野村宏伸、1億円騙されアルバイト生活も経験 それでも「忘れて前を向いた方がいい」
映画『メイン・テーマ』(1984年)で華々しいデビューを飾り、ドラマ『教師びんびん物語』で国民的な人気を獲得した俳優・野村宏伸。今年5月に60歳を迎える今も、居酒屋経営、ランチ営業では自ら厨房に立つなど新たな挑戦を続けている。これまでのキャリアを振り返った。

「俳優になりたいと思ったことは一度もなかった」素人から大ブレイク
映画『メイン・テーマ』(1984年)で華々しいデビューを飾り、ドラマ『教師びんびん物語』で国民的な人気を獲得した俳優・野村宏伸。今年5月に60歳を迎える今も、居酒屋経営、ランチ営業では自ら厨房に立つなど新たな挑戦を続けている。これまでのキャリアを振り返った。(取材・文=平辻哲也)
「実は、俳優になりたいなんてこれっぽっちも思っていなかったんです」と野村は笑う。
化学工場を営む父親を持ち、少年時代は裕福な家庭に育った野村。ところが、高校2年の頃、会社の倒産に見舞われた。新聞に載っていた『メイン・テーマ』で主演・薬師丸ひろ子の相手役募集広告が目に留まったのは18歳の時だった。
「家族が一度バラバラになり、再び4人で小さなマンションに暮らし始めた時期でした。 “車の免許を持っていること”って条件があって、たまたま僕は18歳で取ってたんですよ。それと“賞金500万円”。もう、それだけ(笑)。薬師丸ひろ子さんと共演できるとかじゃなくて、純粋にお金に惹かれて応募しました」
応募の際に用意したのは、妹に家の前で撮ってもらったスナップ写真1枚だけ。完全な“素人応募”だった。
それでも、2万3000人が応募する中、一次審査通過の通知が届き、東映本社でオーディションを受けることに。「まさか通るとは」と思いながらも、半信半疑で会場に向かった。参加者は皆、俳優志望で、所属事務所のあるような人たちばかり。
「やる気ないっていうか(笑)、面接中も下を向いてボソボソ答えてたんですよ。でもそれが、逆に印象に残ったみたいで。監督の森田芳光さんが“こいつ面白い”って推してくれたんです」
演技の経験もないまま、本作でスクリーンデビューが決定した。
クランクイン前には、森田監督が沖縄のホテルでマンツーマン指導。演技の基本を一から教えてくれたという。
「ありがたかったですね。あの人も子役出身で、自分で演じて見せてくれるんです。おかげで、薬師丸さんとの共演も全然緊張しなかった。あの頃は緊張しなかったんです。できなくて当たり前だと思っていたんで」
とはいえ、最初からうまくいったわけではなかった。3~4か月に及ぶ撮影期間を経て、ようやく“感覚”が掴めてきたという。
「森田さんが『もう一回トップシーン撮り直したい』って言って、沖縄ロケの後にリテイクになったんです。当時は映画にもお金も時間もあって、本当にいい時代でしたね」
デビュー作の公開後、角川春樹事務所に所属することになる。しかし、積極的な営業活動はなく、俳優業と呼べる日々とは程遠かった。
「仕事も少なくて、高校の友達と遊んでばかり。給料は15万円で、まあもらえるだけありがたいかなって(笑)」
そんな野村さんに転機が訪れたのが、映画『キャバレー』(1986年)だった。角川映画10周年記念作品として製作され、主演としてサックス演奏のシーンも任されることに。
「クランクインの1年以上前からマンツーマンでサックスを習って。決まった曲を指の動きまで叩き込まれました。今じゃ考えられない準備の仕方ですけど、そのとき初めて“俳優としてちゃんとやっていこう”と思ったんです」
当時の角川春樹事務所は“軍隊”と呼ばれるほど厳しい現場。手が出たり、物が飛ぶことも日常だった。
「毎日怒鳴られてましたよ。今だったら完全にパワハラですよね(笑)。スタッフには手をあげてましたけど(笑)、春樹さんが僕を殴ることはなかった。不思議と誰も悪口は言わないんですよ。みんな春樹さんのカリスマ性を認めていたんです」
1988年にはドラマ『教師びんびん物語』が大ヒット。主演の田原俊彦が演じる熱血教師、徳川龍之介に振り回される気弱な後輩教師・榎本英樹役が当たり役になった。
「当時は映画からテレビへと流れが変わる過渡期で、僕はちょうどその境目にいたんだと思います。田原俊彦さんは、ドラマの中のままの印象で、現場での関係性も同じような感じでした」
収入も安定し、28歳で世田谷に豪邸を購入した。結婚し、2児をもうけるも、信頼していた人たちに裏切られ、大きな損失も被り、豪邸は処分し、一時はアルバイト生活したことも。
「3人くらいに騙されて、合計で1億円近く失ったと思います。今はもう全然気にしていません。数えても戻ってこないし、忘れて前を向いたほうがいい」

プライベートにも言及「今は娘が小学3年生で、毎日送り迎えしてます」
その後は50歳の時に15歳年下のヘアメークの女性と再婚し、女児が誕生した。
「今は娘が小学3年生で、毎日送り迎えしてます。共働きなので、できるほうがやる。それが我が家のスタイルです」
高田馬場の老舗居酒屋「ひさご」のランチ営業(月~土曜、午前11時30分~午後2時)では、厨房に立ち、四日市トンテキを調理しているが、俳優としての意欲も衰えない。
「やっぱり映画が好きなんですよ。舞台も素晴らしいけど、映画は記録に残せる。地方の人でもDVDや配信で見られるし、そういう意味では魅力がある。これからまた、挑戦したいと思ってます」
5月には還暦になるが、“次”を見据えている。
「僕、まだまだ若いと思ってます。20代の頃は30を目指し、30になれば40、40で50……で、60になってみたら“まだ全然だな”って(笑)。だから、80歳過ぎても現役でやっている仲代達矢さんのような俳優さんを見ると、ああなりたいって思うんです。ただかっこいいんじゃなくて、“味のある年の取り方”に憧れますね」
俳優として、父として、人として、野村宏伸は、過去に縛られることなく、前だけを見ている。その生き方こそが、今の魅力そのものなのかもしれない。
□野村宏伸(のむら・ひろのぶ)1965年5月3日、東京都生まれ。1984年に映画『メイン・テーマ』で薬師丸ひろ子の相手役に抜てきされデビュー。日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。1988年のテレビドラマ『教師びんびん物語』の榎本英樹役で人気を博す。主な出演作に映画『キャバレー』、ドラマ『とんび』、NHK連続テレビ小説『あぐり』などがある。歌手としても「ガラスの薔薇」などをリリース。近年は映画『科捜研の女 -劇場版-』『コウイン ?光陰?』などにも出演。身長175cm、血液型B型。
