120人の社員に毎月米を支給…ありがたすぎる企業が注目 続けて7年、トップが語る“米騒動”でも安定供給のワケ

社員の生活の質向上のために毎月お米を支給――。そんなユニークな福利厚生を取り入れている企業がある。社員の健康と生活のサポートだけでなく、地方の農家の安定した収入を支援。さらに、お米は会社に返納することができ、その「返納米」を地域の子ども食堂やひとり親世帯に寄付する社会貢献の仕組みも整えている。2018年1月の制度開始から7年。折しも、“令和の米騒動”が起こり、米の価格高騰で家計が悲鳴を上げる中で、社員からは「今の時期お米が高いのでありがたい」「寄付活動に参加する意識が高まった」などの反応が。助け合い精神がより深まっているという。持続可能型の事業開発などを手がける「株式会社ファストコムホールディングス」の小林栄治代表に、“米配り”への熱い思いを聞いた。

社員に支給される福利厚生のお米【写真:株式会社ファストコムホールディングス提供】
社員に支給される福利厚生のお米【写真:株式会社ファストコムホールディングス提供】

グループ全社員に毎月3キロの米を支給 制度開始から7年

 社員の生活の質向上のために毎月お米を支給――。そんなユニークな福利厚生を取り入れている企業がある。社員の健康と生活のサポートだけでなく、地方の農家の安定した収入を支援。さらに、お米は会社に返納することができ、その「返納米」を地域の子ども食堂やひとり親世帯に寄付する社会貢献の仕組みも整えている。2018年1月の制度開始から7年。折しも、“令和の米騒動”が起こり、米の価格高騰で家計が悲鳴を上げる中で、社員からは「今の時期お米が高いのでありがたい」「寄付活動に参加する意識が高まった」などの反応が。助け合い精神がより深まっているという。持続可能型の事業開発などを手がける「株式会社ファストコムホールディングス」の小林栄治代表に、“米配り”への熱い思いを聞いた。(取材・文=吉原知也)

「社員の生活支援、農業支援、人道支援につなげていきたいです」。約120人の社員が利用するお米の福利厚生制度について、小林代表はこう力を込める。

 グループ全社員に毎月3キロのお米を配る福利厚生「UCHINO米プロジェクト」。もともとは同社が映像制作事業を通じて秋田・鹿角市と関係を築いたことで、米どころである同市の誘致企業としてバックオフィスの拠点を置くようになったことがきっかけだ。「当時10人に満たない会社だったのですが、ご縁があり、拠点を置かせていただくようになりました。地域の方々や農家の皆さんと交流を持つようになり、私自身もお米が大好きで、『みんながおいしいお米を食べられるようになったらうれしいよね』。そんな思いから始まったんです」。当初は同市の農家から米を買い取る形でプロジェクトがスタートした。

 一方で、日本の米の生産農家は今、危機に瀕している。少子高齢化による担い手不足、肥料をはじめとする農業資材の高騰……。跡継ぎ問題は深刻で、農家の倒産・廃業が相次いでおり、零細農家は厳しい状況が続いている。

「子どもや孫には『継がなくていい』と言ってしまう」。小林代表は、ある米農家から聞いたひと言に衝撃を受けた。「親心としては理解できますが、それと同時に、焦りを覚えました。このままでは日本の米農家はいなくなってしまう。なんとかしたいと思いました」。

 多角経営に乗り出すビジネスマンとして、考え抜いた。そこで編み出したのが、米農家と直接契約して、米の栽培を委託するシステムだ。契約農家に対して前払い制で報酬を支払うことで、収穫量に左右されずに安定した収入を提供。「米の価格にあたる栽培委託料は農家さんに決めてもらいます。直接取引によって農家さんの利益につながります。現金の流れを意味するキャッシュフローを安定させることができると考えました」。現在は秋田だけでなく、埼玉と新潟の米農家にも協力体制が広がっている。

東京で働く社員や家族が参加できる稲刈り体験の様子【写真:株式会社ファストコムホールディングス提供】
東京で働く社員や家族が参加できる稲刈り体験の様子【写真:株式会社ファストコムホールディングス提供】

社員が消費しきれないお米は「返納米制度」で寄付

 顔の見える契約農家が丹精を込めて作ったお米。社員アンケート調査では5点満点中「4.3」の高い満足度を得ており、子育て家庭にも好評。「1人暮らしの社員は、会社の支給米を親族にあげることもあるそうで、米を通して家族同士の新しいコミュニケーションにつながっていると聞いています」と小林代表。東京・日本橋の本社内にキッチンを併設する「プチ社食」では、社員同士でこのお米を使って作ったおにぎりを振る舞うなど、さまざまなスタイルで“自社米”を楽しんでいるという。

 社員が消費しきれないお米は独自の「返納米制度」を通じて回収し、子ども食堂や児童福祉施設、ひとり親家庭など、支援を必要とする場所に寄付している。この社会貢献活動は注目を集めており、新たに東京・立川市のひとり親家庭支援団体や大阪市のこども食堂が寄付先に加わった。真っ先に寄付に回す若手社員もいるそうで、「社会貢献に参加したいという社員の意識向上につながっていると考えています」。

 こうして取り組んできた米配りだったが、今回の米価格の異常高騰が直撃。今年3月には、スーパーの米の平均価格が5キロあたり4000円を超えるなど、混乱が広がった。政府備蓄米の放出がようやく始まったが、事態は依然として不透明だ。

 物価高も相まって、庶民の負担は増すばかり。小林代表は「ありがたいことに、弊社は比較的安定して米の供給ができています。やはり米の品薄になった時は、家族や親族に支給米をお裾分けした社員がいたと聞いています。一時期は返納米が枯渇するような時もありました。こうした切実な中でも、返納米を寄付した社員もいます。生活に困窮している方々からは『助かった』という反響を聞いています」と明かす。

社員有志で握ったおにぎりが食べ放題【写真:株式会社ファストコムホールディングス提供】
社員有志で握ったおにぎりが食べ放題【写真:株式会社ファストコムホールディングス提供】

“令和の米騒動”は「信じられない事態で、?と思うことばかり」

 いち消費者として、経営者として、今回の米不足は驚きの連続だといい、「信じられない事態で、?と思うことばかりです。自分たちのお米の流通についてもっとしっかり向き合わないといけないな、と改めて思いました。天候不良や不作の問題はありますが、農家さんはちゃんとお米を作っています。経済的な観点で、流通網がもっと適切になれば今回のように問題は大きくならなかったのでは、と思います」と見解を語る。

 豊かな食卓のために日々汗を流す農家と交流を深めるにつれ、小林代表は「日本の農業は世界に誇れるもの。企業・個人と農家がタッグを組めば、もっと生産力を強化できるはずです。先日、新潟・長岡の若手農家さんとお話をしたのですが、『日本の米を世界に広げていきたい。もっと先を見据えて動いていきたい』と熱く語っていました。今がチャンスなので、私自身、農家さんをサポートしていきたいです」と力を込める。

 今はいち企業の福利厚生に留まっているが、日本の食料自給率の向上を見据える小林社長には大きな夢がある。「米配りの事業化」だ。「維持・継続・拡張を実現させたいです。多くの農家さんの活力にしてもらうためにも、人道支援の規模を増やすためにも、より多くの企業に導入してもらい、事業として展開させていくことができれば。我々のこれまでのデータによると、返納米は約1割になっています。現状は弊社1社だけなので寄付できるのは約30キロですが、100社が参加すれば返納米は3000キロ、月3キロでシングル家庭1000世帯に配ることができます。次世代のためにも取り組みを広げていきたいです」と結んだ。

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