RENAは「天才だと思う」 選手として長生きするために必要なこと「何のためにやってるのか」【青木が斬る】

2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)。複数の書籍も出版し、文筆家としての顔も持つ。また自ら「note」でも発信をし続け、青木の“考え方”へのファンも多い。ENCOUNTではそんな青木が格闘技の枠に捉われず、さまざまなトピックスについて持論を語る連載「青木が斬る」を2024年5月からスタートした。今回のテーマはアスリートのキャリア形成。

今回のテーマはアスリートのキャリア形成【写真:山口比佐夫】
今回のテーマはアスリートのキャリア形成【写真:山口比佐夫】

連載「青木が斬る」vol.7

 2003年のプロデビュー以来、日本総合格闘技界のトップを走り続けてきた青木真也(41)。複数の書籍も出版し、文筆家としての顔も持つ。また自ら「note」でも発信をし続け、青木の“考え方”へのファンも多い。ENCOUNTではそんな青木が格闘技の枠に捉われず、さまざまなトピックスについて持論を語る連載「青木が斬る」を2024年5月からスタートした。今回のテーマはアスリートのキャリア形成。(取材・文=島田将斗)

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 アスリートや格闘技選手、表現者などの多くは本業一本で一生ご飯を食べていくのが難しい現状にある。競技引退後はどのように生活していくのか。そんななか言われてきたのが“セカンドキャリア”という言葉だ。しかし、実際は引退後から動き出し生活できるのは一握りだ。

 そんななか、昨今では現役中から将来を見据え、競技とは別軸でも行動をするというデュアルキャリアという考えが浸透してきている。そういった言葉が浸透する前から執筆や音声メディアなど多岐にわたって活躍しているのが青木だ。キャリアについてどんな考えを持っているのか。

「そもそもキャリアって十人十色で三者三様なんだよ。一つの考え方として大半は大卒で入社して定年退社するっていう考えがいまも根強く残っている。同時にそれはずっと成長していく前提のキャリア設計なんですよね」

“脱成長”、これは青木が2023年ごろから口にしていた言葉であり、いまの人生のテーマだ。常にトップを決める資本主義的な考えが主流となっているが、競争から外れひとりの人間として熟していくという選択をしている。

「今頑張る時期で今は成熟する時期っていうのを区分けしていいと思う。自分はいまどこのフェースにいるのかでルールセットが変わる。前提として、それによってすべての取捨選択と意味合いが変わってくるっていうことをまずは理解しなきゃいけないですよね」

 若いころからこういった考えがあったわけではない。20年以上走り続け、その軌跡を見て気が付いた。「はっきり言うと成長してく方が楽なの。資本主義のゲームで競争してった方が楽。だから若いうちはひたすらに走ってたと思います」と振り返る。

 走り続けた先を考えたときにそれが疑念へと変わった。「果たしてこれは意味があるのか」。そう思ってからは早かった。「俺もうこのゲームじゃないって思ったんです」。

 キャリアのルールを変えていく。最近では世間の“休み”への考えに違和感がある。

「仕事の、練習のパフォーマンスを良くするために休むみたいなこと言うけど、何それ? って。休むのも練習って分かるけど、それに疑念を抱いた。成長するために、パフォーマンスを良くするために休むってちょっと滑稽だなって思ったんだよね。

 本来、自分がやりたいこと、楽しむこと、余暇を過ごすことっていうのは追究とか探求とか豊かになるためにやるわけじゃないですか。そうではなくて競争に勝つために休むってなんかおかしな話だと思ったんだよね」

 青木にとって余暇にあたるのがnoteなどの執筆やプロレスだ。

「追究、探求……そこに決して目に見えた成長とか対価を得るみたいなことはあまり考えてないんですよね。だからプロレスやったり文章を書いたりが好きなんだと思います。ONEとかRIZINは競い合い。俺はチャンピオンシップ(の人)じゃないと思うんですよ」

 2016年からnoteで書き始めた。更新頻度も高く、ここ約1年は毎日更新している。多くが有料であるが、現在フォロワーを5万人ほど抱えている。文章を書くことは青木にとってどんなことなのか。

「僕のすごく大事な視点とか考え方は格闘技を通じて誰かを通じて仕事を通じて自分を省みることなんですよね。格闘技を通じて何かを得るってことではなくて、それを壁として自分を振り返り、自分を見直す作業なので。人、格闘技を通じて自分の未熟さを振り返る。それを淡々と粛々とやっていくのが大事なんです」

 自身の人生が「普通」と思っていたが、人との対話を通じてそれが全く違っていたことにも気が付いたという。

「この前しゃべった東京出身の子は私立の小学校に入ってそのまま中高といって、どこかの医学部に進学するという人生を歩んできた。学生生活という点で、俺とその子は同じ時間(期間)を過ごしたんだけど、静岡(青木の出身)と東京の環境によって生きてきた道が違うんですよね。そうなると『俺ってこういう子だったんだ』って独特の環境だったことが分かる。人を通じて自分を見つめ直すっていうのはこういうこと。僕は柔道をやってるのが普通。格闘技の価値観が普通だと思ってたけど、『そうじゃない』と学ぶんです」

 さらに「相手のパーソナルな関係までさらけ出しあえる関係って極めて難しい。だからこそ俺はそういうことまで話せる人間関係を大事にしてる。家庭環境の違いまで表層だけでなくぶつけ合えることが自分と向き合う意味でもいい関係なんですよね」とうなずいた。

