求人票と違う残業、脅迫や無視 退職代行が語る“離職”の現場「2割は完全ブラック」

「辞めたい」と思いながらも、辞めることができない――。そんな働く人々の“駆け込み寺”として注目されているのが、退職代行サービスだ。株式会社アルバトロス代表取締役の谷本慎二氏は、退職代行「モームリ」や退職情報開示サービス「MOMURI+(モームリプラス)」を運営し、退職希望者の声に日々向き合っている。谷本氏に、日本社会が抱える労働環境の課題と、退職代行が目指す未来について聞いた。

株式会社アルバトロス代表取締役の谷本慎二氏【写真:ENCOUNT編集部】
株式会社アルバトロス代表取締役の谷本慎二氏【写真:ENCOUNT編集部】

利用者の年齢も15歳から83歳と幅広い

「辞めたい」と思いながらも、辞めることができない――。そんな働く人々の“駆け込み寺”として注目されているのが、退職代行サービスだ。株式会社アルバトロス代表取締役の谷本慎二氏は、退職代行「モームリ」や退職情報開示サービス「MOMURI+(モームリプラス)」を運営し、退職希望者の声に日々向き合っている。谷本氏に、日本社会が抱える労働環境の課題と、退職代行が目指す未来について聞いた。(取材・文=幸田彩華)

「退職代行は、苦しんでいる労働者の“最後の砦”のようなものですかね」

 退職代行という言葉が広く知られるようになったのは、ここ数年のこと。谷本氏はかつて東証一部上場企業(サービス業)に勤めていたが、労働環境と将来への不安から2021年7月に退職。自己研さんの期間を経て、22年3月に退職代行サービスを立ち上げた。

「前職が過酷だったこともあり、周りが次々に辞めていくのを見て、これは問題だなと思っていました。辞めた時に、元同僚から『退職代行使った人がいる』という話を聞いて、そんなことがあったんだって頭の片隅にあったんです。なにかできることないかなって思った時に、“モームリ”(というネーミング)が面白いなと思って、いろいろ調べ始めたのがきっかけです」

 退職代行は単なる“手続きの代行”ではなく、時に人生を守る「緊急避難手段」ともなる。実際、谷本氏のもとには、日々切実な相談が寄せられている。

 利用者の年齢も15歳から83歳と幅広い。新卒でわずか数日、あるいは数か月での相談も珍しくない。退職理由として多いのは「労務環境」と「ハラスメント」だ。

 企業側に明らかな問題があるのは全体の2割、労働者側の事情が2割、残りの6割は両者のすれ違い。脅迫や無視、暴言などで、退職の意思すら伝えられない状況にある人もいる。背景には、企業と労働者との力関係の不均衡があった。

「依頼が来る2割が完全ブラックというのは多いなと思います。6割のすれ違いに関しても、もしかしたら本当に依頼者の方が言うように、結構悪い会社かもしれないし、悪い上司かもしれないっていうのもあります」

 谷本氏自身も、前職のサービス業で数々の理不尽な経験をしてきた。

「依頼者都合の2割というのは、僕、前職サービス業だったんですけど、タチの悪い客は結構いました。サービス業だからこその問題っていうのはどうしても出てくるのかなって思います。僕、お客さんに3回殴られてますからね。カラオケルームに入った瞬間に酔っぱらった人に胸ぐらつかまれて、押し倒されてとかいろいろありました」

 数多くの相談を受ける中で、見えてきたのは企業の“コミュニケーション不足”だという。

「意外としっかりお話ができてなくてっていうことも多いので、まずは話をしてみる。時間をかけて話して、無理だったらもう退職でいいんじゃないかって。向き、不向き、合う合わないはあると思ってます。僕がよく言っているのは、会社だったり上司っていうのは、仕事ができる人だったり能力がある人を優遇しがちなんですけど、離職率を下げたいのであれば、コミュニケーションが苦手、能力があまり長けてない人にフォーカスして時間を費やしてあげないと離職率って変わらないよねという話はしています。企業としたら、仕事できる人って話が通じるし、もっと話を延ばそうと思ってしまいがちなんですけど、そこに隠れてる影の2~3割のついてこれてない人たち。そっちにフォーカスしてあげないと、その人たちは辞めるよねということになるかと思っています」

