猟友会“ストライキ”報道が波紋 発砲処分は「警察側の責任回避」、問題の背景を現役ハンターが解説
北海道猟友会が、自治体からのヒグマ駆除の要請に原則応じない方針を示しているとの報道が、大きな波紋を呼んでいる。背景にあるのが、2018年に砂川市の駆除要請を受け発砲した猟友会の男性が、銃の所持許可を取り消されたことを巡る訴訟だ。先月の二審判決では男性が逆転敗訴。全国の猟友会で自治体からの駆除要請に難色を示す声が広がっている。今後、誰がクマの駆除を担っていくべきなのか。公益財団法人「知床財団」の職員として長年知床でヒグマ対策に従事後、現在は独立し鳥獣対策コンサルタントとしてクマ問題の解決に尽力しているハンターで獣医師の石名坂豪氏に、猟友会依存のクマ駆除が抱える構造的な問題について聞いた。
報奨金で折り合いがつかず、地元猟友会が自治体の要請をストライキする事例も
北海道猟友会が、自治体からのヒグマ駆除の要請に原則応じない方針を示しているとの報道が、大きな波紋を呼んでいる。背景にあるのが、2018年に砂川市の駆除要請を受け発砲した猟友会の男性が、銃の所持許可を取り消されたことを巡る訴訟だ。先月の二審判決では男性が逆転敗訴。全国の猟友会で自治体からの駆除要請に難色を示す声が広がっている。今後、誰がクマの駆除を担っていくべきなのか。公益財団法人「知床財団」の職員として長年知床でヒグマ対策に従事後、現在は独立し鳥獣対策コンサルタントとしてクマ問題の解決に尽力しているハンターで獣医師の石名坂豪氏に、猟友会依存のクマ駆除が抱える構造的な問題について聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)
知床財団は、北海道の斜里町の出資により1988年に設立(2006年に羅臼町も共同設立者として参画)。世界遺産知床の自然を守り、よりよい形で次世代に引き継いでいくためのさまざまな活動をしている。その一方、認定鳥獣捕獲等事業者としては国内で唯一、銃によるヒグマ駆除を認められてきた事業者でもある(24年9月末時点)。
そんな知床財団の職員として、道内でも特にヒグマ被害の多い知床地域で長年捕殺を含む総合的なヒグマ対策に従事していた石名坂氏。獣医師の資格も持ち、ハンター歴は26年、ヒグマの捕獲実績は30頭を超えるというベテランだ。昨年、知床財団を離れ「野生動物被害対策クリニック北海道」を設立。現在は鳥獣対策コンサルタントとしてクマスプレー使用法の講習や市街地でのヒグマ対策などの研修講師を行う傍ら、北海道庁のヒグマ専門人材バンク登録者やNPO法人「エンビジョン」の臨時スタッフとして、道内各地のヒグマやエゾシカの問題にも関わっている。
なぜ、長年勤めた知床財団を離れ、起業に至ったのか。
「知床財団の職員としては、知床以外の地域から派遣要請を受けても応えにくかったという事情があります。きれいごとを言えば、北海道内各地で深刻化し始めたヒグマ問題に、もっと対応できるようにしたかったというのが理由の一つ。他の理由としては、ヒグマの捕獲が民間事業者の職員がきちんとした『業務』として行うにはあまりにリスクが高すぎるという点があります」
知床財団では近年、職員の世代交代を視野に、猟銃持参で現場に出る際の危険手当を新設したという。その際、上司が決定事項として一方的に提示してきた金額が「あまりにも安すぎた」と石名坂氏は語る。
「極めて危険な業務を、個々の職員のボランティア精神頼みで今後もずっと続けろというのに等しかった。自分自身は経験値優先、あるいは地元猟友会の一員でもあるという考えで、手当なしの時代からずっとやってきてしまっていました。しかし、管理職になって、子どもが生まれたばかりというような若い猟銃所持者の部下を、そんな金額でクマ駆除の危険な現場に行かせることに拒否感を抱いてしまって。また、自分たちのこれまでの努力や地域への貢献が軽んじられたという怒りも大きかった」
現状クマの有害駆除はほとんどが猟友会に依存しており、知床財団のような存在は極めてまれだ。国から事業として捕獲を認められている認定鳥獣捕獲等事業者のうち、装薬銃(火薬を用いた銃)によるクマ類の駆除を認められた事業者は全国でわずか7つ、そのうち岩手と栃木では県猟友会が兼ねている。猟友会も全国各地で高齢化や担い手不足が深刻化しており、北海道・奈井江町では日当8500円(発砲があった場合は1万300円)という報奨金で折り合いがつかず、地元猟友会が自治体の要請をストライキする事例も発生している。
