「心臓を撃ち抜いても40メートル走る」 恐るべきヒグマの生態、狩猟同行取材では緊迫の瞬間も

全国各地でクマによる被害が相次いでいる。環境省によると、昨年度全国でクマによる人身被害に遭った人は219人(うち死亡は6人)で、統計のある2006年度以降では過去最悪だった20年度の158人を上回り最多を更新した。一度事故が起こった際、死者が出るなど重大な結果を招きやすいのが、ツキノワグマよりも体の大きい北海道のヒグマ被害だ。今回、長年知床でヒグマの捕獲を行っていたハンターで獣医師の石名坂豪さんに、狩猟の同行取材を依頼。フィールドで垣間見えた「クマよりも恐ろしい」という被害の実態とは。

ハンターで獣医師の石名坂豪さん【写真:ENCOUNT編集部】
ハンターで獣医師の石名坂豪さん【写真:ENCOUNT編集部】

ハンター歴26年、ヒグマの捕獲実績は30頭を超えるベテランハンターの猟に同行

 全国各地でクマによる被害が相次いでいる。環境省によると、昨年度全国でクマによる人身被害に遭った人は219人(うち死亡は6人)で、統計のある2006年度以降では過去最悪だった20年度の158人を上回り最多を更新した。一度事故が起こった際、死者が出るなど重大な結果を招きやすいのが、ツキノワグマよりも体の大きい北海道のヒグマ被害だ。今回、長年知床でヒグマの捕獲を行っていたハンターで獣医師の石名坂豪さんに、狩猟の同行取材を依頼。フィールドで垣間見えた「クマよりも恐ろしい」という被害の実態とは。(取材・文=佐藤佑輔)

 幼い頃から野生動物に興味を持ち、大学では獣医学を専攻。卒業研究のために訪れた知床で、地元ハンターとの交流を機に狩猟に興味を持ち、自ら学術捕獲を実施することを目標に狩猟免許を取得した。その後、公益財団法人「知床財団」の職員として、道内でも特にヒグマ被害の多い斜里町や羅臼町で捕殺を含む総合的なヒグマ対策に従事。ハンター歴は26年、ヒグマの捕獲実績は30頭を超えるというベテランだ。獣医師の資格も持ち、昨年、知床財団を離れて「野生動物被害対策クリニック北海道」を設立。現在は鳥獣対策のコンサルタントとして、クマスプレーの使用法講習やヒグマの市街地出没時対策などの研修講師を行う傍ら、北海道庁のヒグマ専門人材バンク登録者やNPO法人「エンビジョン」の臨時スタッフの立場から、道内各地のヒグマやエゾシカの問題に関わっている。

 狩猟に同行したのは、猟期が解禁となった10月下旬。早朝に札幌市内で待ち合わせ、猟場のある空知管内へ向かう。現地で長靴や上下のレインウェアに着替え、「大日本猟友会」の刺しゅうが入ったオレンジの狩猟ベストと帽子を身につけると、とある林道から山の中へ。発情期を迎えたオスのエゾシカの鳴き声が響く中、猟を開始した。

 最初に万が一の際の備えとして、クマスプレーの使用法をレクチャーされる。スプレーは米国製の輸入物。円安の影響もあり、現在は1本あたり1万6000円ほどもするというが、銃を持たない一般人がクマに対抗できるほぼ唯一の手段になるという。

「説明書にはいろいろと書いてますが、実質的な有効射程は5メートル以下。クマを発見したらまずホルスターから抜き、距離が近い場合はいつでも噴射できるようストッパー(安全クリップ)も外してください。ただし、引き金を引いて噴射するのは本当に最後の手段。クマはブラフチャージ(威嚇突進)といって、人間に向かって突進してきても直前で止まり、いったん引き返すような動作をする習性があるので、遠くで止まって後ろを向いたときに噴射しても効果はありません。基本的にはクマから目を離さず、スプレーを構えながらゆっくりと後ずさるようにしてください」

 引き金を引くのは、約5メートルの位置まで引きつけてから。説明を受け、実際の場面を想像すると、いかに冷静な対応が難しいかが実感できる。石名坂さんが監修しているクマスプレーの使用法講習会でも、最初から適切な対応ができる人は多くないという。

 続いて猟銃を見せてもらう。銃身が鈍く光り、見るからにずっしりとした重みを感じさせる。猟銃には火薬を使う散弾銃とライフル銃、圧縮した空気で弾を飛ばす鳥猟用のエアライフルなどがあるが、この日持ってきてもらったのは、通常は散弾銃所持後10年以上がたたなければ警察から所持許可が下りないというライフル銃だ。

「価格は本体がおおよそ30万円ほど。スコープはピンキリで、いいものはそれだけで20万円以上します。弾も円安やウクライナの戦争などによる品薄の影響でどんどん値上がりしていて、口径によって、あるいは完成品(市販実包)を買うか自分で弾頭や火薬を手詰めするかにもよりますが、今は一発840円とかです。今日はヒグマ用の弾を15発持ってきています。

 散弾銃とライフル銃の一番の違いは射程と精度。スラッグ弾という散らない弾を使ったときの散弾銃の有効射程は50メートルほどですが、ライフルは腕がよければ300メートル先まで狙えます。さらに、一番遠くまで弾が飛ぶ角度だと最大飛距離は数キロにもなる。事故を防ぐためにも、極力水平より上方を撃たない、獲物の後方にバックストップ(安土。銃弾が止まる障害物、主に土の斜面などのこと)があるかを確認することが肝心です」

