石川県で起こった「表現の自由」揺るがす異例バトル 知事が定例会見取りやめ2年以上…当事者が明かす舞台裏
ドキュメンタリー映画『能登デモクラシー』の5月17日公開を控える石川テレビの五百旗頭幸男さんと馳浩・石川県知事は、表現の自由、報道をめぐって、激しくバトルしている。この対立は県政記者会まで巻き込み、馳知事が県主催の定例会見を取りやめるという異例の事態へと発展し、この状態が2年以上続いている。一体、2人の間に何があったのか。その舞台裏を五百旗頭さん本人に聞いた。

県政記者会まで巻き込んだ“対立”の舞台裏
ドキュメンタリー映画『能登デモクラシー』の5月17日公開を控える石川テレビの五百旗頭幸男さんと馳浩・石川県知事は、表現の自由、報道をめぐって、激しくバトルしている。この対立は県政記者会まで巻き込み、馳知事が県主催の定例会見を取りやめるという異例の事態へと発展し、この状態が2年以上続いている。一体、2人の間に何があったのか。その舞台裏を五百旗頭さん本人に聞いた。(取材・文=平辻哲也)
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「最初は、ほんと信じられなかったですよ」と五百旗頭さんは苦笑する。発端は2023年1月、馳知事が元日のプロレスイベントに登場した映像だった。報道部のスタッフが報道用素材として使用を申請したところ、石川テレビだけが“使用不可”の回答を受けた。
「理由は説明されなかった。でも後から、『裸のムラ』(22年)の影響だって分かったんです」。
『裸のムラ』は、コロナ禍の対応に揺れる石川県の地方政治の実態を描いたドキュメンタリー作品で22年10月に劇場公開された。そこには22年3月、7期務めた谷本正憲氏の任期満了に伴う知事選に出馬し、当選を果たした馳知事も登場。だが知事は「出演を許可していない」と主張し、定例会見で石川テレビへの怒りをあらわにした。さらには、社長を次の会見に呼び出すとまで言い出した。
『裸のムラ』は馳知事側から見れば、「不都合な真実」とも言える描写も出てくる。だが、それは表現、報道の自由の範疇であり、公人である知事が「出演を許可していない」と主張できるようなものではない。
「当たり前ですが、社長は出ませんでした。そしたら馳知事は、定例会見自体をボイコットするようになったんです。記者会見を開かない知事なんて、日本でもかなり異例だと思います」
一方、県政記者会に加盟の有志の新聞・放送局8社も同年7月、「映画での映像使用をめぐる問題は県と石川テレビの間のもので、これによって県知事がすべての報道機関を対象とする定例記者会見を拒否する理由にはなり得ない」との旨を記し、定例会見の再開を申し入れる書面を提出したが、県側は受け取りを拒否した。
「最初におかしいって声を上げたのは朝日新聞でした。あとから北陸中日新聞も続きましたが、地元メディアはほとんど静観でした。ムラ社会って、こういうことだなって思いました」
石川テレビも、馳知事の会見には参加できているが、そこに五百旗頭さんの姿はない。
震災対応「初動の遅さ」に疑問
しかし、石川・穴水町を舞台にした最新作『能登デモクラシー』には、馳知事が再び登場している。24年1月下旬、馳知事が穴水町に視察に訪れたのだ。再会はあっさりとしたものだったが、震災対応については、五百旗頭さんは冷静な目で見ている。
「私が一番大きな問題だと思っているのは初動の遅さです。国も県も、東日本大震災のときに比べて明らかに動きが遅かった。たとえば東日本では、地震発生から51分で緊急災害対策本部が立ち上がり、自衛隊10万人が派遣されました。でも今回は4時間後にやっと特定災害対策本部が設置され、自衛隊は1000人だけ。規模も対応もまったく違います。馳知事は、その日のうちに一応ヘリで石川県には入ったものの、実際に現地視察をしたのは震災から14日目。その間、金沢市内の物資拠点を視察しました。『いや、あなたが行くべきなのはそこじゃない』と、多くの人が思ったと思います」
馳知事の「ボランティアは来ないで」という発言も物議を醸した。
「あれも、やっぱり残念でした。現地のボランティアの受け入れ体制が整っていなかったのは事実でしょう。だからこそ、『来ないで』ではなく、『こういう形で関わってほしい』と伝えていれば、伝わり方は全然違ったと思います。滝井元之さんのように、ただ“そばにいて話を聞く”ことだって、立派な支援なんですから」
滝井さんは『能登デモクラシー』で主人公として取り上げた穴水町民だ。滝井さんは震災前から町政の話題や自身の思いをつづった手書き新聞『紡ぐ』を毎月発行し、地震では自らも被災者となったが、震災2日目から町内を回り、町民の不安を聞いて回っている姿が印象的だ。
映画を見ると、滝井さんこそが政治家になることを期待してしまうが、実際に町議選への出馬を検討していた時期もあったのだという。
「ご本人は“やるからには徹底的にやる”という人柄なので、ご家族もかなり心配されていたようです。結局、ご家族のこと、地域のテニス指導を優先して立候補は見送りました。でも、それもまた滝井さんらしい選択だと思います」
今回の映画『能登デモクラシー』でも、五百旗頭さんは地方政治の有り様を見つめ、本来のデモクラシーとは何か、政治家はどうあるべきなのかを問題提起している。
『能登デモクラシー』は5月17日より東京・ポレポレ東中野、大阪・第七藝術劇場、5月24日より石川・シネモンドほかにて劇場公開。
□五百旗頭幸男(いおきべ・ゆきお)1978年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部社会学科を卒業後、2003年に富山のローカル局チューリップテレビに入社し、スポーツ、県警、県政などの記者を経て、16年からニュースキャスターを務めた。20年に石川テレビへ移籍し、ドキュメンタリー制作部専任部長として活動している。代表作に、富山市議会の政務活動費不正問題を追った『はりぼて』(20年)、石川県の地方政治を描いた『裸のムラ』(22年)、能登半島地震後の自治と報道を見つめた『能登デモクラシー』(25年)がある。これらの作品で、文化庁芸術祭賞、放送文化基金賞、日本民間放送連盟賞など多数の受賞歴を持つ。
