車内で自死も「もう一度乗りたい」 遺族の願いかなえる“車両専門”特殊清掃、知られざる世界

自死の現場となったワンボックスカー、天災の浸水被害で床上まで泥水に漬かった高級輸入車、内装にカビが生えてしまった60年代の高級旧車……。残された遺族やオーナーが抱える悩みは多く、中でも問題になるのは、消そうと思っても簡単には消えない「臭い」だ。こうした複雑な事情の車を対象に特殊清掃を手がける専門業者がいる。消臭・除菌の高い技術力、「困り果てて頼ってきた依頼人の思いになんとかして応えたい」という気概。コロナ禍で除菌依頼が殺到し、全国から“事故車両”の相談が絶えないという。知られざる業界事情と職人技に迫った。

“事故車両”の特殊清掃を担う日本自動車レストレーション協会の渡邊映治さん【写真:ENCOUNT編集部】
“事故車両”の特殊清掃を担う日本自動車レストレーション協会の渡邊映治さん【写真:ENCOUNT編集部】

臭いは「人の感覚によって感じ方に違いが出る。だからこそ難しいんです」

 自死の現場となったワンボックスカー、天災の浸水被害で床上まで泥水に漬かった高級輸入車、内装にカビが生えてしまった60年代の高級旧車……。残された遺族やオーナーが抱える悩みは多く、中でも問題になるのは、消そうと思っても簡単には消えない「臭い」だ。こうした複雑な事情の車を対象に特殊清掃を手がける専門業者がいる。消臭・除菌の高い技術力、「困り果てて頼ってきた依頼人の思いになんとかして応えたい」という気概。コロナ禍で除菌依頼が殺到し、全国から“事故車両”の相談が絶えないという。知られざる業界事情と職人技に迫った。(取材・文=吉原知也)

「いわゆる事故物件といった不動産の特殊清掃は知られるようになってきましたが、車の特殊清掃はまだ認知されていないディープな世界です。困った人に寄り添う心を大切に、臭いを消す作業に取り組んでいます」

 車両特殊清掃の業界最大手『一般社団法人日本自動車レストレーション協会』(東京・大田区)の代表理事を務める渡邊映治さんは、仕事への真摯(しんし)な姿勢を口にする。

 舞い込む依頼は、壮絶で深刻なものばかりだ。「オーナーが自死された車両の臭いはすさまじいです。シートには大量のうじ虫が沸いて、消臭に数か月かかります。コロナ禍の時は年100台ほどの依頼が入ってきました。コロナ感染者が乗っていたので除菌をしてほしいというものが多かったです。また、コロナによる経済苦で思い悩んだ方が、レンタカーで借りた車でそのまま青木ヶ原樹海に行って……という案件も受けたこともあります。それに、動物の死骸の事例もあります。車内で食事をすると食べかすが落ちます。どこからかネズミが入ってきて出られなくなり、床下で死んで、腐敗する。臭いで気付いた時は手遅れです」。

 家族旅行で子どもが車内で吐いてしまったという清掃依頼もあり、多様なケースに対応している。作業期間は1週間から1か月、依頼費用の平均は10~20万円で、最大50万円ほどだ。

 気になる手法は「企業秘密」。科学的見地に基づき、全世界から取り寄せ、研究や試用を重ねてきた洗剤や消臭機器を駆使している。依頼者へのヒアリングを通して、最善の解決手段を考えているという。専門のスタッフたちがフル稼働で、8台同時の並行作業に取り組む。「臭いやウイルスは目に見えないものです。そして、臭いは人の感覚によって感じ方に違いが出ます。だからこそ難しいんです。業者側が『臭いを完全に消した』と思っても、依頼者が『まだ残ってる』と感じてしまうこともあります。アレルギー反応など個別のケースにきめ細かく対応する必要があります。現状、ほぼ100%の消臭の成功率を出していますが、1つ1つに丁寧に取り組んでいます」と力を込める。

 現在手がけている、オーナーが車内で練炭自殺を図ったワンボックスカー。2か月以上かけ、強烈な臭いを取り除く作業を根気強く続けている。それは、故人が乗っていた車を元に戻したいという遺族の意向を最大限にくみ取っているからだ。

 渡邊さんは「ご遺族の皆さんからは『故人の思い出を残したい』『もう一度乗りたい』という切実なお話をお聞きします。その思いをかなえたいです。依頼人に向き合うこと、『依頼人の思いを常に考えて仕事に取り組もう』と、スタッフたちに日頃から言っています。正直なところ、1台に数か月かけると利益は成立しません。赤字もいいところで、採算度外視になっている部分もあります。それでも、なんとかしてあげたい。その一心でやっています」と強調する。

自然災害の被害を受けた水没車への対応も行っている【写真:ENCOUNT編集部】
自然災害の被害を受けた水没車への対応も行っている【写真:ENCOUNT編集部】

転機は“タバコの消臭”「これ以上なく完璧にやったつもりだったのですが、ショックを受けました」

 なぜ、車の消臭サービスに特化するようになったのか。もともと住宅の解体業やハウスクリーニング、産業廃棄物処理の仕事に携わってきた渡邊さんには、“原点”がある。

「もともと自分自身も車が好きで、外装コーティングの仕事もやっていました。7、8年前のある日、飛び込みのお客さんから『中古で買った車がタバコ臭いのでとってほしい』という依頼があったんです。消臭は初めてだったのですが、臭いの付いた内装部品を磨いて、ヤニ汚れも丹念に洗って、外装もピカピカにして納車したんです。それでも、そのお客さんから『臭いが残ってるじゃないか』と怒られたんです。自分としてはこれ以上なく完璧にやったつもりだったのですが、ショックを受けました。そこから『こういう感覚の世界があるんだ』と、臭いを消すことを突き詰めていこうと決めました。人から信頼されることの大事さを学んだ出来事でもありました」

 愚直に消臭の試行錯誤を続け、顧客の信頼を勝ち取り、今では全国的な存在となった。

 災害による水没車の消臭も引き受けているが、ここにもモットーがある。「水没車両は下水の汚水によってきつい臭いが付いてしまいます。一般的には板金業者や整備業者、ディーラーが取り扱いますが、臭いの付いたパーツを廃棄して新しい部品に交換するのが大半です。でも、ダメになった電装品を除いて、私たちはほとんどパーツを交換しません。臭いだけ消します。従来から廃棄物を出さないように取り組んでいます。これはSDGs(持続可能な開発目標)の時代の流れにもつながっているかなと考えています」と話す。

 まだまだマイナーな業界。業者によって、消臭・除菌の手法が異なり、施工レベルに差があることで、「信頼感」が大きな課題になっているという。渡邊さんは、自分たちから率先して知識や経験・ノウハウを伝え、業界全体の質向上を図っていく構想を持っている。「社会から信頼してもらえる業界にしていきたいです。それに、この車の特殊清掃のノウハウが全国に広がることで、地方の車ユーザーの方が困った時に、より親身に対応できるようになればと思っています。『常識を覆す』という意識を持って、これからも臭いを消し続けていきたいです」と力を込めた。

次のページへ (2/2) 【写真】普段は見ることのできない特殊清掃の実際の様子
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