロムに行くという望みを叶えた。
「父親は、『そんな子供に育てた覚えはない』と育児放棄して出ていってしまう。シングルマザーとしての強さも見せながら、ひたすら息子の夢を応援する、2人の強い絆もテーマの一つです。実在のジェイミー親子とは、リモート座談会で話をうかがう機会がありました。『母の支えがなければ、今の自分はなかった』とジェイミーが感謝すれば、マーガレットは、『私たち親子はなんでも心を割って話し合ってきたから、深い絆で結ばれてれている』と答える。2人の絆は感動的でした」

母親役で出演…『ジェイミー』との共通点
ジェイミーが苦節の果てに夢を叶えたように、安蘭も宝塚のトップスターの座を苦難の末につかみとった。夢を持つこと、実現させることの素晴らしさには共通の思いがある。
「子どもの頃から、人前で歌うのが好きだったんです。小学生の時は、掃除の時間に黒板の前に立ってほうきをマイクによく歌っていました。宝塚は、バレエの先生に勧められて興味を持ったのですが、ファンになるというより、トップになって大階段を降りることに夢を抱いたんです」
しかし、安蘭が歩み始めた道は険しかった。まず、中学3年から高校3年まで4回受けられる宝塚音楽学校の入校試験に3回不合格となる。
「4回目になると、諦める気持ちが強かったのですが、同じレッスンを受けてきた仲間が受かっていく。自分には何が足りないのか、それを知るためにも最後の1回を受けると決めました。父親が、『せっかく今まで頑張ってきて、まだチャンスがあるのだから受けるべきだ』と背中を押してくれたことも大きかったですね」
掲示板で「合格」の名前を真っ先に見つけたのは父親だった。安蘭の夢を全面的に応援し続け、本人よりも先に現場に着いていた。安蘭は雪組に配属され、宝塚のトップスターの座に駆け上がる準備ができた。しかし、その夢が叶うまでが紆余曲折、新たな試練の連続だった。男役としては小柄であることにも悩み続けた。
インタビュー「後編」では、さまざまな障壁を乗り越え、諦めていたトップに上りつめるまでの苦難、退団後の挫折やプライベートなども語っている。
<『ジェイミー』公演情報> 7月9日~27日 東京・東京建物 Brillia HALL 8月1日~3日 大阪・新歌舞伎座 8月9日~11日 愛知・愛知県芸術劇場 大ホール □安蘭けい(あらん・けい) 1970年10月9日、滋賀県生まれ。91年、宝塚歌劇団に首席で入団。数多くの舞台に出演し、04年現役の宝塚歌劇団生では初となる松尾芸能賞演劇新人賞を受賞した。2006年、星組男役トップスターに就任。09年に退団。退団後も女優として、舞台を中心に活動。08年『スカーレット・ピンパーネル』で第34回菊田一夫演劇賞演劇大賞、13年、『サンセット大通り』『アリス・イン・ワンダーランド』で第38回菊田一夫演劇賞受賞。21年『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』で読売演劇大賞優秀女優賞受賞。
