眼窩底骨折、右肩脱臼に左ヒザ前十字靭帯断裂…度重なる怪我にも不屈の闘志 野崎渚がリングに立ち続けるワケ
最近また、プロレス技の危険度が注目される場面があった。震源地はSareeeの裏投げだが、プロレス技の危険度に関する話は定期的に話題に上る。実は最近、Sareeeの裏投げで「死にかけた」と証言した女子プロレスラーがいた。野崎渚である。そこで今回は18年のキャリアの間に何度も大けがを負った経験を持つ野崎に、プロレス技の抱える危険度という“宿命”とどう向き合うかを聞いた。
プロレス技の“危険度”がたびたび話題に
最近また、プロレス技の危険度が注目される場面があった。震源地はSareeeの裏投げだが、プロレス技の危険度に関する話は定期的に話題に上る。実は最近、Sareeeの裏投げで「死にかけた」と証言した女子プロレスラーがいた。野崎渚である。そこで今回は18年のキャリアの間に何度も大けがを負った経験を持つ野崎に、プロレス技の抱える危険度という“宿命”とどう向き合うかを聞いた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
「私、首が取れたかと思って。え、(首はちゃんと)ある? と思って。もう怖かった……」
冒頭から恐ろしい描写を頭に思い浮かばせる言動を発したのは“Angel of Death”野崎である。キャリア18年を数える野崎に対し、「過去にこの人のこの技がヤバかったというのは何があったか?」と問うと、「近々でもないですけど……」と口にした後に話し出したのが、以下のエピソードだった。
「覚えているのは、私、彩羽匠(マーベラス)、水波綾の三つ巴があったんですよ(2019年7月15日、新宿FACE)。シングルマッチ2連勝しないと終わらないっていう。で、仕方ないんですけど、彩羽匠とやって勝って、その次に水波綾が出てきます。その時、ド頭に受けたラリアット、こいつ狂ってると思いました」
いったい、何が狂っていたのか。
「勝ちたいから当然、(水波は勢いよく来るし)私も(彩羽戦の)ダメージがあるから、よりそう思ったんですけど、そのラリアットで私、首が取れたかと思って。え、(首はちゃんと)ある? と思って。もう怖かった……」
そう言って野崎は自身の恐怖体験を振り返りながら、「私、これ嫌かもこの試合(と思って)。その一撃でその三つ巴、一気に嫌になったので……」と明かした。
実際、映像も確認したが、野崎は一撃目の攻撃(※実はラリアットではなく別の技)を受けながら、それでも対応しつつ、そこからラリアットや大技を食らった後、水波に固められて敗戦のゴングを聞いた。
「早く終わらせたいと思いながら、全然、勝てなくて(※連勝できなくて)。どんどんどんどん回ってきて……。何周もしていた記憶があります。その度に、『首が、首が……』と思ってましたね」
記録によると、結局、3巡までした試合は、最終的に水波、野崎に2連勝した彩羽に軍配が上がり、計7試合、32分18秒の熱戦に終止符が打たれた。
高橋奈七永はSareeeの“裏投げ”で「脊柱起立筋損傷」に
さて、最近また、プロレス技の危険度が注目される騒動があった。今月2日に北海道・札幌で開催されたマリーゴールドの昼夜興行。夜の部ではワールド王者・Sareee、UN王者・青野未来の王者コンビが、林下詩美、高橋奈七永のマリーゴールド実力者コンビと対戦した際のこと。Sareeeの裏投げにより、高橋が脳天からリングに突き刺さりヒヤッとする場面があったのだ。
こちらも映像を確認したが、確かにエグい角度で脳天からリング上に落とされている。もちろんSareeeとしては故意に落としたはずがないどころか、勝手知ったる高橋に対して裏投げを繰り出した結果がそうなっただけのこと、という意識はあるだろう。
それでも高橋は出場するはずだった、その後の大会も大事をとって欠場。その後、14日に後楽園ホールで予定されたSareeeとのタイトル戦も、12月13日、新宿FACE大会に延期されることが発表された。
高橋の診断名は「脊柱起立筋損傷」だったが、高橋はすでに引退を視野に入れており、これまでの蓄積ダメージが積もり積もった結果が出た、という雰囲気なのが本当のところに違いない。
