能登地震から1年半…高齢化、過疎化の進む穴水町 ドキュメンタリー監督が見た地方政治と復興のリアル
『はりぼて』(2020年)や『裸のムラ』(22年)で地方政治の深層に斬り込んできた石川テレビ所属のドキュメンタリー監督・五百旗頭(いおきべ)幸男さん。最新作『能登デモクラシー』(5月17日公開)がとらえたのは、石川県の小さな町に息づく民主主義の“かたち”だ。五百旗頭さんが、その舞台裏と震災後の町の今を語った。

最新作『能登デモクラシー』舞台裏
『はりぼて』(2020年)や『裸のムラ』(22年)で地方政治の深層に斬り込んできた石川テレビ所属のドキュメンタリー監督・五百旗頭(いおきべ)幸男さん。最新作『能登デモクラシー』(5月17日公開)がとらえたのは、石川県の小さな町に息づく民主主義の“かたち”だ。五百旗頭さんが、その舞台裏と震災後の町の今を語った。(取材・文=平辻哲也)
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石川県能登半島の中央に位置する、人口約7000人の穴水町。若者と高齢者が同時に減少する“人口減少の最終段階”にあり、議会の平均年齢は県内最高の72.9歳。女性議員はわずか1人、議会傍聴者も少なく、質疑なく議案が通ることも珍しくない、極めて閉鎖的な環境だ。そこに民主主義はあるのか。五百旗頭さんは、その問いに静かにカメラを向けた。
「最初はほんとに軽い気持ちだったんですよ」と、五百旗頭さんは笑う。「前作『裸のムラ』の取材で出会った中川生馬さん(穴水町に移住したフリーランス広報、バンライファー)から、『穴水町議会がおかしいから取材してくださいよ』って何度も言われて。そんなに言うなら、ちょっと見てみようかと」
だが、登記簿を調べてすぐ、異常事態に気づく。多世代交流センターの建設予定地の大半が、前町長の所有地で、借地賃料を支払っていくのだという。
「これはまずいな、と思いました。こんな話は、議会で止めるのが常識でしょう。けれど、誰ひとり止めようとしなかった。しかも、ほとんどの県内メディアが報じていない。これは、自分たち報道側の責任でもあると感じました。もともと、穴水町には過疎化と人口減少の進む町の在り方について取材をしていましたが、町政や議会にもカメラを向けてみようと思ったんです」
取材を始めたのは2023年の初め。当初は町長に密着することも考えたが、『裸のムラ』が一部政治家の怒りを買ったことで、町側の警戒は強まり断念。視点を住民に移した五百旗頭さんが、ようやく出会ったのが、滝井元之さんだった。
滝井さんは元中学校教師で、80歳の今も地域の子どもたちにテニスを教え続ける。並行して、自ら取材した町政の話題や自身の思いをつづった手書き新聞『紡ぐ』を毎月発行し、約200部を町内に配っていた。
「本当に、あのまんまの人なんですよ。自然体で、誠実。カメラの前でも一切ブレない。こんな人がいるなら、この人の目を通して町を見てみようと、そう思いました。そんな滝井さんを支えているのが妻の純子さん。その存在も、本当に大きかった」
監督がとりわけ印象に残っているのは、滝井さんが『紡ぐ』を書く姿だ。『紡ぐ』は、コピー用紙に万年筆で書かれた素朴な新聞だ。議会での発言、市政への疑問、町民の声をていねいに拾い上げたその文章は、穏やかでありながら芯がある。
「文章を下書きなしで、一発でスラスラ書くんです。でも書き終わった後に、『これは違う』って、全部捨てて最初からやり直すこともある。納得がいかなければ、書き終えた原稿も容赦なく破り捨てることもあるんです」
ところが、2024年元日、能登半島地震が発生する。五百旗頭さんは実家のある兵庫・宝塚に帰省していたが、翌朝には金沢市の本社に戻り、地割れした道路をすり抜けるように進みながら、金沢から90キロ先の穴水町へ。普段は1時間半の道のりが、3時間、時には5時間を超えた。
「いつも同行するカメラマンは報道の別任務に入って、僕ひとりで行きました。1か月近く、金沢から穴水まで片道数時間をかけて日帰りで通い、ひとりでカメラを回し続けました」
震災で「町民の意識が変わった」
地震の直後、町は混乱に包まれた。だが、変化の兆しもあった。滝井さんの姿は、周囲にも少しずつ影響を与えていった。
「町民の意識が変わったのは明らかでした。今までは黙って聞いてるだけだった人たちが、ちゃんと意見を言うようになった。震災で何かが揺さぶられたんだと思います」
一方、議会の変化は鈍かった。震災後の3月議会で委員会への取材を拒否されたこともあった。
「でも、同年5月にその様子を含めた番組版を放送したら、次からはフルオープンになったんです。町民が変わって、議会も変わらざるを得なかった。そんな風に見えました」
能登半島地震からの復興については「進んでない」と一括りにすることはできないという。
「穴水は、まだ復興は進んでいる方です。でも、北の方、輪島市や珠洲市は本当にひどい状態。地域ごとに全然違うし、被災者の立場によっても見える景色が違います」
穴水町長が主導する復興計画や「復興未来づくり会議」には期待を寄せている。
映画の完成後も、監督は取材を続けている。
「町が本当に変わったのか――。その問いには、まだ答えが出ていません。だからこそ、これからも現場に立ち続け、必要なら続編も撮るつもりです」
昨今、所属する石川テレビのキー局、フジテレビも大きな問題を抱えているが、「言いたいことはたくさんありますが、今は話しにくいです」と苦笑する五百旗頭さん。
「ただ、兵庫県知事選での出来事、フジテレビ問題など一連のオールドメディアをめぐる混乱を見てきた。それが作品の血肉になっています。今や、SNSやネットの拡散力が強くなった時代ですが、滝井さんがやっているような地道で平凡な、ある意味、“退屈”とも言える作業こそ、町民との深い信頼を築いているんです。それは、本来の記者の原点。オールドメディアには、組織力と粘り強い取材という武器があります。作品はバズらせることが評価基準になっている現状へのアンチテーゼでもあるし、オールドメディアを一括りに批判する風潮へのアンチテーゼでもある。そんな思いを込めて作りました」
『能登デモクラシー』には、オールドメディアと呼ばれるローカルテレビ局の矜持、そして記者としての原点が、静かに息づいている。
□五百旗頭幸男(いおきべ・ゆきお)1978年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部社会学科を卒業後、2003年に富山のローカル局チューリップテレビに入社し、スポーツ、県警、県政などの記者を経て、16年からニュースキャスターを務めた。20年に石川テレビへ移籍し、ドキュメンタリー制作部専任部長として活動している。代表作に、富山市議会の政務活動費不正問題を追った『はりぼて』(20年)、石川県の地方政治を描いた『裸のムラ』(22年)、能登半島地震後の自治と報道を見つめた『能登デモクラシー』(25年)がある。これらの作品で、文化庁芸術祭賞、放送文化基金賞、日本民間放送連盟賞など多数の受賞歴を持つ。
