1000人以上の死に立ち会った医師が「いのちの授業」で高校生に本当に伝えたかったこと「命の尊さを語っても届かない」
埼玉県入間市にある東野高等学校で2月22日、高校3年生250人に向けて「いのちの授業」が行われた。登壇したのは埼玉県西部地域を中心に在宅医療を展開し、これまで1000人以上を看取ってきた医療法人あんず会の理事長で杏クリニックの院長・鬼澤信之氏。いわゆる「いのちの尊さ」を伝えるものではなくより実践的な内容となった。

卒業10日前に実施「これからは味わったことのない経験を自分たちで乗り越えないと」
埼玉県入間市にある東野高等学校で2月22日、高校3年生250人に向けて「いのちの授業」が行われた。登壇したのは埼玉県西部地域を中心に在宅医療を展開し、これまで1000人以上を看取ってきた医療法人あんず会の理事長で杏クリニックの院長・鬼澤信之氏。いわゆる「いのちの尊さ」を伝えるものではなくより実践的な内容となった。(取材・文=島田将斗)
若者の自殺や“闇バイト”等によるいのちを軽視した事件が昨今相次いでいる。東野高校では10日後に卒業を控えた高校3年生に対し「いのちの授業~折れない心を育てる」を行った。学年主任を務める鬼嶋さんはこのタイミングで授業を開催した理由についてこう説明する。
「ここまで3年間かわいがって、守って守って育ててきました。ただここから先は自分たちが一人ずつ大空に羽ばたかないといけないってなったときに外敵もいるだろうし苦しい思いもしないといけない。いままで味わったことのない経験を自分たちで乗り越えないといけない。そうなったときの力は育っているとはまだ思えない。いのちの大切さももちろんそうですけど、どういう風に生きるのかに焦点を当てたお話を卒業間近の3年生には聞かせたいなと」
午前9時28分、定刻より2分早く講演がスタート。冒頭で鬼澤氏が今回の授業のキーワードとして送ったのは「苦しんでいる人は自分の苦しみを分かってくれる人がいるとうれしい」という言葉だった。
約1時間の講演では引きこもり息子と母のコミュニケーションをビデオで紹介。母が外に出られない息子の「気持ちが分かる」といい、それに対し息子は「何も分かってないくせに!」と怒り。親子が衝突してしまう内容だった。
鬼澤氏は「お母さんは本当に息子の気持ちを分かることはあるのでしょうか」と生徒たちに投げかけ、そのための方法について紹介した。
説明したのは「反復」という医療現場で医師が実際に行っている技術で、相手の言った言葉をそのまま繰り返すというものだ。例えば「外に出たくない」と言われたら「外に出たくないんだね」と返すというシンプルなもの。相手は共感してもらえた気持ちになり真意を話してくれることもあるという。
他にもこちらから会話をさえぎらず相手が話すのを待つ“沈黙”というテクニックも医療的な用語を使わず分かりやすく伝えていた。また解決できない苦しみとの向き合うためには何かしらの“支え”が必要であることを実際の事例とともに紹介していた。
授業の終盤には生徒から鬼澤氏への質問コーナーも。家族に引きこもりの兄弟がいる生徒、春から看護大学に進学する生徒、警察官になる夢を明かした生徒ら8人から手が挙がった。
大人たちが「いい質問」とうなったのは「技術を使って友達の話を聞くのは友情なのか」「傾聴だけではなくて事実を伝えた方がいいのでは」という質問だった。
鬼澤氏は「友達と話すときに技術を使って話すことは友情かどうか。『自分のせいで負けたんだよね』っていう人に『負けたのはお前のせいだよ』って伝えるのは友情ではないと思うんですよね。だから事実は事実であるけれども、困ってる友達を助けるときはその人の支えになるコミュニケーションを取ってあげるのが大事だと思います。たとえその人のせいで負けていたとしても、反復してあげてその人が真に伝えたいメッセージを聞くのも大切だと思う」と回答。
