渡辺えり、強烈“お嬢様風処女”役を「気に入っている」 現代社会に通じる女の葛藤

俳優で劇作家、演出家の渡辺えりが、今月1日から東京・新橋演舞場で上演の二月新派喜劇公演『三婆(さんばば)』に出演している。同作は、故・有吉佐和子氏が1961年に発表した小説が原作。これまで映画化やドラマ化もされてきた「昭和の名作」。渡辺は女性たちの葛藤を描くストーリー展開を「現代社会に通じる」と言い、役作りの裏話なども語った。

取材に応じた渡辺えり【写真:北野翔也】
取材に応じた渡辺えり【写真:北野翔也】

“貧しいお婆さん”にしない役作り

 俳優で劇作家、演出家の渡辺えりが、今月1日から東京・新橋演舞場で上演の二月新派喜劇公演『三婆(さんばば)』に出演している。同作は、故・有吉佐和子氏が1961年に発表した小説が原作。これまで映画化やドラマ化もされてきた「昭和の名作」。渡辺は女性たちの葛藤を描くストーリー展開を「現代社会に通じる」と言い、役作りの裏話なども語った。(取材・文=コティマム)

 昭和38年春、金融業者の富豪・武市浩蔵が愛人・駒代(水谷八重子)の家で倒れ、急逝する。浩蔵の死後には莫大な借金が残った。正妻の松子(波乃久里子)は返済のため、浩蔵の妹・タキ(渡辺)の家と本宅の一部を売却。何とか住処だけは残すことができた。しかしそこに「兄の家は自分の家同然」とタキが転がりこみ、駒代まで居候することに。正妻、愛人、義妹の「奇妙な共同生活」がスタートする。

 文字通り、戦後の高度経済成長期に「女性たちの葛藤や成長」を描いた作品。渡辺は2016年、19年の舞台公演で大竹しのぶ、キムラ緑子らと同作に出演。23年の『新派百三十五年記念 六月新派喜劇公演』でも同作で水谷、波乃らと共演した。渡辺演じるタキは、兄・浩蔵のことが大好きなお嬢様。60代後半の独身女性で、ピンク色のワンピースに身をつつみ、少女のような雰囲気を漂わせている。クセの強い役だ。

――タキは強烈なキャラクターですね。

「タキは当時の年齢では60歳。今で言えば68歳から70歳で、ちょうど今の私の年齢くらいでしょうね。子どもの頃から病弱で働くことを知らず兄の力で生きてきた。台本では“独身で60過ぎてもバージン”という設定。処女だからこそエッチな妄想にとらわれている。純心なのに耳年増。そこが面白い役だと思います(笑)。処女で乙女チックなのに『本当は愛を乞うている』ところを、面白くユーモアあふれるように本気でやっています」

――乙女感もありながら、お金にはがめつい女性です。

「自分が働けないから、(人と接する)環境が狭い。その中で、『自分を愛してくれる人とそうじゃない人』をかぎ分ける嗅覚が優れています。台本を読むと、タキは生活保護を狙っているんです。『どれくらい収入があると生活保護をもらえない』と全部計算して、すごくお金に細かい。そういう部分を出そうとしています」

――役作りはどのようにされましたか。

「私が過去に拝見した『三婆』のタキは、もっとリアルで地味な格好をなさっていて、“貧しいお婆さん”として演じられていました。アースカラーの服を着て、神経質な被害妄想なお婆さん。それは、私の解釈とは違う。私は“お嬢様風な処女の部分”を出したかった。もうちょっと夢があって、自分のことをお嬢様で他の人とは違う特別な存在だと思っていて、今はお金がないのだけれど気持ちは違う。プライド高くやりたいなと」

