マキタスポーツ「10分どん兵衛」誕生秘話 志村けんさんの“水割り哲学”、温かったビートたけしの言葉

芸人、俳優、そして文筆家としてマルチに活躍するマキタスポーツが、食にまつわる異色のエッセー『グルメ外道』(新潮新書)を刊行した。世間の流行や常識に背を向け、自らの舌と記憶に忠実に語られる“食”の数々。「10分どん兵衛」に象徴される独自の食作法、志村けんさんとの一夜ににじんだ“食と人生”の哲学など、偏愛とともに書きつづった“美味しい能書き”のかたまりだ。

食にまつわるエッセー『グルメ外道』を刊行したマキタスポーツ【写真:ENCOUNT編集部】
食にまつわるエッセー『グルメ外道』を刊行したマキタスポーツ【写真:ENCOUNT編集部】

食にまつわる異色のエッセー『グルメ外道』を刊行

 芸人、俳優、そして文筆家としてマルチに活躍するマキタスポーツが、食にまつわる異色のエッセー『グルメ外道』(新潮新書)を刊行した。世間の流行や常識に背を向け、自らの舌と記憶に忠実に語られる“食”の数々。「10分どん兵衛」に象徴される独自の食作法、志村けんさんとの一夜ににじんだ“食と人生”の哲学など、偏愛とともに書きつづった“美味しい能書き”のかたまりだ。(取材・文=平辻哲也)

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 大学卒業後、地元・山梨に戻り、一時はモスバーガーで副店長も務めたというマキタ。2015年、ラジオ番組でインスタントうどん「どん兵衛」の湯戻し時間を10分に延ばす食べ方を紹介したところ、SNSで大きな反響を呼んだ。推奨時間は5分だが、あえて10分待つという“逆張り”は瞬く間にバズり、食への独自のこだわりを象徴するエピソードとなった。

「10分どん兵衛」の原点は、大学生時代のひもじさからの工夫だった。

「カップ麺を放置して麺を柔らかくし、スープを染み込ませて食べるというのを自然にやってたんです。その中で、どん兵衛の麺が明らかに変わった時期があって。“これ、10分置いてもいけるな”って感じたんですよね」

 当初、誰かに広めようなどとは考えていなかった。ただ、ラジオ番組の中で軽く語っただけだったという。

「それが勝手にSNSでタグ付けされて、爆発的に拡散されていった。気づいたら、どん兵衛を製造している日清食品にも話が届いて、開発担当者の方から『10分で食べたことなんてないです』って(笑)」

 結果的に広告展開にもつながり、「0秒チキンラーメン」や「10秒チャーハン」など、秒数を商品名にする流れの先駆けになったとも言われている。

「正直、僕は“10分”って言ってますけど、実際には20分ぐらい置いてた。でも、それだとさすがにぬるくなるから、遠慮して“10分”ってことにしたんです(笑)」

 本書の中でとりわけ印象的な章のひとつが、志村けんさんとの共演エピソードだ。2015年、NHKのコント番組『となりのしむら』で、サウナのシーンを演じることになった。

「志村さんと初めて2人芝居をすることになって、僕は台本通りにやるつもりだったんです。でも、ほんの少しだけアドリブっぽい動きを入れてみたんですよ。それがカメラマンに伝わって、『体の向きもうちょっとこうして』みたいな演出が入り始めて……」

 すると、志村がぽつりとつぶやいた。

「撮ればいいんだよ、ワンカットで」

 空気がピリついたのが分かった。

「後日、打ち上げで謝ったら、『お前、カメラマンの言う通りにしただろ?』って言われて。『お笑いはドキュメンタリーなんだよ。俺たちが心にカメラマンを据えるんだ。カメラマンに合わせてどうすんのよ』って。静かに、でもしっかり言われました。本当にその通りだと思いましたね」

 その後、志村が水割りを頼み、マキタがマドラーを手に取ろうとしたとき、再び一言が飛んできた。

「混ぜんな。混ぜないでいると、ゆっくり変化してくのがうまいんだよ」

 先ほどの言葉と見事に重なる“哲学”だった。

「これ、20代の頃に聞いても意味が分からなかったと思う。でもあの時は、『あ、これってそういうことなんだ』って腑に落ちた。ものすごくありがたい体験でした。」

 志村との酒席は、この一度きりだった。けれど、その“一度”が、人生を変えるほどの深さを持っていた。

 一方、ビートたけしとの関係は、少しずつ積み重ねてきた思い出がある。

■ビートたけしからかけられた短くも温かい言葉「ありがとう、ごめんな」

 30代のあるとき、新年会の会場となったのは、神奈川・横浜の老舗レストラン。オフィス北野の面々や軍団、そしてその末端にいたマキタも参加していた。

「そこには末端の自分にはとても名前も存じ上げないような方々がいらして、どこからともなく若手に何かやれという空気になってきた。フロアには普通のお客さんもいる。そんな中で、よりによって僕がネタをやらされることになったんです。たけしさんも最初は察して『やめときましょう』と防波堤になってくれていたんですけど、そうもいかなくなって。もうヤケクソでやろうと思った」

 でも衣装も何も持っていない。

「だから慌てて薄ピンク色のテーブルクロスを半裸の体に巻いて飛び出し、矢沢永吉のネタをやったんです」

 結果は散々だった。

「まったくウケなくて(笑)。顔面蒼白で戻ってきたら、たけしさんがVIPルームの入り口で一番最初に僕を向かい入れるように待っていて、『ありがとう、ごめんな』って言ってくれたんです」

 たけしの言葉は短くても温かい。そしてそれが、人を動かす。

「最後の晩餐、何を食べたいですか?」と定番の質問を投げかけると、マキタは少し笑いながら、こう返した。

「これ、細かいことが気になっちゃうんですよ。『三食食べられるの?』とか、『自分だけ死ぬの? 世界が滅ぶの?』とか(笑)。でも、今日の気分で言うなら――スパイシーモスバーガー。もう、何も気にせず、ガツガツ食べたいですね。それを全力で味わえたら、たぶん満足して死ねると思います」

“食”は、生きることそのもの。マキタスポーツの語る「美味しい能書き」は、舌を通じて記憶と人生を語るグルメ論だ。

□マキタスポーツ 1970年1月25日生まれ、山梨県出身。芸人・ミュージシャン・俳優・文筆家。“音楽”と“笑い”を融合させた「オトネタ」を提唱し、各地でライブ活動を行う。俳優としては映画『苦役列車』(2012年/山下敦弘監督)で第55回ブルーリボン賞新人賞、第22回東京スポーツ映画大賞新人賞を受賞。近年の主な出演では『劇場版 きのう何食べた?』(21年/中江和仁監督)、『前科者』(22年/岸善幸監督)、『MON DAYS /このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』(22年/竹林亮監督)、『ミンナのウタ』(23年/清水崇監督)、『ゴールデンカムイ』(24年/久保茂昭監督)など。著書に『決定版 一億総ツッコミ時代』『すべてのJ-POPはパクリである』『越境芸人』『雌伏三十年』などがある。BS日テレでは繁華街から離れた人気酒場をめぐる『ロビンソン酒場漂流記』に出演中。

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