アカデミー賞5冠…R指定映画『ANORA アノーラ』快挙のワケ 製作費は約9億円
ショーン・ベイカー監督の最新作『ANORA アノーラ』が、第97回アカデミー賞で作品賞を含む主要5部門を受賞した。(文=平辻哲也)

インディペンデント映画を象徴するショーン・ベイカー監督作品
ショーン・ベイカー監督の最新作『ANORA アノーラ』が、第97回アカデミー賞で作品賞を含む主要5部門を受賞した。(文=平辻哲也)
本作は、製作費600万ドル(約9億円)のインディペンデント映画として制作され、日本ではR-18(18歳未満入場禁止)、米国でもR指定(17歳未満は保護者の同伴が必要)となっている。R指定のインディペンデント映画がオスカーを受賞するのは極めて珍しく、6部門ノミネート中5部門受賞という快挙を達成した。
『ANORA アノーラ』は、ニューヨークのストリップダンサーとして働くアノーラ(マイキー・マディソン)と、ロシアの御曹司イヴァンとの恋愛、結婚、その先を描く物語。一見、現代的なシンデレラストーリーのように見えるが、実際には社会的階層の違いや文化の衝突をリアルに描き、リアリズムと社会批評を交えた奥深い物語となっている。
『ANORA アノーラ』が作品賞を受賞した背景には、従来型のハリウッド的な成功物語に対するアンチテーゼがある。アノーラの人生は決して甘いものではなく、それでも彼女は自らの運命を切り開こうとする。その力強いストーリーテリングが、多くのアカデミー会員に支持された。
主演女優賞のマイキー・マディソン(25)は、下馬評で有力視されていたホラー映画『サブスタンス』(コラリー・ファルジャ監督、5月16日公開)のデミ・ムーア(62)を抑えての受賞。物語ではシンデレラのような幸福とは異なる運命をたどるが、現実のアカデミー賞ではその才能が評価され、栄冠を手にした。アノーラの繊細な感情の揺れをリアルに表現し、観客に深い共感を与えた。特に、物語後半の感情の爆発と静寂の対比は、映画史に残る名演技と言える。
ショーン・ベイカー監督は、インディペンデント映画を象徴する監督の一人。特に社会の片隅に生きる人々のリアルな姿を描くことに長けている。彼の作風は、社会の片隅に生きる人々の姿をドキュメンタリータッチで描きつつ、カラフルな映像美や自然光を生かした撮影手法で独自の世界観を構築する点に特徴がある。
代表作には、iPhoneで撮影された『タンジェリン』や、フロリダの貧困層の生活を鮮烈に描いた『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』、実際のポルノ男優を主演にした『レッド・ロケット』などがある。どの作品も社会の見過ごされがちな側面を浮き彫りにしている。
『ANORA アノーラ』でも、その手腕は見事に発揮され、観客を物語の世界へと引き込んだ。また、脚本も評価され、キャラクターのリアリティーと物語の緻密さが脚本賞受賞につながった。編集も映画の魅力を際立たせる要素だった。ストリートのリアルな息遣いを感じさせるショットと、アノーラの内面を映し出す静かなシーンのコントラストが、物語の緊張感を高めた。
『ANORA アノーラ』の受賞は、映画界に新たな時代を告げる象徴的な出来事だ。ハリウッドの伝統的な枠組みを超え、リアルな社会を映し出すインディペンデント映画が、映画界の潮流を変える可能性を秘めている。日本映画にも、そのチャンスはある。