――参考にしたキャラクターは。

「ロシアの劇作家アントン・チェーホフの戯曲『桜の園』に登場するラネーフスカヤ夫人を念頭に置いています」

――ラネーフスカヤ夫人は、パリから先祖代々の地『桜の園』に戻り、屋敷の財政が火の車なのに現実に向き合えず、浪費を繰り返します。

「貴族のお金持ちが没落していく様子をチェーホフは滑稽な貴族として描こうとしました。このラネーフスカヤを東山千栄子さんが演じて、すごく評判がよかったそうです。ふくよかな東山さんのおおらかな感じを念頭に置いて、没落した貴族の感じで演じたいと思いました。それから、吉屋信子さんが書かれた少女小説『花物語』(※1916年から『少女画報』で連載された)も。画家の中原淳一さんが描いた挿絵も人気で、すごくヒットしました。タキは、その『花物語』に出てきそうな人。“乙女チックで没落した貴族”というイメージで衣装プランも決め、中原さんの挿絵を参考に出しました」

「若い人たちにも見てほしい」と語った渡辺えり【写真:北野翔也】
「若い人たちにも見てほしい」と語った渡辺えり【写真:北野翔也】

年を取ることは「他人事じゃない」

――「正妻と愛人と小姑が一緒に住む」という奇妙な物語です。

「私が小さい頃は(故郷の)山形でもありました。お金持ちの方には愛人がいて、いろんなお子さんを正妻が育てていた。昔の女性は自立できなかったので、男の人に食べさせてもらうしかない。山形でも飢饉の時に吉原に売られてしまい、村から女性が誰もいなくなったという話が残っています。“二号さん”なんてまだ良い方だった時代が日本でも長く続きました。ですから(水谷演じる愛人の)駒代の性分も、当時は特別という訳ではなかった。これからは女性が自立して生きるのが当たり前の世の中になればと強く思います。男女の格差のない時代をどうしたら作れるのか、みんなで考えていかなくてはならないと思います」

――劇中では60代の三婆たちが80代になるまでが描かれます。

「昭和30年代に書かれた作品ですが、社会批判が強くてメッセージ性が好きですね。福祉国家と言いながら、貧しい人たちが切り捨てられる。政治家が『お年寄りのための政策』と言っても、お年寄り3人は古びた家で片寄せ合って生活していかないといけない。今の現代社会にも通じます」

――年老いた三婆たちと発展する社会の落差を感じました。

「劇中には、浩蔵に仕えた専務の重助さん(田口守)が出てきます。彼は浩蔵亡き後にタキたちに引き留められても、娘がいる鳥取県に帰りました。でも、その家族に捨てられちゃうんですよ。重助さんの娘は、重助が“退職金を持って帰ってくる”と思ったから同居する。でも一銭もないから追い出されて、結局、三婆のもとに戻って来た。年をとって1人で生きていくのは厳しい。重助さんは気がきく人だけど、(加齢で)ボケていく。あの重助さんは非常に切ないですよ」

――専務として活躍した重助さんの退化が描かれていました。

「その時に私(タキ)が言うんですよ。『若い人は自分は年をとらないと思っている』って。あそこのセリフはすごいじゃないですか。一番胸にきますよね。私は、『タキは重助さんを好き』という設定でやっています。重助さんは、唯一自分に親切な人。重助さんは迷惑しているけど、それでも『ずっと思っている』という芝居を初演から4回やっています。そう演じているのは私が初めてだと思いますね」

――喜劇でもメッセージ性の強い作品です。どんな人に見てほしいですか。

「年配の人たちだけでなく、若い人たちにも見てほしい。若い時は“今やっていること”に一生懸命だから、『自分が将来どうなるか』ってあまり考えない。でも(年をとることは)他人事じゃない。ちょっと客観的に見て、世の中の未来、日本の未来、世界の未来をみんなで考えたいです」

□渡辺えり 1955年1月5日、山形県生まれ。舞台芸術学院卒業後、1978年に現在の『劇団3○○(さんじゅうまる)』にあたる『劇団2○○(にじゅうまる)』を設立。83年、『ゲゲゲのげ』で作・演出・出演の3役を担い、劇作家の登竜門・岸田國士戯曲賞を受賞。87年『瞼の母―まだ見ぬ海からの手紙』で紀伊國屋演劇賞個人賞。2004年『今昔桃太郎』、2009年『新版 舌切雀』では、歌舞伎の作・演出も手がけた。19年から日本劇作家協会会長。今年は70歳を迎え、東京・本多劇場で古希公演『鯨よ!私の手に乗れ』『りぼん』を開催。

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