乱発する車両盗難、限界の捜査現場の“本音”「どうしても…」 弱点になりかねない警察組織の内情とは

全国で相次ぐ車両盗難に歯止めがかからず、被害の深刻度が増している。人生を懸けて手に入れ、個人や家族の思い出が詰まった愛車が突如盗まれてしまう。被害者の精神的ショックは計り知れない。警察が捜査に全力を挙げる一方で、捜査の迅速対応を求める声が上がっていることも確かだ。実は警察サイドはいくつかの悩みを抱えているという。「おつらい思いは分かりますし、被害者のためになんとかしてあげたい思いは山々なのですが……」。元警察官たちがリアルな胸中を証言した。

頻発する車両盗難の捜査側の本音とは(写真はイメージ)【写真:写真AC】
頻発する車両盗難の捜査側の本音とは(写真はイメージ)【写真:写真AC】

人的リソースの不足が課題に 犯罪統計では「自動車盗」の検挙率は43.2%

 全国で相次ぐ車両盗難に歯止めがかからず、被害の深刻度が増している。人生を懸けて手に入れ、個人や家族の思い出が詰まった愛車が突如盗まれてしまう。被害者の精神的ショックは計り知れない。警察が捜査に全力を挙げる一方で、捜査の迅速対応を求める声が上がっていることも確かだ。実は警察サイドはいくつかの悩みを抱えているという。「おつらい思いは分かりますし、被害者のためになんとかしてあげたい思いは山々なのですが……」。元警察官たちがリアルな胸中を証言した。(取材・文=吉原知也)

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「警察官は正義感の塊です。悪い人はいません。しかしながら、日々業務に追われていて、対応が遅くなってしまうこともあります。とにかく、人的にも時間的にも、リソースが足りていないんです」

 人手不足の“弱点”について苦々しい思いを打ち明けるのは、埼玉県警の元警察官で特殊部隊(銃器対策部隊)の経験があり、日本とベトナムに拠点を置いてソフトウェア開発などを手がけるIT企業・LandBridge株式会社の三森一輝社長だ。

 警察が取り扱う事件は多種多様。事件の重大性や注目度、連続性や被害額によって、“優先順位”が変わっていく。窃盗事件として扱われる車両盗難にはこんな実情があるという。

「万引きを筆頭に、空き巣や忍び込みといった別件対応が毎日のように発生しているため、1つの事件を取り上げて対応することが難しい状態になっているのが実情です。車両盗難がその地域で頻発している場合はまた違いますが、それでも、担当するエリアが分かれている“所轄の壁”もありまして……。これは車両盗難に限らないですが、その時の状況によっては、すでに抱えている事件対応がいっぱいいっぱいで、どうしても後回しになってしまうこともあります」と打ち明ける。

 三森社長が交番勤務時代、車両盗難の実況見分を手伝ったことが何回もあった。この場合、犯人逮捕などの際に担当者としてもう一度呼び出される流れになっているのに、そのまま1回切りというケースが多くあったという。

 労働環境の改善は警察組織でも進められているが、残業はなかなか減らない。三森社長が殺人事件を現場で対応した際、発生当日は午前8時から翌日の深夜0時まで一睡もせずに捜査に当たったこともあった。日々の捜査案件を抱える中で、突発の事件対応が入ってくるのはしょっちゅう。車両盗難事件は、捜査開始からうまく犯人を捕まえられるケースで言うと、1事件に約3か月は時間を要する。余罪追及などでさらに時間をかけることもしばしば。こうした中で、次から次へと事件が舞い込んできてしまい、現場の捜査官は「限界」の状態にいるという。

被害者らによる“自力捜査”のケースも

 また、昨今では、被害者側が有志で盗難車両を捜索したり、犯行現場付近や犯人の逃走ルートとみられる場所にある防犯カメラの映像を直接チェックしようとしたりするなど、被害者による“自力捜査”も見受けられる。