 実際にクマを撃つ際には、どんなことに意識しているのだろうか。

「クマは頭骨が非常に丈夫なので、遠くから頭部を撃っても弾が脳まで到達しないことがあります。首の頸椎を破壊すれば脳を破壊したときと同様に神経伝達ができずその場で倒れるので、私の場合はなるべく首を狙い、仮に弾が真下や斜め下に少しそれても胸腔(肺や心臓などの臓器が収められた場所)に当たるような瞬間を撃つようにしています。ちなみに腹部に当ててしまうと何時間も死なず、一度手負いとなったクマをうかつに深追いするのは非常に危険。また、心臓を撃ち抜いてもすぐには倒れず、時には30~40メートル走ってから倒れることもある。その状態で茂みに入られると、ちゃんと仕留められただろうか、もし生きていたら逆襲されるかもしれないという恐怖と闘いながら、ヤブに入って死亡確認をする羽目になります」

対ヒグマ用ライフル銃の実弾【写真:ENCOUNT編集部】
対ヒグマ用ライフル銃の実弾【写真:ENCOUNT編集部】

そろそろ撤収というタイミングで、突然近くの茂みから物音が…

 銃の仕組みやクマの生態についての説明を受けながら、狩猟者以外の立ち入り自粛を要請する看板と施錠されたゲートで封鎖された林道を中心に歩みを進める。時折オスジカの鳴き声が遠くから聞こえるものの、ヒグマの気配は薄いという。

「あそこにコクワ(サルナシ)の実がなっていますね。クマの好物ですが、あれだけ低い位置に残っているということは、今年はやはりドングリが豊作なんでしょう。クマは雑食と言われますが、解体してみると消化器系は肉食動物としての傾向が色濃く残っています。炭水化物や脂質の豊富なドングリやハイマツの実は例外ですが、それ以外の大半の植物では効率よくエネルギーを摂取することができない。手に入るなら、肉や魚に対してものすごく執着する性質を持っています」

 ふいに石名坂氏が足を止める。「あ、あれはクマですね」。指さす方を見ると、トドマツの大木にギザギザとした跡が残っている。ヒグマの爪痕だという。

「大半の針葉樹はクマにとって餌のなる木ではないのですが、ヤマブドウやコクワの蔓が巻き付いている木には、このような爪痕が残っていることが時々あります。また『背こすり木』といって、エゾマツやトドマツの樹液の匂いに興奮作用があるのか、爪でひっかいたり背中をこすって、マーキングしたり仲間同士でのコミュニケーションをとったりしているようです。ちなみに、これはだいぶ古い爪痕ですね。少なくとも今年つけられたものではなさそうです」

 人に対する警戒心が薄いヒグマの個体は日中に活動することが多いというが、シカの場合は早朝と日没直後に活動のピークがあるという。日中の猟となったこの日はシカとの遭遇機会にもあまり恵まれず、帰京の飛行機の時間も迫りそろそろ撤収というタイミング。突然近くの茂みから物音がし、にわかに緊張が走る。

「……シカですね。4~5頭いる。せっかくの機会なので後を追ってみましょう。事前に合図をしてから撃つようにしますが、かなり銃声が大きく、至近距離で聞くと難聴になってしまうこともあるので、両手で耳を覆うように。この先は絶対に私の前には出ないでください」

 ささやぶの中に足を踏み入れ、足を取られながら必死に銃を背負った後ろ姿についていく。見通しのよいところで前方の石名坂さんが足を止める。

「ダメですね。そんなに遠くまで逃げて行った感じはしなかったんですが」

 結局往復10キロ、約4時間の山歩きで発砲まで至ることはなかった。同行取材としては空振りという結果に終わり、残念な反面、ヒグマと遭遇したときのことを考えるとホッとした部分もあった。

 撤収時にしきりに注意を促されたのが、皮膚や衣服についたマダニの目視確認の重要性だ。西日本ではSFTS(重症熱性血小板減少症候群)や日本紅斑熱、北海道ではライム病やダニ媒介脳炎のウイルスなどを運ぶマダニは、クマ以上に身近なリスクの1つ。成ダニは2~3ミリ、幼ダニは1ミリ程度だが、注意深く探せば肉眼でも見つけることができる。屋外活動後の入浴時には、マダニがついていないかを確認し、もし皮膚に食いついているダニを見つけたり、野外に出た数日後に発熱した場合は、すぐに医療機関を受診することが肝心だという。

「もし自分でマダニを取ってしまった場合には、食いついたダニがどの病原体を持っていたのかを調べてもらうため、ジップロックなどに入れて冷凍し、医療機関受診時に持参することを勧めます。人身被害が分かりやすいのでクマばかりが話題になりますが、実はクマよりも恐ろしいのがシカによるマダニの増加。市街地周辺を歩き回るシカの耳にマダニがびっしりとついているのを、何度も見たことがあります。

 シカやイノシシは全国各地で増え続けていて、それによってマダニが媒介する感染症のリスクが高いエリアも拡大してきている。静岡でもSFTSの患者が複数出ていますし、千葉でも患者発生の報告がある。神奈川や東京だってもう危ない。マダニや感染症対策の観点からも、クマに限らず、野生動物全般の市街地侵入対策を講じていく必要があると感じています」

 野生動物による人の生活圏への侵攻は、目に見えにくい形でも広がっている。

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