昨今、20～30代の女性監督の台頭、活躍が注目を集めている。最終8話が配信されたLeminoオリジナルドラマ『情事と事情』の井樫彩監督（29）もその一人だ。井樫監督が、女性活躍社会になりつつある映像世界とこれまでのキャリアを語った。（取材・文＝平辻哲也）

　井樫監督は、繊細な心理描写と美しい映像表現で注目を集める若手監督の一人。最近では松本若菜主演の復讐劇『復讐の未亡人』 (2022年)、倉科カナと菊池風磨が歳の差カップルを演じたラブコメディ『隣の男はよく食べる』 (23年）などドラマも好評だ。

　昨今では、若手の女性監督の台頭が目覚ましい。そんな状況をどう見ているのか。

「以前の映画界はスタジオがあって、助監督を経て、監督になることが多かったと思うのですが、今は自主映画を制作、発表しやすくなったことで、間口が広がったと感じます。その結果として、女性監督が増えただけでなく、若い監督も活躍しやすい環境が整ったのではないでしょうか。同世代の監督たちはそれぞれのポリシーを持ちながら活動されているのも感じますし、非常に優秀だと思うので尊敬しています」

　監督になった経緯は人によってさまざま。井樫監督が監督業を志したのは北海道伊達市での高校時代だった。

「当時、友人とDVDをレンタルして映画を見るのが流行っていました。その中で、若松孝二監督の『キャタピラー』（10年）や話題だった『ヒミズ』（11年）などの映画に心を揺さぶられ、興味を持ったのが始まりです。幼いころ漫画家になりたいという思いも抱いたこともあり“何かを作る”ことに興味があったので、その延長だったのかもしれません」

　高校卒業後に夢を叶えるべく上京し、堤幸彦監督、行定勲監督らを輩出した東放学園映画専門学校に入学。田中圭主演の『劇場版 びったれ!!!』の金田敬監督、『ひき逃げファミリー』の水谷俊之監督の指導を受けた。

「講師のお二人からは『自分の半径5メートルをきっちり描け』『それすらできないと、自分が経験したこともない半径何百メートルも先のことを描くことはできない』と指導を受けました。それが私の原点。お二人には感謝しています」

　卒業制作として製作したのが45分の短編映画『溶ける』だった。学校生活や友人関係のストレスを近所の川に飛び込むことで、解消している田舎に住む女子高生の物語。河瀨直美監督がエグゼクティブ・ディレクターを務める「第4回なら国際映画祭2016」では NARA-wave ゴールデンKOJIKA賞を受賞。これを機に21歳の時にはカンヌ国際映画祭の学生部門「シネフォンダシオン部門」に選出された。

「初めての海外がカンヌでした。映画というものの文化的な位置づけが非常に高く、産業としてももちろんですが、文化としての側面を強く感じました。日本と比べてその違いに衝撃を受けました。世界との距離を感じて、『悔しい』とさえ思いました。ただ、その悔しさが逆にモチベーションにもなりました。『自分も頑張らなければ』と強く感じた場面でもあります」

　その後、居場所のない14歳の少女（小松未来）と看護師の女性（桜井ユキ）の交流を描いた『真っ赤な星』（18年）で長編映画監督デビュー。以後、映画だけに限らず、ドラマ、ミュージックビデオにも活動の幅を広げている。

　最新作Leminoオリジナルドラマ『情事と事情』は倉科カナ主演。7人の男女の人間関係が絡み合う群像劇。元宝塚歌劇団花組トップスターの真飛聖を始め、ベテランから若手までさまざまな年代の男女が愛憎を繰り広げる。

「誰か一人でも『この映画やドラマがあって良かった』と思えるような作品を作っていきたいです。作品を通じて、誰かの心や人生に触れられたら嬉しい」。今年は映画待機作もある29歳は今後、どんな作品を見せてくれるのか、注目が集まる。

□井樫彩（いがし・あや）1996年1月16日生まれ、北海道出身。卒業制作『溶ける』（16）が第70回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門に正式出品。初長編作『真っ赤な星』（18）で劇場デビュー。その他の作品に『NO CALL NO LIFE』（21）『あの娘は知らない』（22）、ドラマ『復讐の未亡人』（22）『隣の男はよく食べる』（23）など。今年公開の映画待機作も控える。

□Lminoオリジナルドラマ「情事と事情」全8話独占配信中 ※第1,2話無料配信
・公式サイト：https://lemino.docomo.ne.jp/ft/0000084/
・視聴はこちら：https://lemino.docomo.ne.jp/contents/Y3JpZDovL3BsYWxhLmlwdHZmLmpwL3ZvZC8wMDAwMDAwMDAwXzAwbTJpZHB1NjU=?pit_git_type=SERIES