「筑紫哲也さんの背中を追って」佐古忠彦氏、定年後の今も沖縄題材のドキュメンタリー映画を撮り続ける理由

ドキュメンタリー映画『太陽(ティダ)の運命』(沖縄先行公開中、4月19日、東京・渋谷のユーロスペースほか全国順次公開)は、沖縄のふたりの知事――大田昌秀と翁長雄志――の対照的かつ重なり合う人生を通して、日本社会の矛盾、そして民主主義のあり方を鋭く問う作品だ。監督は、TBSでキャスターやディレクターとして長年報道の現場に立ち続けてきた佐古忠彦さん。昨年8月にTBSを定年退職した今も、沖縄に変わらぬまなざしを向けている。

映画『太陽の運命』で監督を務めた佐古忠彦氏【写真:増田美咲】
映画『太陽の運命』で監督を務めた佐古忠彦氏【写真:増田美咲】

筑紫哲也さんの「沖縄には、この国の矛盾が詰まっている」が原点

 ドキュメンタリー映画『太陽(ティダ)の運命』(沖縄先行公開中、4月19日、東京・渋谷のユーロスペースほか全国順次公開)は、沖縄のふたりの知事――大田昌秀と翁長雄志――の対照的かつ重なり合う人生を通して、日本社会の矛盾、そして民主主義のあり方を鋭く問う作品だ。監督は、TBSでキャスターやディレクターとして長年報道の現場に立ち続けてきた佐古忠彦さん。昨年8月にTBSを定年退職した今も、沖縄に変わらぬまなざしを向けている。(取材・文=平辻哲也)

 佐古さんは『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』(2017年)をはじめ、沖縄の歴史と人々の声を丁寧にすくい上げてきた。第4作映画では、革新系出身の第4代知事・大田昌秀(在1990~98年)と保守系出身の第7代知事・翁長雄志(在14~18年)という政治的な立場が異なる2人の知事に焦点を当て、普天間基地をめぐる30年の歩みを描いた。

「それは、そのまま辺野古基地建設問題へとつながる30年です。大田さんは厳格で、まさに学者。現場の担当者に直接話を聞く徹底した現場主義でした。翁長さんは当初は辺野古移設を推進する立場だったけれど、知事になって大田さんと同じようにその辺野古に苦悩する。そして、命を賭して信念を貫き通した。沖縄県知事に課せられた運命を紐解く中で見えてくる、その生き様は本当に人間的で、観る人にも伝わればと思います」

“沖縄には、この国の矛盾が詰まっている”

 これは、かつてTBSの看板ニュース番組『NEWS23』で共に仕事をしたジャーナリスト・筑紫哲也さん(2008年死去、73歳)がふと語った言葉だ。スタッフルームでの会話の中で、何気なく発されたそうだが、佐古さんにとって一つの指針になっている。

「米軍基地がこれほど集中して存在し続けている現実が、戦後80年たっても変わらない。それを支えているのが、ほかでもない日本の民主主義であり、政治の構造です。沖縄という場所を見つめることで、日本という国の本質が見えてくる――筑紫さんのその言葉は、私にとって大きな意味を持っています」

 筑紫さんとの記憶には、もうひとつ忘れられない姿がある。

「筑紫さんは本当に緊張しない方でした。スタジオに入っても落ち着き払っていて、多事争論は一切原稿がない。多事争論で何を言うか、一日中考えていると言っていましたが、その日の出来事によっては、本番直前に内容を変えることもある。そしてカメラを見つめて、的確な言葉を重ねていく。その集中力と感性は、傍で見ていてただただ感嘆するばかりでした。あの姿には憧れています」

 かつてキャスターとして活躍していた佐古さんだが、今では「スタジオに立つと緊張してしまう」と明かす。

「編集のために、昔の映像を見ると、“自分、よくこんなにしゃべっていたな”と驚きます。いまは作る側のほうがしっくりくる。自分がどこに向いているのか、時間がたって分かった気がします」

 2024年8月、60歳を迎え、TBSを定年退職したが、再雇用でとどまり、定年退社式の後は、そのまま編集室に戻り映画の編集を続けていた。「まるで何も変わらなかった」と笑う。

「仕事内容も働き方も変わっていません。でも、将来への不安がないわけではありません。5年後、10年後にこのままではいられないと思うと、どこか落ち着かない気持ちになります」

「趣味は?」と尋ねると、「ないですね」と即答する。

「映画を作っているのに、なかなか映画館に足を運べていない自分に気づく。でも、ふと観た一本からインスピレーションを受けることはあります。だから、そういう時間も大切にしたいと思います」

 沖縄での取材スタイルは、記者としての型を超えた「対話」の延長にある。居酒屋で交わされる日常の会話にこそ、リアルな言葉と温度が宿るという。

「東京には行きつけの店はありませんが、久茂地(くもじ=那覇市の繁華街)には毎回寄るお店があります。そこに身を置いて、現地の人たちと自然な会話をする中で、作品のヒントが生まれるんです」

 映画制作は終わるたびに「もう無理かもしれない」と思いながらも、しばらくすると「また次を作りたい」と思ってしまうのだという。

「作品づくりとはそういうもの。難しさも怖さも増していますが、それでも伝えたいことがある限りは、続けていきたい。次の作品も、どんな形であれ、また沖縄と向き合うことになる気がします」

 筑紫さんという大きな背中を追いかけながら、いまもなお、静かに、そして力強く、「この国の矛盾」を見つめ続けている佐古氏さん。そのまなざしの先には、過去でも未来でもなく、「いまを生きる人びと」が確かに存在している。

□佐古忠彦(さこ・ただひこ)1964年8月8日、神奈川県出身。1988年、TBS(東京放送)にスポーツアナウンサーとして入社。スポーツ中継やニュース番組を担当したのち、1994年に報道部門へ転属。1996年から『筑紫哲也NEWS23』のキャスターを務め、同時にディレクターとして沖縄、戦争、基地問題をテーマに特集制作を手がけた。2006年からは政治部に異動し、民主党や防衛省担当、デスク業務も経験。2016年の『米軍が最も恐れた男~あなたはカメジローを知っていますか』でギャラクシー賞奨励賞を受賞。翌年の劇場用映画『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』で文化庁映画賞など国内外の賞を受け、続編『カメジロー不屈の生涯』(2019)では平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞。近年は『報道特集』で沖縄・戦争・政治を主題に特集を継続し、映画『生きろ 島田叡』(2021)を発表。著書に『米軍が恐れた不屈の男』(講談社)など。

■Youtube本予告映像URL:https://youtu.be/XNd7L6F2QTc

■公式HP:https://tida-unmei.com

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