「これでは何も終わらない」…松本人志が「性加害報道」を語らなかった単独インタビューに弁護士が感じたこと
お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志が芸能記者・中西正男氏の取材に応じたインタビュー記事が25日、Yahoo!ニュースで配信された。1月に自身の性加害疑惑を報じた週刊文春の記事をめぐる裁判を起こしてから初めての「肉声」となったが、この裁判の記録を閲覧し続けてきた元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「これでは何も終わらない」と指摘した。
元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔氏が指摘
お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志が芸能記者・中西正男氏の取材に応じたインタビュー記事が25日、Yahoo!ニュースで配信された。1月に自身の性加害疑惑を報じた週刊文春の記事をめぐる裁判を起こしてから初めての「肉声」となったが、この裁判の記録を閲覧し続けてきた元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「これでは何も終わらない」と指摘した。
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今年の週刊文春最終号は中居正広氏の女性トラブルを大きく報じているが、その中には中居氏の他にもう一人、大物芸能人の名前が出てくる。それは松本人志氏。記事中で女性は「いつもそのメンバーで飲んでいましたから」と、中居氏、松本氏、フジテレビ社員のA氏が親しいことを明かしている。
その松本氏の性加害疑惑報道が始まったのは、昨年の週刊文春最終号。それから1年が過ぎて文芸春秋社との裁判後初めての松本氏の言葉が今回のインタビュー記事で報じられたが、この内容にはさまざまな指摘が出されている。真っ先に批判の声が上がったのは松本氏が記事の冒頭で謝罪した「相手」だ。
「家族もそうだし、相方もそうだし、後輩もそうだし、吉本興業にもそうだし、もちろん応援してくださっている方にもそうだし」
謝罪の相手には、性被害を訴えた女性達は含まれていなかった。また松本氏は訴えを取り下げた理由として、問題の記事に「物的証拠がないと文春サイドが認めた」と強調した。しかし、今回の性加害疑惑に「物的証拠」がないことは当初から分かっていて、記事は女性の被害証言という、いわば「人的証拠」を基にしている。密室で行われる性被害に録画や録音などの「物的証拠」があることの方が珍しく、証人の証言によって被害を認定する事件が大部分。それなのに「物的証拠がないから自分の潔白が証明された」かように述べる松本氏の発言は、裁判について誤解を招くものに思える。
その上で私が最も気になったのは、松本氏のこの発言だ。
「訴えているのは自分であって、訴えられたわけではない。そして自分から『裁判に注力するため』に仕事を休んだわけですけど、いつの間にか仕事に戻れなくなっている。裁判になってから、当初の思いとは違うところがたくさん出てきたんです」
裁判を起こしたのも仕事を休んだのも自分だから、裁判を止めるのも仕事に復帰するのも自分の自由。そう受け取れる発言で活動再開を「正当化」している。しかし、本当にそうなのか。
週刊文春が報じたのは単なる「男女交際」や「不倫」ではない。「性加害」の疑惑だ。人間の尊厳にかかわる疑惑が証言とともに報じられたことで、松本氏は当時、否定をしない限りは公の場での活動はできないという状況に追い込まれていたはずだ。性加害疑惑の黙認はスポンサー企業にはできないし、メディア各社の人権方針にも反する。
しかし、松本氏はこの性加害疑惑について記者会見を開かず、具体的な説明を一切しなかった。週刊文春の第1弾記事から1年以上がたった今でも「問題の夜に何があったのか」について松本氏は、まだ「一言も」説明していないのだ。
では、裁判で松本氏が説明をしたのかというと、それも「一言も」発していない。1月に提訴されたこの裁判は、当初、松本氏側が告発女性の「氏名」「住所」「携帯電話番号」「LINEアカウント」「写真」などを明かせと要求して空転し、「文春報道は真実か」という本題に入ったのは8月になってからだった。
そして、8月7日付で文春側が取材メモなど記事の根拠を裁判所に提出した。次は松本氏側が「問題の夜に何があったか」などの主張を初めて行う順番となったところで、8月13日に裁判は突如中止。その後再開されることはなく11月の訴え取り下げとなった。結果、松本氏による疑惑の説明は「一言も」されないまま裁判が終わったのだ。
異論のない世界へ「説明責任が死語となる時代の始まりに」
それなのに「裁判が終わったから一件落着」でいいのか。松本氏の取り下げで裁判は煙のように消えたが、その後には「性加害疑惑」が変わらず残っている。裁判となった2人の女性以外にも多くの性加害疑惑が報じられているのに、裁判が「煙幕」になり、その終了とともに本来の「性加害疑惑」も消えてはならない。
さらに裁判中、松本氏をめぐる新たな疑惑が生まれた。週刊文春は7月、松本氏側による探偵を使った女性の尾行や「出廷妨害工作」を報じた。こうした女性への「圧力」疑惑についても、松本氏は「一言も」説明していない。
そうした中、松本氏は厳しい質問も飛ぶ記者会見ではなく、一人の記者のインタビューで「復帰宣言」した。しかし、裁判が消えてなくなったことで、現在の松本氏は昨年末の文春報道の時点の「性加害疑惑を突きつけられている人」という立場に戻ったはずだ。それなのに疑惑に答えず、復帰することが許されるのだろうか。
テレビなどのマスメディアでは、性加害疑惑がある人を説明なく起用することは無理だろう。しかし、松本氏は別の世界を選んだ。ネット上に独自のチャンネルを作るというのだ。
今、表現の世界は一つじゃない。SNS社会は自分が見たい世界だけを見せる無数のコミュニティーを生んだ。松本氏は自分のチャンネルのログイン画面の向こう側にある「異論がない世界」で、熱心なファンに囲まれて生きていくのかもしれない。それは「説明責任」や「社会的責任」が死語となる時代の始まりのように感じる。
でも、このままでいいのか。それは今年、兵庫県知事選挙をはじめさまざまなニュースで繰り返し感じた疑問だった。このままでは社会の基盤となる大切なものが失われていく。松本氏のインタビュー記事を読みながら、そんな危惧を覚えた。
□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いた。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。今年4月末には、YouTube『西脇亨輔チャンネル』を開設した。