つらかった10代経て才能開花 10周年迎えた吉澤嘉代子の現在地「30代になって気持ちが楽に」
2024年5月にデビュー10周年を迎えたシンガー・ソングライターの吉澤嘉代子が今月19日に新曲『たそかれ』をリリースした。テレビアニメ『誰ソ彼ホテル』のオープニング主題歌で、自らテレビアニメの主題歌を歌うのは初めて。豊かな表現力で生み出す音楽は唯一無二の魅力を誇り、独創的な楽曲に芸能界でもファンが多い。ENCOUNTでは、新曲のインタビューを通して、彼女の人物像と楽曲の世界観に迫った。

新曲『たそかれ』の作詞、作曲方法を自ら解説
2024年5月にデビュー10周年を迎えたシンガー・ソングライターの吉澤嘉代子が今月19日に新曲『たそかれ』をリリースした。テレビアニメ『誰ソ彼ホテル』のオープニング主題歌で、自らテレビアニメの主題歌を歌うのは初めて。豊かな表現力で生み出す音楽は唯一無二の魅力を誇り、独創的な楽曲に芸能界でもファンが多い。ENCOUNTでは、新曲のインタビューを通して、彼女の人物像と楽曲の世界観に迫った。(取材・文=福嶋剛)
感情豊かな歌声で少女から悪女まで歌詞の主人公を演じ、聴く人をその物語の世界に誘う――。そんな吉澤を紹介する上で用いられるキーワードが、「魔女」と「魔法」だ。
吉澤は、埼玉で鋳物(いもの)工場を営んでいる家庭に生まれた。あまり学校にはなじめず、図書館でひたすら読書に励む毎日だったが、小学生の時に出合った小説『西の魔女が死んだ』がきっかけで、工場の屋上でひとり魔女や魔法へのイマジネーションを膨らませる「魔女修行」が始まった。
「私にとって子どもの頃から救いを求めてきたものが『魔女』『魔法』という存在でした。デビューした時のキャッチコピーが『吉澤嘉代子、ただいま魔女修行中。』だったので周りからは『魔女キャラ』とか色物扱いで見られました。でも私にとっては『魔法』という言葉は、本当につらかった10代の私に生きる力を与えてくれた大切なものです。だからこれからもずっと『魔女』『魔法』という言葉と一緒に歩んでいく大人でいたいと思います」
「魔女」「魔法」という言葉によって人生に光を見いだした彼女が高校生の頃、突然転機が訪れた。
「17歳の頃に野音(日比谷野外音楽堂)で見た、サンボマスターのライブに衝撃を受けました。『私もステージの向こう側に行ってみたい』と、音楽を志すきっかけになりました」
その後、20歳の時、ヤマハ主催の音楽コンテストでグランプリを獲得。2013年にインディーズでリリースしたミニアルバム『魔女図鑑』が話題を呼び、翌14年に念願のメジャーデビューを果たした。自身を支えた「魔女」や「魔法」をテーマにした曲や、少女から大人へと成長していく姿を絵本や物語を描くように作られた曲など、ほかのシンガー・ソングライターとは一線を画す独自の世界観で人気を博した。
2024年5月、デビュー10周年を迎えた。シンガー・ソングライターとしての自身の変化について聞くと「歌うことが心から楽しい」と打ち明けた。
「曲作りの発想の原点は少女時代に集約されています。毎日がつらかったあの頃の私に『未来で良い景色を見せてあげたい』という気持ちが根底にあります。だからデビューしてしばらくは、自分の世界を守ろうと私の作品には誰にも踏み込まれたくないというこだわりが強かったんです。2017年に子どもの頃の自分を救ってくれた物語をテーマに書いたアルバム『屋根裏獣』を苦労しながら完成させた時、達成感もあって、ずっと背負ってきた重たい荷物を下ろすことができました。それが転機となり、今度は『もっといろんな人たちと一緒に新しいことに挑戦したい』と考えが変わりました」

