参入から9年で売上2億円 農業成功者が考察するキャベツの「適正価格」…“JA=悪”の心象は一蹴「的外れ」
米やキャベツの高騰が庶民の食卓を直撃している昨今、農業への関心が高まっている。農林水産省の発表によると、スーパーでの米の販売価格は前年比の1.9倍、キャベツは平年比の2.5倍と高値が続いており、ネット上では価格高騰を背景に「これまでが安すぎた。キャベツは今が適正価格」「農家が価格をつり上げてるのでは」「JAや仲卸が中抜きしている」など、さまざまな憶測や個人的見解が飛び交っている。実際のところ、農家を取り巻く現状とはどのようなものなのか。非農家のサラリーマン家庭から新規就農、9年目で売上高2億円に達した野菜農家の佐藤勇介さんに、農業の魅力と現実を聞いた。

新規就農者には高い参入ハードルも
米やキャベツの高騰が庶民の食卓を直撃している昨今、農業への関心が高まっている。農林水産省の発表によると、スーパーでの米の販売価格は前年比の1.9倍、キャベツは平年比の2.5倍と高値が続いており、ネット上では価格高騰を背景に「これまでが安すぎた。キャベツは今が適正価格」「農家が価格をつり上げてるのでは」「JAや仲卸が中抜きしている」など、さまざまな憶測や個人的見解が飛び交っている。実際のところ、農家を取り巻く現状とはどのようなものなのか。非農家のサラリーマン家庭から新規就農、9年目で売上高2億円に達した野菜農家の佐藤勇介さんに、農業の魅力と現実を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
埼玉・所沢で農業法人「所沢ゼロファーム」を営む36歳の佐藤さんは、もともと農地を持たないサラリーマン家庭の出身。中学時代の友人の家が農家で、大学時代に収穫作業を手伝った際、青空の下で働く気持ちよさを知ったという。「もともと体を動かすことは好きだったので。成果が目に見えるし、頑張ったら頑張った分だけお金になる。休学して2年遅れで大学を卒業する頃には、農家になろうと決めていました」。ただ、農地を持たない非農家が新規参入するには、ハードルも大きかったという。
「あまり知られていないかもしれませんが、農家になるにも資格があるんです。まず、農業大学校という県立の専門学校で基礎を学びます。僕らみたいな非農家は1年コースを履修した後、今度は県とJAがやってる支援事業を通じて、よその農家さんのところで2年間の研修を受ける。まあ、研修といっても実質独立してるようなもので、土地を借りて自分たちで作物を育てます。2年後に判定会議という面接があって、そこで実績を評価されれば、晴れて自分名義で農地を買ったり借りたりできる『農家資格』が得られる。埼玉では最短でも3年、自治体によって基準はさまざまです」
所沢市内の新規就農者は現在30人ほど。1000万円以上の売上があるのは、その中でも1割程度だという。佐藤さん自身、同級生3人で始めた研修1年目の売上は500万円ほど。「3人で500万円なので、経費を引いたら手元にはほとんど残らない。1人は夏頃に早々に飛んじゃいました(笑)。幸い実家暮らしだったので、初期投資に100万円借りて、生活費も親を頼って、わずかな利益は全部設備投資に回していました」と振り返る。
農業初心者のゼロからの参入。失敗続きの連続だったかと思いきや、意外にも作物を育てること自体はそれほど難しいものではなかったという。
「1年間勉強して教科書通りにやれば、素人でもちゃんと食べられるものは作れます。難しいのは、そこから商品としての利益を最大化していくこと。たとえば1袋350グラムの規格のネギを作るのに、細いネギ4~5本か、立派なネギ2本かでは、畑の面積や作業効率に雲泥の差が出てきます。2本の方が作業の手間も少ないし、当然耕す面積も少ない。秀品率(収穫量の中で良品が占める割合)をいかに上げるかが、農家の腕の見せどころなんです」
輸送コストや棚持ち(保存期間)の良さ、地域性など、さまざまな要因を考慮し品目を厳選、徐々に売上を伸ばしていった。一方で、20ヘクタールの農地のうち、自身で所有する土地はわずか50アールのみ。自分の子どもが農家を継ぐか分からない以上、不良債権になる可能性がある土地は増やさず、借りた土地を耕作するのが賢いやり方だという。また、通常農作物は農家から農協(JA)、市場、仲卸を経てスーパーなどの店頭に並ぶが、佐藤さんは都市近郊の所沢という地の利を生かし、独自にスーパーへ営業をかけ約20店舗の販路を開拓。ネット上には「中抜きするJAや仲卸業者こそ諸悪の根源」という見方もあるが、実際のところ、農協はどのような役割を担っているのだろうか。
諸悪の根源はJA? 素朴な疑問を「的外れ」と一蹴
「スーパーの大根が1本100円だとして、農家が農協に卸してる価格は50円ほど。スーパーの手数料はだいたい20%なので、残りの30%が農協や仲卸業者に入ります。当然、農協を通さなければ中間マージンがかからない分利益が出ますが、これはスーパーが多く、販路がたくさんある所沢だからできること。一般的には煩雑な事務作業や安定した販路を担保してくれる農協は、農家にとってなくてはならない存在です。営業力があれば必ずしも農協を通す必要はありませんが、JAが悪という考え方は的外れかなと思います」
今冬は全国的にキャベツの高騰が続き、スーパーでは店舗により、1玉1000円近い高値がついたことも話題を呼んだ。一部では設備投資にかかる金額を引き合いに「これまでが安すぎたのであって、むしろ今が適正価格」と訴える農家もいる。作物の適正価格についてはどのように考えるべきなのか。実際にキャベツも育てる佐藤さんは、「僕個人の考えでは、やっぱり1玉198円くらいが適正かな」と私見を語る。
「野菜も需要と供給の関係にあるので、不作の年に値段が上がるのはある程度は仕方がないこと。ただ500円、600円だと誰も買わないし買えない、それでは作っている意味がありません。不作の年に買いたたかれては農家も生活が成り立たないので、販売価格は維持しつつ、ある程度は国から補助を出すことも必要。実際、小麦や大豆のように、補助金がなければまず赤字という作物もあります」
所沢ゼロファームの2024年度の売上は2億2000万円。露地野菜の利益率は約10%で、いわゆる年収に換算すると、佐藤さんの収入は2000万円ほどになるという。広告替わりに購入したランボルギーニのトラクターは1200万円。はた目には羽振りがいいようにも映るが、実際のところ、農家はもうかるのだろうか。
「それはもうやり方次第ですね(笑)。地域や販売スタイルで勝ちパターンを見つければ、融資を受けて資産を増やしながら稼げる仕事。ただ、資材費も人件費もどんどん高くなっていて、参入障壁は年々上がっています。景気が悪いときほど参入する人は多いけど、ゴリゴリの体育会系で、田舎でスローライフみたいなのとは真逆の世界。体力に自信がないならおすすめはできません。
中には30億円、40億円と売り上げる農家もありますが、そこまで行くとやってることはもう普通の企業と変わらない。1億円以上の売り上げがある農家は全体の1%未満ですが、農家自体が減っていく中で大規模農家の割合は年々増えている。小さいところは淘汰され、大きいところはますます大きくという市場の原理が働くのは、農業の世界も一緒。ビジネスチャンスは転がってますが、稼ぐにはそれなりの覚悟がないと難しいのかなと思います」
雨の日も雪の日も、365日畑に立つ大変さは、一概に他の仕事と比べられるものではない。「究極、好きじゃないとやってられない仕事ですよ」。砂埃舞う所沢の畑の中で、佐藤さんはそう結んだ。
