学生時代は“野球漬け” 30歳俳優・宮沢氷魚が“声”だけで表現する新境地で魅了「ごまかしはきかない」

俳優の宮沢氷魚(30)が、村上春樹氏の小説『国境の南、太陽の西』を朗読したオーディオブック(聴く本)が今月15日から、Amazonオーディブル(Audible)で配信されている。初めて朗読に取り組んだ宮沢にとって、貴重な経験となった様子。“声”だけで表現した初挑戦の収録エピソード、人生観などについて聞いた。

宮沢氷魚が朗読したオーディオブックの配信が始まった【写真:北野翔也】
宮沢氷魚が朗読したオーディオブックの配信が始まった【写真:北野翔也】

朗読は「聴く人の想像力にゆだねることを意識」

 俳優の宮沢氷魚(30)が、村上春樹氏の小説『国境の南、太陽の西』を朗読したオーディオブック(聴く本)が今月15日から、Amazonオーディブル(Audible)で配信されている。初めて朗読に取り組んだ宮沢にとって、貴重な経験となった様子。“声”だけで表現した初挑戦の収録エピソード、人生観などについて聞いた。(取材・文=大宮高史)

 村上氏の『国境の南、太陽の西』は1992年に書き下ろされた。主人公で語り手の「始」を軸に、10代の少年少女の多感で複雑な関係、そして大人になって再会してからの不倫が描かれる。10代の時の経験と突然の再会が、「僕(始)」の人生に影を落とす。宮沢にとって、手探りで始まった収録だった。

「分からないことだらけで、自分なりに何パターンも練習をした上で初めての収録に臨みました。初回の収録ではまだ課題ばかりでしたが、過去のAudibleの作品を聴いていくうちに、自分の中では『あまり感情を乗せすぎない方がしっくりくるな』という考えに至りました。最初の収録では言葉の抑揚もトーンが低すぎたのですが、メリハリをつけつつも聴く人の想像力にゆだねることを意識しました」

 アニメ映画『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』(2022年)で声優経験はあったが、1人で語りのパートからセリフまでを担う朗読は初めてだった。

「映像もなくて、自分の声だけで全てを表現していくのでごまかしがききません。丸裸にされた感覚というか、うわべだけの演技で取り繕っても見抜かれてしまうなと思いました。村上春樹さんが書いた言葉を信じて、背伸びせずに等身大の自分にできる声で物語を届けようとしました」

 物語の中で、大人になった主人公は小学校時代の同級生・島本さんと再会し、道ならぬ恋に落ちてしまう。

「演じながら、主人公には許せない行為もあるし、共感できないところも多いです。一方で、『人は無意識のうちに他人を傷つけているかも』という思いにも至りました。この小説の『僕』は、自分のやった過ちを素直に認めることができます。なかなか凡人にはできないことですが、僕も『もっと素直に気持ちを伝えたい』と思いつつ、その行動に伴う責任も受け止める必要があるように思います」

 自分自身は、感情に流されにくい気質だという。

「自分の怒りなどの感情は、人にぶつけても無駄だと思っていて。その延長線上なのか、悩み事なども全部自分で解決してしまいがちです。役作りの話を他者と交わすこともないですね。真面目な話題は本当に信頼できる友人に話す程度で…たまにはもっとオープンに生きてみたいですね」

高校時代までは、野球に打ち込んでいた宮沢氷魚【写真:北野翔也】
高校時代までは、野球に打ち込んでいた宮沢氷魚【写真:北野翔也】

野球漬けから俳優へ「人は変われる」

 一方で、モデルや俳優を経験するうちに「人は変われる」と実感するようになったという。

「今作の島本さんのセリフに『一度カチカチに固まってしまったものは、もう変わらないのよ』というニュアンスのものがありました。昔の僕ならうなずいていたと思いますが、多くの人や作品に出会ってきて、皆さんの生きざまを見ていると今は『変われるからこそ成長できるし、俳優を続けられる』と考えるようになりました」

 宮沢自身も、芸能界に入り人生が変わった。高校時代までは、本気で野球に打ち込んでいた。

「クラブチームと学校の野球部を掛け持ちして、土日もずっと野球の練習で埋まっていました。遊園地で遊んだりデートする経験もなかったですね。そんな日々から留学して海外の大学に進んだとき、何となく興味があったドラマや映画の世界が将来の道に浮かんできました。挑戦しないと、一生後悔するだろうなと思って進路を決めました」

 2015年に男性ファッション誌『MEN’S NON-NO』の専属モデルで芸能界デビュー。それから表舞台に立ち続け、Audibleでも新しい感覚を得た。

「もっと言葉を大切にしたいですね。映像や舞台にあるその場の空気感に頼らないで、自分が今話している言葉とそこに込められたものを理解して、お届けしていきたい。今の時代、ついつい視覚的な情報に頼ってしまいますが、テレビも映画もない時代があったわけですし、話芸ってシンプルな娯楽だと思います。情報をシャットダウンして、耳から入ってくる言葉で想像をふくらませて欲しいです。そのための芝居は自分にとってもこれから絶対役に立ちます」

 今後の俳優としての抱負を聞くと「今、具体的にこうありたいというより、やりきったと思えるところまでいってみたいです」と答え、ストイックな人生の理想を明かした。

「もし俳優をやっていなかったとしても、人生で何か一つの物事について『これ以上ないほどやりきった』という体験を味わいたいですね。同時に、その境地に行きつくことは絶対ないだろうなと思う自分もいます。この不可能な目標を追い続ける覚悟がないと、人として大きな成長はできないと思っています。常に何かに飢えた状態で突き進んでいった方が、得るものも喜びも大きいです」

 自ら選んだ道に、到達点はない。終わりなき芸を追求し続ける。

□宮沢氷魚(みやざわ・ひお)1994年4月24日生まれ、米国・カリフォルニア州サンフランシスコ出身。ドラマ『コウノドリ』第2シリーズ(2017年)で俳優デビュー。以後、ドラマ『偽装不倫』(19年)、NHK連続テレビ小説『エール』(20年)、映画『騙し絵の牙』(21年)では日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。舞台『ピサロ』(22年)他、話題作に出演。初主演映画『his』(20年)では、数々の映画賞受賞。22年NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』にレギュラー出演。23年映画『エゴイスト』にて、アジア全域版アカデミー賞「第16回アジア・フィルム・アワード」(AFA)、毎日映画コンクールでは“助演男優賞”、日刊スポーツ映画大賞石原裕次郎賞を受賞した。24年1月期TBS日曜劇場『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』、映画『52ヘルツのクジラたち』に出演。今後は25年放送予定NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』への出演も決定している。

■Audible作品概要
タイトル:『国境の南、太陽の西』
著者:村上春樹
ナレーター:宮沢氷魚
配信日:2024年11月15日
作品URL:https://www.audible.co.jp/pd/B0DLL5GBBS
Audible公式URL:https://www.audible.co.jp

スタイリスト:Masashi sho
ヘアメイク:森上マリコ

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