みんなが「堀口恭司」にはなれない

 青木のように自分を俯瞰で見る人間は少ない。競技に没頭するアスリートは、強みを知らず、自己プロデュースに難航している。

 これに青木は「主観だけで生きている方がその競技に関しては強いかもしれないね。だって考えないから。ただ物事を客観視して見られた方が人生は豊かになると思うんですよね」と持論を展開する。

 さらに前のめりになりながらこう続けた。

「だからこそ『何のためにやってるのか』って話になるんですよ。俺から言わせたら“世界で一番になるためにやってます”は滑稽だよね。俺は人生楽しくするためだし、格闘技を通じて自分と向き合うためにやってるんだ。でも、多くの選手は思考停止するよね。思考停止してバカになってやれることが強くなる近道的な要素もあるから。だからこそデュアルキャリアとかセカンドキャリアがうまくいかないんだよ。

 堀口(恭司)さんとか分かりやすくて、バカになってやれるじゃん。自ら率先してあれができたら勝ちだよ。でも、俺があのやり方をみんなにすすめないのは全員が“彼”にはなれないから。さらにそれだと学びはない」

 学びとはどういう意味なのか。

「俺も結婚したときに格闘技に専念するために家族と離れるとかやったよ。でも、無駄だったね。やったことは大事だったけど、意味があったかというと。あのときは浅はかだったなと。普通に暮らして物事と向き合ってた方が本当の意味で強いと思うんですよ。思考停止してバカになるしかなかったんでしょう。思慮が浅かったと思うんですよね」

「何のためにやってるのか、っていう軸はすげぇ大事だと思うんです」と腕を組む。志したものがあるからこそ何をするのにもぶれることがないという。

「自分っていうものを格闘技という形で出した。そうしたらあとは自分っていうものをまた違う形で出せばいいだけじゃない? 文章で出すのか、プロレスで出すのか、しゃべりで出すのか。みんなは格闘技をやるからダメなんだよ。自分っていうものを格闘技“で”表現していない。

 人に勝とうとするじゃん、みんな。だから勝てねぇんだよ。まず“人に勝つ”“試合をする”っていうことは自分を知るんだよ。自分がどれだけ、どこが弱くてっていう客観がないと。みんな“世界で~”って言うけど客観がないんだよ。だから戦術もずれるし自分の勝負どころもずれるんだよ。どういう物語の上に住んでいるかを把握できて構成ができるやつが勝つんだ。それができないやつは申し訳ないけどずっとダメです」

 試合後のコメントも客観を意識すべきだと主張する。例に出したのは昨年大みそかにMMAデビュー戦の桜庭ジュニア・桜庭大世に1R・KO負けを喫した矢地祐介だ。敗戦後、矢地は落ち着いた表情で「こんな日もある」とコメントしていた。

「なんでデビュー戦のやつに倒されて落ち込まないんだよ。タオルかぶって帰れよ。なんで握手してるんだ。笑顔だってバカじゃないのって。あのまま帰っちゃえばいいと思うんですよ。負けてるときってチャンスなんだよ。アテンションも集まるから。負けた後にいかに自分の感情を出すかっていうのが客の感情移入のポイントなのに……。ゴールデンタイム逃すんだって思っちゃったね」

 一方で評価しているのはRENAだ。

「なんで長生きしてるかって言ったら客観があるからです。偶然なのか分からないけど。RENAは膝十字で一本取られたときに病院直行って会見でコメントしなかったんだよ。それが俺は天才だと思う。構成力がしっかりしてる」

 文章、プロレス、格闘技、全てに共通するのは“間とリズム”。つまりは自分を見せるための構成力。

「俺のプロレスがうまいとは自分で思わないし、俺の格闘技が今、めちゃくちゃ優れているとは思わない。でも、なぜうまくいったり評価されているのかというと構成力があるから。こういう形でこうデザインをして、こういう出口にしましょうってところまでできているからですよ」

「一番の近道は毎日同じことをやること。ずっと続けること。やめないこと。みんな周りはやめるから。情報商材的な“これをやればいい”“これを飲めばいい”なんてものはねぇんだよ。粛々と淡々とコツコツ続けることが一番の近道であることを俺は知ってます。これは成功体験、ずっとやり続ければみんなやめる」と言葉に力を込めた。

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 猛進せず思考し続けることはエネルギーのいる作業だ。しかし、それを続けやめないこと。キャリア形成だけでなく、情報過多な時代で生き残るメディアとしても重要であると思う。

□青木真也(あおき・しんや)1983年5月9日、静岡県生まれ。第8代修斗世界ミドル級王者、第2代DREAMライト級王者、第2代、6代ONEライト級王者。小学生時に柔道を始め、2002年には全日本ジュニア強化指定選手に。早稲田大在学中に総合格闘家に転向し03年にはDEEPでプロデビューした。その後は修斗、PRIDE、DREAMで活躍し、12年から現在までONEチャンピオンシップを主戦場にしている。これまでのMMA戦績は59戦48勝11敗。14年にはプロレスラーデビューもしている。文筆家としても活動しており『人間白帯 青木真也が嫌われる理由』(幻冬舎)、『空気を読んではいけない』(幻冬舎)など多数出版。メディアプラットフォーム「note」も好評で約5万人のフォロワーを抱えている。

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