 相談が多い業種は、1位がサービス業、2位が製造業、3位が医療関連。特に医療現場からは、過重労働など深刻な事情が目立つ。

「サービス業と製造業は働いている方の母数が多いので多いっていうことなんですけど、医療関連に関しては退職理由が過重労働とか、そういう重い理由が多い印象です」

 ある派遣会社には、過去3年間で115回もの退職代行の連絡を入れている。

「毎週1回はあります。派遣会社なので、システム自体がかなり難しいんですね。要は派遣先で労務関係が悪かったら辞めたいってなっているのに辞められないのかなと思います」

 また、新卒からの依頼も多く、求人票とのギャップに失望するケースが後を絶たない。

「例えば、求人票に残業が20時間平均でありますよって書かれていて、じゃあ20時間ぐらいか、それなら頑張れるなと思って入ってみたら40時間あった。平均20時間だから、0時間の時もあれば40時間の時もある。それを平均で20時間と書いているんですけど、そうじゃないと思ってしまう人がいたりするんです。あと希望優遇と書いてあったりするじゃないですか。第3希望まで書いたのに勤務地が違ったとかっていうのもあったりするので、やっぱりそういった条件面での問題が多いなと思います」

退職代行は“お守り”的な存在に

 特にゴールデンウイーク明けなど、長期休暇明けには相談が急増する傾向がある。

「やっぱり1か月たつと、大体職場内のその人間関係が分かってくるのと、お休み、長期休暇をもらったことによって、人間関係が良くなかったとしたら、フラッシュバックして余計悩んでしまうと思うんです。やっぱり行きたくない、行けないという方が増えるのが理由かと思います」

 また、谷本氏が感じているのは、日本と海外における「労使の力関係」の違いだ。

「めちゃくちゃ感じますね。やっぱり海外は会社と労働者が対等。日本は完全に会社が強い。労働者が強いって聞いたことなくないですか? だから辞めづらい風潮もあって、上司から命令は聞いてしまうとか。あと、外国だと、賃金これだけやったからもっとあげてくださいとか、もっと休みくださいと自分たちで言っていると。でも、日本はそんなこと言ったら干される。だから、労務環境や労働者を少しでも強くしてあげたいなと。ただ、その労働者を強くというのが変なところで強いのではなくて、適正な労務環境で強さを出せるようにしてあげたいというところです」

 退職代行は、相談するだけでも利用できる“お守り”的な存在にもなっている。

「相談だけして今も働いている人は、いくらでもいます。はけ口じゃないですけど、何かあったら使ってやめればいいやっていう、お守り代わりになっているところはあるので、そういった面で労働者のメンタル保全に貢献できているかなと思っています。海外の記者さんに『日本ならではのクレイジーなサービス』と言われたことがあって、これ結構気に入っているんです。おっしゃる通りだなと(笑)」

 退職代行の現場を通じて、企業側の課題もくっきりと浮かび上がってきた。『MOMURI+』では、退職希望者の理由を匿名で収集し、企業にフィードバックするサービスも展開している。

 谷本さんが描く理想は明快だ。「退職代行が必要なくなる社会」を実現すること。

「やっぱり自分の口で言えないとか、自分で人間関係が築けなかったっていうのは思っています。海外の方々からも『なんで自分で言えないの』みたいな感じになっているので。じゃあどうしていくかというと、なくしていきたいと。いきなり退職代行なくしましたってなったら、多分困る人の方が増えるなと。ということは、どんどん退職代行の認知を広げて退職させていく。そうすることで、企業側が危機感を持って、退職代行は抑止力になると思うんです。なので、労務関係が会社どんどん良くなっていく。そうなれば退職代行に頼らずとも良くなるという世界を目指しています」

 退職の現場を通して見えるのは、日本社会の課題そのもの。谷本さんは、今日も退職希望者の連絡を受け取りながら、働き方改革を見据えている。

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