斎藤元彦知事「最後は司法」の根拠「専門家も言った」は都合のいい“切り抜き”【西脇亨輔弁護士】

兵庫県の斎藤元彦知事が、告発文書問題を調査した第三者委員会の報告書を受けて3月26日に会見した、そして、「公益通報者保護法違反」と認定されたにも関わらず、「告発文書の取扱いは適切だった」というこれまでの主張を繰り返した。「自ら設置した第三者委の結論を受け入れないのか」という批判には「最終的には司法の判断」と反論。その斎藤知事の言葉に、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士はある「疑問点」を指摘した。

西脇亨輔
西脇亨輔

元テレビ朝日法務部長が指摘した「疑問点」

 兵庫県の斎藤元彦知事が、告発文書問題を調査した第三者委員会の報告書を受けて3月26日に会見した、そして、「公益通報者保護法違反」と認定されたにも関わらず、「告発文書の取扱いは適切だった」というこれまでの主張を繰り返した。「自ら設置した第三者委の結論を受け入れないのか」という批判には「最終的には司法の判断」と反論。その斎藤知事の言葉に、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士はある「疑問点」を指摘した。

「この人には、言葉や論理が通じない」

 これは斎藤知事の会見を受けた朝日新聞社説の一節だ。第三者委の報告を受けた会見で斎藤知事は公益通報者保護法違反という結論を受け入れず、その姿勢を批判されると「最終的には委員会ではなく、司法の場で判断されるべき」というこれまでの反論を繰り返した。そして、この主張をする時に斎藤知事はいつも枕詞のように、こうしたフレーズを添えている。

「百条委員会に参考人として出席した専門家が指摘している通り」

 斎藤知事は「『最終的には委員会ではなく司法の場で判断される』というのは自分だけの考えではない。百条委で専門家も言っていたのだ」と主張する。だが、この言葉を聞くたびに私は次のような疑問を感じていた。

「本当に専門家は、そんなことを言ったのか」

 そこで百条委に出席した参考人の証言を見直すことにした。証言した参考人は奥山俊宏・上智大教授、消費者庁の委員会メンバーでもある山口利明弁護士、専門書を著した結城大輔弁護士の3人。この中の誰かが「最後の判断をするのは司法・裁判所なので、委員会の判断には従わなくても良い」と発言したのか。

 百条委の議事録と証言の動画を改めて見たが、そのような趣旨の発言はなかった。

 念のため「出席」だけではなく「書面」で提出された意見も確認したが、斎藤氏の言動を違法ではないとする徳永信一、野村修也両弁護士、違法と指摘した髙巖・明治大特任教授のいずれの文書にも「最後は司法」とは書かれていない。

 では、なぜ斎藤知事は「専門家も言ってた」と発言しているのか。百条委の議事録をもう一度注意深く読んでいくと、斎藤知事が「材料」にしたと思われる箇所を2つ見つけた。

 一つは奥山教授が公益通報者保護法の「もともとの成り立ち」を語った場面。ここには同法が「労働法制の一部でしたので、公益通報者保護法に違反しているかどうかということの、不利益扱いになるかどうかということの最終的な判断は、裁判所に仰ぐという建てつけになっています」と述べられている。

 しかし、奥山教授の説明はここで終わっていない。続きがある。今回大きな問題となっているのは「通報者探しの禁止」という、同法が「もともとの成り立ち」から改正・進化して生まれた「体制整備義務」の一つ。これに反するかどうかは必ずしも「裁判を起こして裁判所に判断してもらうもの」ではない。この点について奥山教授は、民間企業だと裁判所ではなく消費者庁が違法性を判断し指導・勧告できると説明した。ただ一方で、兵庫県のような地方自治体に対しては、地方分権の観点から国が乗り出す仕組みにはなっていないという。では誰が違法性を判断するのか。

百条委員会や第三者委員会の無視は「自治」否定の可能性

 それは自治体「自身」だ。地方自治をつかさどる自治体が自らを律し、自分で自分の違法性を判断する責任を負う。そして、その「自律」「自浄」の羅針盤となるのが百条委員会や第三者委員会のはず。それを無視することは「自治」の否定にもつながりかねない。奥山教授は百条委で次のように証言していた。

「これは『日本の歴史に残るような百条委員会だな』という風に感じております」

 その奥山教授が「法律のかつての成り立ち」の説明の中で使った「最終的な判断は裁判所に仰ぐ」という一言を利用して、「委員会の結論は司法の判断じゃないから従う義務はないと、専門家も言っている」と主張するならば、それは「ミスリード」だろう。

 もう一つ、山口利昭弁護士の証言には「最後はやっぱり裁判所なりで紛争解決をするということにならないと、確定ということにはならないのかなという風に思います」という一節があるが、これは「不利益取扱いなどによって『内部告発つぶし』をした人は、県が処分する必要がある」という話の一環。「内部告発つぶしをした人」を県が違法と判断して処分した後に、その人から不服を申し立てられたら裁判所に行くことになるという内容だった。

 もし斎藤知事が、この2つの発言を理由に「最終判断は司法の場だと、参考人の専門家も指摘している」と述べているなら、それは文脈を無視し、参考人の言葉を「切り抜き」して都合よく使っていることになるのではないか。

 斎藤知事は第三者委の報告後も、委員長の「時間をかけて読んで欲しい」という言葉を何度も引用し、回答を先延ばしする理由にした。発言者の真意と異なるであろう「切り抜き」は、真偽不明の情報の「断片」が拡散された兵庫県知事選挙とも重なって見える。

 斎藤知事が第三者委や百条委を真に「尊重」するかどうか。それは現在の兵庫県が本当に「自治」できるのかどうかという、重い問いをはらんでいるように思う。

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ) 1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうまワイド』『ワイド!スクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いた。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。昨年4月末には、YouTube『西脇亨輔チャンネル』を開設した。

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