田中麗奈が1児の母となって変わった演技観「まだまだ先は長い」 大人のラブストーリーに感じた“リアル”
俳優の田中麗奈が「東京予報 映画監督外山文治短編作品集」(5月16日公開)の一編『名前、呼んでほしい』(26分)に主演した。本作は、田中麗奈と遠藤雄弥が主演を務め、家庭を持つ男女が不倫関係の終止符として、最後に1日だけ夫婦として過ごす姿を描く。自身も1児の母である田中が感じたこと、大人の女性を演じる現在地とは――。

『名前、呼んでほしい』で主演…“1日限りの夫婦”を演じる
俳優の田中麗奈が「東京予報 映画監督外山文治短編作品集」(5月16日公開)の一編『名前、呼んでほしい』(26分)に主演した。本作は、田中麗奈と遠藤雄弥が主演を務め、家庭を持つ男女が不倫関係の終止符として、最後に1日だけ夫婦として過ごす姿を描く。自身も1児の母である田中が感じたこと、大人の女性を演じる現在地とは――。(取材・文=平辻哲也)
田中が演じるのは、夫と幼稚園の女児と暮らす沙穂。同じく妻子のいる涼太(遠藤雄弥)と不倫関係にある。ある日、沙穂は涼太に「最後に1日だけ夫婦として過ごしてから関係を終えよう」と提案。約束の日、2人は「ユウスケくんのパパ」「ヒナタちゃんのママ」であることを忘れ、見知らぬ街で互いの名前を呼び合い、1日限りの夫婦として過ごしていく。
私生活でも、同年代の1児の母でもある田中。一見すると田中への当て書きのようにも思えるが、外山監督によれば、脚本を書いたあと“最初に浮かんだのが田中さん”だったといい、真っ先にオファーしたという。
田中自身も、沙穂の感情は自然と理解できたという。
「気負いせず、沙穂の生活の延長線上にすっと入っていけるような、そんな役でした。脚本を読んだ時に、すごく自然で繊細で……柔らかい空気に包まれた作品だと思いました。不倫という題材ではあるけれど、作品としては刺激的でもスキャンダラスでもない。むしろ“綺麗なひととき”のように感じたんです」
劇中では田中と遠藤の繊細な演技は、登場人物たちの内面の葛藤や情熱をリアルに表現。短編ながらその余白と静けさが観る者の心を深く刺していく。
田中はこの人物をどう見ていたのだろうか。
「沙穂は、感情に流されるだけの人じゃないと思うんです。自分の立場も、相手との関係も冷静に理解している。でも、それでも惹かれてしまう気持ちがある。その自然な“抗えなさ”があるからこそ、私は彼女を理解できました」
撮影は数日間という短期間で行われたが、「とてもそんな短いとは思えないくらい、密度の濃い時間だった」と振り返る。
中でも印象的なのが、橋の上で涼太を待つシーンや、モデルハウスを見学する場面。前者では、沙穂から手をつなぐ演出で、「思いの強さが伝わる場面だった」と話す。後者については、「ちょっと意地悪心が湧いちゃったのかも」と笑った。

私生活で母親となり、「『私はこれがやりたいんだ』」と明確に
共演した遠藤雄弥は、日本・フランスなどの合作『ONODA 一万夜を越えて』(2022年)では、太平洋戦争終結後もジャングルで過ごした小野田寛郎旧陸軍少尉の青年期を演じたり、昨年はインディーズ作品ながら、ロングランヒットとなった話題作『辰巳』の主演を務めた実力派だ。
「『辰巳』を映画館で観たばかりだったので、こんなに早くご一緒できるなんてうれしかったです。本当に丁寧に演じられる方で、何が魅力的かを瞬時に判断して表現している感じがしました」
完成した作品を観て、田中がまず思ったのは「色っぽいな」という感想だった。
「大人の恋愛映画で、エロティックな要素もあるんだけれど、そこにちゃんと“品”がある。決して爽やかではなくて、でもいやらしさでもない。その塩梅が本当に絶妙でした」
母となって以降、演技への向き合い方に変化はあったのかと尋ねると、田中はこう語った。
「『私はこれがやりたいんだ』という思いがより明確になりました。生活の流れの中で仕事とのバランスを取っていますし、子育てを中心にという考えはあまり持っていません。タイミングによって自然と切り替えている感じです」
子育てでは大変さはあるが、むしろメリハリがついて心地よいという。体力勝負だと笑いつつも、自分の時間を自ら確保して臨む姿勢がそこにある。
最後に、俳優業において何を大切にしているのかを尋ねた。
「『喜んでいただきたい』という思いですね。舞台なら例えば2時間半、その空間にいる方が幸せな気持ちで帰ってくれたらいいなと願いを込めて立っています。映画でも、10年後、20年後に観ても新鮮で何か発見のあるような、そんな作品を目指しています」
「年を重ねるごとに俳優業はどんどん面白くなっている」と語る田中。「やりたいことがたくさんあります。焦らず、でも一歩ずつ。まだまだ先は長いですから」
かつて『がんばっていきまっしょい』(1998年)や『はつ恋』(2000年)などの青春映画で多くの人の記憶に残った田中は、今も変わらずそのまなざしで人の感情の機微をすくい取る。『名前、呼んでほしい』も短編ながら、今の田中の魅力が発揮されている。
「2つの作品は今でも、『観ましたよ』とおっしゃっていただける作品です。外山監督とは同い年ですが、『東京マリーゴールド』(2001年)が好きだ、とおっしゃっていただきました。まだ、監督になる前に観てくださったそうで、なんだか不思議な気持ちになりました。こうやって、過去の作品を通じて繋がっていくご縁があるのだと、改めて思いました」
『名前、呼んでほしい』は、外山監督が現代東京の「かたすみのひかり」をコンセプトに製作した短編を集めたとして、『forget-me-not』『はるうらら』とともに劇場公開される。
□田中麗奈(たなか・れな)1980年5月22日生まれ。福岡県久留米市出身。1998年に映画『がんばっていきまっしょい』(磯村一路監督)で初主演を務め、日本アカデミー賞新人俳優賞など多数受賞し、その後、映画『はつ恋』(篠原哲雄監督)、『幼な子われらに生まれ』(三島有紀子監督)でも多数の女優賞を受賞。近年は、日本アカデミー賞優秀作品賞に選出された映画『福田村事件』(森達也監督)、放送文化基金賞ドラマ部門最優秀賞を受賞したNHK「神の子はつぶやく」、NHK連続テレビ小説「ブギウギ」などに出演。8月15日には映画『雪風 YUKIKAZE』の公開が控えている。