「出動の報奨金は自治体によってバラバラで、実は奈井江町より安い金額の市町村もたくさんあります。『こんなはした金で危険な仕事をやってられるか』というハンター側の気持ちもよく分かる。一方で知床の場合は極端に出没件数が多く、ハンターの出動が年間100回以上になることもあり、その度に複数のハンターに出動を要請すれば、一市町村の財政ではあっという間にパンクしてしまいます。いずれにしても、猟友会にしろ民間事業者にしろ、個々人のボランティア精神頼みの現状は早晩限界を迎えるでしょう。今回クマ類が指定管理鳥獣になったのを機に、もっと報奨金についてオープンな議論を行い、国から交付金として支給する形で統一した金額の基準を作るべきだと感じます」
市の要請で発砲したハンターが処分、裁判では二審判決で逆転敗訴に
一連の問題にさらに深刻な影を落としているのが、冒頭の砂川市の裁判だ。2018年、砂川市からヒグマ駆除の要請を受けたハンターが、住宅の方向に発砲したとして書類送検(その後不起訴処分)され、銃の所持許可を取り消された。男性が処分の取り消しを求めた訴訟では、一審で道公安委員会の処分が違法とされたが、先月18日の二審判決では男性側が逆転敗訴となった。石名坂氏が解説する。
「市街地、法律用語でいう住居集合地域での発砲は、鳥獣保護管理法などで禁止されており、警察官職務執行法に基づく警察官の発砲命令がないと原則できませんが、実はこの住居集合地域の定義がはっきりと定められていない。周囲に家屋が少なく、バックストップ(銃弾が止まる柔らかい障害物、主に土の斜面のこと)がちゃんとあれば、通常の鳥獣法の枠内の発砲で大丈夫と解釈されてきた部分が長らくありました。発砲した方向の上方に住宅があったとして処分されたのが、問題になっている砂川市のケースです。
後の事務処理が煩雑なためか、道警は一部の県警と比較して警職法の発砲命令を出すことに消極的なようで、公表されているのは過去に数例しかありません。一方で鳥獣法の枠内で迅速に対応しようとすると、何か事故が起きた場合には最終的に引き金をひいたハンター個人の責任になってしまう。警察側の責任回避ではないかという批判ももっともだと思います」
石名坂氏が独立して「野生動物被害対策クリニック北海道」を立ち上げたのも、猟友会だけに依存したクマ問題解決に対し、新たな糸口を探るためだという。
「猟友会は、職業猟師ではなく普段は別の仕事をしている方々が中心で、言ってしまえば釣り同好会のような趣味の組織。たいていは指揮系統が曖昧で、土日以外は出動できないというハンターも多い。また、中には危なっかしい腕の人や獲物が目に入ると周りが見えなくなるような性格の人もいますが、趣味の組織だと、そのような人を排除して信頼できる人だけに出動してもらうというような調整が非常に難しい。そのため前職では、市街地周辺の微妙な場所でのヒグマ対応時には、一般猟友会員をたくさん呼ぶことは役場になるべく避けてもらって、自分が前へ出て発砲して駆除してしまうようなケースも多かった。
ただ、趣味のハンティングよりも業務としての鳥獣捕獲に数多く携わってきた身としては、仕事としてクマ駆除を行うのはリスク管理が本当に難しい。職種としては本来、消防士や警察官に近い性質のもので、このような危険な仕事はきちんとした身分の保証か、高い報酬のどちらかがないと成立しないものだと考えますが、野生動物の世界はそのどちらも成立しづらい。前職では基本的に前者的な在り方を模索しましたが、正直うまくいかなかった。独立した今は後者の在り方についても探っていますが、野生動物相手の仕事はあまりもうからない。動物病院を開業したり、公務員の獣医職をやっている大学の同期で、私より収入の低い人はおそらくいないでしょう。危険を伴う仕事でもあり、自分一人であれば個人の判断で何とでもなりますが、人を雇うことには消極的にならざるを得ません」
クマによる被害が後を絶たないなか、今後誰がクマの捕獲を担っていくのか。「本来なら、警察が専門のクマ対策チームを新設するのが最善手だと思いますが……」と石名坂氏。猟友会でも警察でもない“第3の選択肢”として民間事業者の取り組みも注目されるが、いずれにせよ、住民の安全を守るために一刻も早い対応が求められる。