53秒一本の青木真也はどう仕舞っていくのか 記者もセコンドも感じた「まだやれるじゃん」は酷なのか

総合格闘家の青木真也(41=フリー)は23日、格闘技イベント「ONE 172: TAKERU vs. RODTANG」(埼玉・さいたまスーパーアリーナ)の第6試合に出場し、戦友”エドゥアルド・フォラヤン(41=フィリピン)相手にわずか53秒で一本勝ちを収めた。健在ぶりを見せつけたファイターがなぜ今、第一線を退こうとしているのだろうか。

一本勝ちを収めた青木真也(右)【写真:山口比佐夫】
一本勝ちを収めた青木真也(右)【写真:山口比佐夫】

試合前には「醜態をさらす覚悟」と不安も

 総合格闘家の青木真也(41=フリー)は23日、格闘技イベント「ONE 172: TAKERU vs. RODTANG」(埼玉・さいたまスーパーアリーナ)の第6試合に出場し、戦友”エドゥアルド・フォラヤン(41=フィリピン)相手にわずか53秒で一本勝ちを収めた。健在ぶりを見せつけたファイターがなぜ今、第一線を退こうとしているのだろうか。(取材・文=島田将斗)

「まだやれるじゃん」と試合直後は肩透かしを食らった気分だった。なぜなら“らしい”と言われればそうなのだが、試合前には「醜態をさらす覚悟はできている」といったネガティブな言葉ばかりが出てきていたからだ。

 試合前日のフェイスオフでは、いわゆるファイターの顔ではなくニコニコ。しかし、同日に撮影されたYouTubeチャンネルでは涙を流す。心の中で自分と会話することの多い青木にとっては、この24時間での感情の浮き沈みは激しかったのだろうと容易に推察できた。

 試合当日、オープニングセレモニーには青色のONEと書かれたTシャツ姿で登場。ステージの右端に移動するとワァッと吠えた。あとから入場してきたフォラヤンに拍手を送っていた。他のファイターも続々と登場するなか、青木はただひとり、その場でジャブを打ってみたり軽く跳びはねてみたりと動き続けていた。

 これまでの入場では“バカサバイバー”を口ずさみながらリングに向かってただ歩いていたが、この日は全く違っていた。いよいよ戦闘モードかと思えばリングに向かう花道では手を広げて再び笑顔になった。「笑っちゃってるのがファイターの顔じゃない」。試合前にはこう口にしていたが、試合直前でもいつものメンタルではないように感じた。

 試合直前にはフォラヤンと握手と抱擁。温かな空気がゴングが鳴ると一変した。素早いタックルに入った青木はそのまま組みの展開に。こう着する前に飛びつくと一瞬でグラウンドに引き込んだ。まるでフォラヤンが意識を失ったかのように静かにだ。その後はがっちりと体で腕を固定しそのまま腕十字固めに。わずか53秒の仕事だった。

 勝利後のマイクでは感情が高ぶり涙するも観客からの“ガヤ”には「あがってこい、この野郎!」と怒り。最後はチャトリCEOに対し感謝を伝え「ちゃんと青木真也の花道を作ってください」と訴え、まさに“青木真也”を貫いていた。

今後について注目が集まっている【写真:ENCOUNT編集部】
今後について注目が集まっている【写真:ENCOUNT編集部】

劇的勝利も青木にとっては「練習」だった

 観客を騒然とさせた劇的な勝利。試合後の会見で勝利ボーナスをもらえなかったことをぼやきつつ「穏やかなMMA」と振り返った。同時にこう続けた。

「気持ちはずっと切り替わってなかったですね。練習する気持ちでした。本当は良くないんですけどね。このテンションでやればずっと試合をできると思う。レベルを下げてやればずっとできると思うんですけど、40歳過ぎなのでいつまでやってんだと。良きところで一線を引かないとなと」

 一方で昨年からセコンドを務める現DEEPライト級王者の野村駿太(27)は「跳関十段、異名通りをやれるなんて」「ネットで(青木に)文句を言ってる人には見てほしい」と興奮気味。フィニッシュについて「『この形に入ったら引き込むね』って本当に試合の2、3分前に言ってたことをやってみせたんです」と話してくれた。

 これまでの期間、2人は多い時期で週に4回一緒に練習していたという。野村は「青木さんは手の握り方、角度一つ取っても違う。一緒に練習した後に他の選手とやると余裕が生まれるんです」とその強さを明かした。だからこそ青木の言う「練習」で一本勝ちした姿に「まだ行けるじゃん」と思ってしまったことを吐露した。

 本当は1年前に終わる予定だった。2024年1月の日本大会で元UFCファイターのセージ・ノースカット(米国)と対戦予定だったが当日に急きょ対戦相手が変更。代役のジョン・リネカー(ブラジル)に対し、青木は一本勝ちを収めていた。野村と筆者の2人がこの日の試合を見て改めて感じたのは「本当はあのとき、散りたかったのだろう」だと思う。

 この1年、青木が語ってきたのは“衰え”との向き合い。疲労が抜けなくなったこと、相手の打撃への反応速度が鈍くなってきたことを挙げ「伸びていない自分と向き合うのはきつい」と赤裸々に教えてくれた。

 青木はかなりハイレベルな状態を自分に要求してきたことにいまさら気づいた。いわゆるベテランファイターの“老い”として聞いてきたが、同世代相手にあれだけの“格”の違いを見せられるとそう思うしかない。会見でサラりと口にした「本当によくやってきた」にはそれが詰まっていた気がした。

 誰もが気になっている今後については会見では明言していない。やりたくても「やる場所がないのも事実」というのが本音だ。選手の評価基準のひとつとしてファイトマネーがあるが、団体関係なくこれを下げてまでやるつもりは毛頭ない。それがなくしてはいけないプライドであるし、20年以上プロとして戦ってきた信念だと思う。

 会場の熱気と反して肌寒かったさいたまスーパーアリーナからの帰り道。冷静になっていろいろ考えてみると思わずつぶやいた「まだやれるじゃん」は浅はかだった。まだ見たい、でも――。ここからどう“仕舞う”のか分からなくなってしまった。

トップページに戻る

あなたの“気になる”を教えてください