 埼玉県警で巡査部長を拝命し、機動隊・特殊部隊など7年間の勤務歴を持つ、同社営業責任者の田母神昂佑さんは「警察は決して怠っているわけではなく、防犯カメラ追跡を含めた最低限の捜査を行っていることをご理解いただければと思います。ただ、現場は1つ1つの事件にそう多くの時間が取れないんです」と悩ましげに語る。

 日本の自動車の技術力と信頼性が狙われている。盗まれた自動車は多くが解体され、「部品などが海外に流れているケースが圧倒的だと思います」と三森社長。外国人犯罪グループの関与に加え、昨今では“闇バイト”で募集された若者が窃盗団に加わってしまう懸念も高まっているといい、「『車の運転だけで多額の報酬があります』などと誘われるケースです。お金に困っているかもしれませんが、絶対に闇バイトに応募してはダメです。それこそ警察に相談してください」と強く訴える。

 スマートキーの普及や車の電子化と共に、犯行の手口は複雑・巧妙化。車両のバンパーをずらすなどして小型機器を車両の内部配線に接続させ、制御システムに侵入する「CANインベーダー」などの手口だけでなく、「『ゲームボーイ』と呼ばれる電子機器を悪用する手口が海外から持ち込まれ、これもやっかいです」と田母神さん。犯罪組織とのいたちごっこが続いている。

 そうなると、「自衛」の必要性も高まってくる。犯罪捜査のプロ経験者は、車両盗難の防止対策をどう考えているのか。

「犯人側の視点に立てば、犯行に及ぶ際に一番嫌なのは、時間がかかることです。通報されたり目撃されるリスクが高まるからです。この観点で、防犯対策を考えていくことがベターだと思います。電子セキュリティーの導入はもちろんですが、物理的にハンドルロックやタイヤロックをしておくこと。それに、一軒家の方であれば、防犯カメラに加えて、車庫に策や囲いを設置することが有効だと思います。この門扉の有無は、天と地の差になるかなと思っています。開けた駐車場ならばすぐに侵入できてしまいますが、何らかの障壁があれば、『この家は大変そうだからやめよう』と犯人側が回避する可能性が出てきます。近付くと照明がつくような防犯ライトも、犯人側の心理に影響して効果的だと思います」

 ただ、屋外の契約駐車場やコインパーキングの場合は、自己防衛が難しい。三森社長は、愛車の位置情報の把握をポイントに挙げ、「残念なことになりますが、盗まれてしまった後のことを考えて、車内に追跡装置を忍ばせておくことも手段の1つです。位置情報が分かれば、盗難車両の捜索や警察の捜査に大きく寄与することにつながります」と話す。

「自動車窃盗の刑罰を重くする考えも必要になってくるのではないでしょうか」

 警察庁の犯罪統計の資料によると、今年1月から10月で、「自動車盗」の認知件数は5051件。前年同期比で234件増加している。検挙率は43.2%。検挙件数としては、前年同期比からプラス489件となる2183件を記録している。

 ここのところ、罰則強化による抑止力を巡る議論が活発になっている。自動車窃盗には「窃盗罪」が適用される。「10年以下の懲役又は50万以下の罰金」が科せられるが、これは万引きと同じ犯罪というとらえ方ができる。被害者を中心に、量刑の厳罰化を求める声が強まっている。

 三森社長は「被害額の面で考えると、自動車は高額になります。あくまで時価で試算するのでタイミングによって増減しますが、被害額に応じて、自動車窃盗の刑罰を重くする考えも必要になってくるのではないでしょうか」と、厳罰化の論調に理解を示す。

 犯罪の撲滅は、確実で的確な捜査があってこそ。肝心の警察の組織自体が人員不足にあえいでしまい、捜査力が低下することで、被害者にしわ寄せがきてしまうことは絶対に避けたい。三森社長は「首都圏の埼玉県警であっても、人手不足は大変な部分がありました。重ね重ねですが、現状は申し訳なく思いながらも、手が回らない状況もあります。人的リソースを確保して、捜査力を高められるよう、国や政府には、警察官の人材採用や人材育成にもっと予算を付けて対応を進めてほしいです」と、現場を代弁するように切なる思いを訴えた。

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