歌詞を書く前に原作のゲームを全クリ
その新しい挑戦のひとつが、新曲『たそかれ』だ。現在放送中のTVアニメ『誰ソ彼ホテル』(TOKYO MXで水曜午後10時30分、BS日テレで水曜午後11時ほか)のオープニング主題歌として書き下ろした。2019年に歌手で声優の中島愛に楽曲『髪飾りの天使』を提供(テレビアニメ『本好きの下剋上 司書になるには手段を選んでいられません』のエンディングテーマ曲)したことはあるが、今回初めて自らアニメの主題歌を歌う。新曲はどのように制作していったのか。
「私は、事前にすべての情報をインプットしてから作ることにこだわっています。楽曲依頼をいただいたときは原作を読み込んだり、参考になる情報をすべて集めてから進めています」
アニメは、スマホアプリの謎解きゲームが基になっている。そこで吉澤は制作前にゲームをクリアするところから始めた。
「途中でストーリーの分岐点がいくつもあって、全通りをスクショしながらクリアしたので時間は掛かりました。でも、制作者の意図やテーマがすごく伝わってきたので、とても楽しい時間でした」
制作にあたり、タイトルを決めることから始めるという。
「私は大抵タイトルを決めるところから始めます。タイトルを決めてその物語を想像していくんですが、歌詞を書いていると自然にメロディーも降りてくることが多いです」
歌詞の出だしは舞台(『誰ソ彼ホテル』)の紹介から始まり、アニメのイラストやゲームを参考に制作を進めた。
「謎解きの物語なので、あえて難解な言葉を多用しました。だけど全部聴いたら物語の全貌が分かるという、ゲーム好きのみなさんにも楽しんでもらえるように(歌詞を)書きました」
吉澤の楽曲はJ-POP、歌謡曲、ロック、オールディーズと幅広い音楽性を持っており、歌いやすいメロディーや覚えやすいサビも特徴だ。
「だいたい言葉と一緒にメロディーも降りてきて『これかな?』と言ってギターでコードを探します。今回はアニメのオープニング主題歌なのでシーンの切り替わりが速いかなと思って曲の展開もドラマチックなものにしようと考えました。サビに関してはいつも試行錯誤で今回も大変でした」
CDの通常盤には、同曲のピアノと歌だけの別バージョンが収録されている。アップテンポなオリジナルとは対極の、静かで甘美な響きが心を打つ。
「オリジナルバージョンは、アニメに捧げた1曲になるので、もうひとつ自分のフィールドに寄せたバージョンも作りたいと思い、伊澤一葉(東京事変、the HIATUS)さんと一緒に作りました。誰かと一緒に作ることで自分だけでは想像できないものが作れるというのが今はとても大切です」

吉澤嘉代子は今も変わらず「悪いくらい頑固」
CDはジャケットアートにもこだわっている。それは、“ある思い”からだ。
「どうやって聴いてくださるかは自由です。私も聴き方を選びますが、やっぱり作り手として『自分が作った作品を形として手に取ってもらいたい』っていう気持ちはすごくあります。今、若い世代の人たちは、レコードやカセットを買って聴く人が増えているそうですよね。私も音楽を、物としても愛してもらえるような作品を作りたいと思います」
吉澤といえば、楽曲の世界観を形にしたユニークなライブも特徴だ。演奏だけでなく、一人芝居の演出やパフォーマンスなど観客を楽しませる要素を詰め込んでいる。
「音楽は空間魔法だと思っています。見にきてくださったお客さま全員に歌だけ聴いて帰ってもらうのではなく、何かしらお土産を持って帰ってほしいと思いながらステージに立っています」
その真摯(しんし)な思いは世代を超えてたくさんのファンを作ってきた。芸能界でも俳優の吉岡里帆らがファンと公言するなど、彼女の音楽に魅了される人は多い。
「『とってもうれしい』の一言に尽きます。ちょっと恥ずかしいですが、私自身、落ち込んだ時に、歌詞サイトで過去の自分の作品を検索するんです。『こんなふうに書いていたんだ』ってあの頃を思い出して、当時の自分を褒めてあげたり、元気が出たりして。そのくらい自分が書いてきたものを今でも好きでいられることが何より幸せです」
10年前の自身を振り返ってもらうと「頑固者でした」と答えた。
「良くも悪くもじゃなくて、悪いくらい頑固で、今でも変わりません。あの頃、不安で自信もなかったけれど振り回されまいと戦っていました。10年前の私の執着心に感謝しています。でも、それだけ周りの人たちに支えていただいたおかげで10年やってこられました」
今年6月に35歳を迎える。不遇だった10代から大きく花開いた20代を経て、どんな30代を過ごしているのか。
「30代になって気持ちが楽になった気がします。この先もまだまだ楽しいことがいっぱい待っていると思っていて、性格もポジティブな方向に変わってきました」
誕生日を前に、“お楽しみ”も待っている。デビュー10周年の締めくくりとして、4月20日に日比谷野外大音楽堂で記念公演『夢で会えたってしょうがないでショー』が決定した。将来を決定づけたサンボマスターのライブを見た場所であり、コロナ禍で1度は延期したものの1年後に涙の記念公演を行った開催場所である吉澤にとっての聖地だ。
「大切な場所で10周年の締めができることに感謝しています。『もしかしたら誰かの人生を変える日になるかもしれない』と思ったら気合いが入りますし、他の人よりも不器用な分、何倍も何倍も頑張って、お祭りみたいに楽しいライブにしたいと思います」
□吉澤嘉代子(よしざわ・かよこ)1990年6月4日、埼玉川口市生まれ。2010年、ヤマハ主催のコンテスト『Music Revolution』でグランプリとオーディエンス賞のダブル受賞。14年、ミニアルバム『変身少女』でメジャーデビュー。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」をはじめ、国内の大型フェスに出演し、全国ホールツアーを成功させるなど人気を博す。また作家としてこれまでYUKI、私立恵比寿中学、鈴木愛理、由紀さおりらに楽曲を提供。17年5月、バカリズム原作、脚本、主演ドラマ『架空 OL 日記』の主題歌『月曜日戦争』を書き下ろす。同年10月にリリースした2ndシングル『残ってる』がロングヒットを記録。2024年5月、10周年のアニバーサリーイヤーがスタート。4月20日には自身2回目となる日比谷野外大音楽堂での単独公演『夢で会えたってしょうがないでショー』を開催する。