これに質問をした生徒は「事実を伝えないのはうそになるんじゃないかなと思っていました。でも、友情を考えるならそういう技術もあるんだなと思いました」と受け止めていた。

人の痛みを和らげるコミュニケーションを紹介
鬼澤氏がこの日の授業で話した反復・傾聴・沈黙は実際に在宅医療の現場で行っているものだ。昨年記者が同行取材した際には、この技術を使い、死への不安を抱える患者自身が人生の最後に何をしたいのか、いまどんな治療をしたいのかなどを引き出していた。なぜ今回の授業で実践的な内容を話したのか。授業後にこう明かす。
「いのちの授業っていろんな形があると思います。生命の尊さを高校3年生に語っても、なかなか届かない部分も大きいのかなと思っていて。若い子たちの自殺とか命を軽視するような事件も多いですよね。一方でそういう事件を起こしちゃう人って内的な苦しみがあるはずなんですよ。誰にも分かってもらえない苦しみがそういう行動になると思う。だからこそ根本に対する介入が必要だなと。『いのち大事だよ』って言われ尽くされているので」
その上で「我々は医師なので人の痛みを和らげるコミュニケーションの方法を知っている。それを高校生にも教えたんです。誰にも使えるので、それを伝えることで、自分や周りで苦しんでいる人に実践してくれるのではないかなと」と語った。
さらに「この方法って僕も実生活で役立っていて仕事以外でも役に立っている。ユニバーサルデザインのようなものだから誰でも使えるんですよ。特にいま若者にいのちを軽視した事件が多いなら、そういう技術を使ってもらうことで見えないところで役立っていくのではないかなと」と真意を明かした。
普段、主に高齢者と向き合っているため高校生との交流は新鮮だったようだ。
「いまどきだなって思ったのは、“現実を伝えた方が優しいのでは”って質問。そういう側面も実際あるじゃないですか。現実主義というか、いまの高校生らしいと思いましたね。その一方でコーチングっていう言葉も高校生から出てきて。若いうちからコミュニケーションについて考えてる子もいるんだなぁと。
基本的に個人主義な時代じゃないですか。実は『人のことを思おう』とか『人のためになることをしよう』ってことへの反応って渋いのかなって今日の講演をしながら思っていたんです。質問コーナーでいろんな質問が出たことはうれしかったですよね。表面上の食いつきはあまりなくても個々に思ってることは熱かったりする人もいるんだなと」
そして最後に「今後もやりたいです。今回初めて若者向けの講演をしました。自分のなかでも学びが深かったです。地域を支える、この地域を日本で一番安心して自宅医療できるようにするっていうのが我々のキャッチコピーですから、そこに向けて地域貢献活動はしていきたいです。そのなかで高齢者ケアに関わる市民だけではなく、誰でも困っている人に手を差し伸べられるような地域にしていくっていう意味では若い人に向けての活動もどんどんしていければよりよくなるんじゃないかなって実感もありましたね」と次回開催への意欲を見せた。
今回の授業開催を準備した鬼嶋さんは授業終わりに「認められることの喜び、うれしさはいままで生徒と接していて痛感してきました。自分が認められてここに存在しているっていうことが励みにもなるし生きる支えにもなる。そういう人を自分で見つけたり、そういう関係を築ける人と出会ってほしいなと思います」とコメント。
教師にも気づきがあったようで「教育ってアドバイスをどうしてもしたくなってしまう。生徒に対し反復まではできたとしても沈黙っていうのは私のなかで刺さって。心を開くまで待ってあげるっていうのは大事なんだなと。教育現場でせわしなくやってるイメージあると思うんですけど、そこ(コミュニケーション)をおろそかにしては通じ合えないんだなと感じました」と深くうなずいていた。
※本講演は一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会の「折れない心を育てるいのちの授業」に基づいて行われたものです。