そして、実は野崎も、札幌大会の昼の部で闘ったSareeeに裏投げを食らっている。その時に感じた心境を改めて野崎が振り返る。
「あの時は、『危ねえ!』としか思わなかったですね。試合中って、自分を客観的に見れるわけじゃないので、やられている時ってわからない。でも、あ、これ絶対にヤバい。(マットに首が)刺さると思った瞬間に、いつもよりもちょっとでも首を引くとか、カラダを逃すとか対処してる感じで、あとなんとか大丈夫だったって感じだったんですけど、後で映像を見たら、ガッツリじゃねえか! って。よく生きてたなあって。あれは危ない気はしますけどね」
そこまで話した野崎は、「でも、仕方がない。食らわないように気をつけようと思います」と言葉をつないだ。非常にポジティブな物言いだった。
とはいえ、Sareeeに食らった裏投げに関しては、「ホント一瞬の出来事で、一個何かを間違えると、たぶん私は動けなくなっているだろうな」「私は裏投げで死にかけましたけど、なんとか(なった)」と野崎は言う。
そんな話を聞くと、プロレスとはつくづく危険と隣り合わせにいることを改めて感じさせられるが、試合に関しては、最前線でリングに立ち続けるのか否かによっても、けがに関する遭遇頻度は大きく変わってくるように思う。ひとつの興行のメインを任せられるのとそうではないのでは、心身面でのストレスも違ってくると考えるからだ。
野崎の場合は、過去に眼窩底骨折、右肩の脱臼や左ヒザの前十字靭帯断裂などの大けがを何度も負い、その度に一定期間、戦線を離脱している。とくに2009年6月に右肩を脱臼した際は手術→リハビリを終え、2010年8月に復帰を果たすものの、わずか1週間後に再脱臼。2011年7月に再手術を受けたが、それでも調子が悪く、2015年にまた手術と、入退院を繰り返す生活を余儀なくされた。
「あきらめの悪い女」と笑う真意
「リング上でけがをした場合は、そんな見せたくないものを見せてしまっているわけだから、私にはこの仕事は向いていないのかな……と思ったこともありました。左ヒザの前十字靭帯をやった時は、腰のヘルニアもあって、椅子に長時間座っていられなかった。それに(大きな)けがをして、リハビリがうまくいかなかったりすると、次に大きなけがをしたら辞めよう……とか、思ったこともあったのに、結局、辞めたい、にはならなくて……。だから、あきらめの悪い女ですね」
野崎は冗談まじりにそう言って笑って見せたが、自分を「未練がましい女だ」と思うこともあったという。
「私が去年フリーになったのも、けがをして休んでいる間に、どうせこのままプロレスラーを続けるのであれば、今までとは違う景色が見られるかもしれないと思った部分があって。実際にそれまで出たことがない団体に出るようになって、フリーだから全部やらなきゃいけないのは大変だけど、今まで見たことがない新しい景色が見えて、今は楽しさも知って。それって私がけがをしたからこそ、いろんな思いを経験してたどり着いたのだと思うから、今は、けがをしたお陰だとも思えるし、あの時に辞めなくてよかったと思っていますね」
そこまでの境地に至った野崎に対し、蒸し返して申し訳ないが、Sareeeの裏投げを食らうと危険だと分かってしまった今、「食らわないように……」とは思っても、次に食らって大変なことになったら……とは考えないものなのか、とあえて聞いたところ、野崎は「対人なので、100%はないと思うんです。だから(Sareeeの裏投げは)意地でも投げられないように対処します。というか、リングに上がることに怖さを感じるのであれば、それこそ辞める時だと思いますね」と話した。
それだけ腹をくくり、不屈の闘志を燃やしてリングに上がっていることがダイレクトに伝わってくる話だが、確かに「怪我」とは読んで字の如く、「我が怪しい」と書く。要は、相手の問題以上に、己のコンディションや選手個々のメンタル面にも関わってくる部分が非常に大きい。また、選手によってどの程度のレベル(位置)で試合を続けていくのか。それによっても変わってくるように思う。
いずれにせよ、プロレスがコンタクトスポーツである限り、けがとの遭遇は避けられない。
選手においては常にそれを念頭に置くことを最優先に、また、運営側はこれまで以上に安全面の強化を視野に入れながら、リングを巡るビジネスと真摯(しんし)に向き合っていくしかない気がする。