主演は79歳、全編モノクロ…商業映画の“逆張り”東京国際映画祭3冠『敵』の世界観に没入【記者コラム】
第37回東京国際映画祭(10月28日~11月6日、会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区)で、吉田大八監督、長塚京三主演の『敵』(来年1月17日公開)が、最高賞の東京グランプリ、監督賞、男優賞の3冠に輝いた。日本映画のグランプリ受賞は、根岸吉太郎監督の『雪に願うこと』(2005年)以来19年ぶりの快挙となった。
79歳・長塚京三が主演
第37回東京国際映画祭(10月28日~11月6日、会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区)で、吉田大八監督、長塚京三主演の『敵』(来年1月17日公開)が、最高賞の東京グランプリ、監督賞、男優賞の3冠に輝いた。日本映画のグランプリ受賞は、根岸吉太郎監督の『雪に願うこと』(2005年)以来19年ぶりの快挙となった。
香港を代表する俳優で審査委員長を務めたトニー・レオンは同作について、「本当に心打たれる素晴らしい映画です。ユーモアのセンス、素晴らしいタッチ、そしてエレガントで映画的表現として新鮮な作品。すべて完璧に仕上げていました」と語った。長塚の演技には「スクリーンに登場したその瞬間から、その深みと迫真性で私たちを魅了しました」と評した。
『敵』は筒井康隆氏が1998年に発表した同名小説が原作。主人公は大学教授の職を辞めて、10年、愛妻にも先立たれた渡部儀助、77歳。大きな古い日本家屋に暮らし、年金と講演料、原稿料を計算しつつ、「それが尽きたら死ぬ時だ」と決め、遺言書も書いている。自分で料理を作り、晩酌を楽しみ、バーにも足を運び、時折、自分を慕う教え子とのひと時をひそかな楽しみとしている。そんな、ある日、パソコン画面から「敵がやって来る」とのメッセージが流れてくる……。
東京国際映画祭にはプレス&興行関係者向けの試写会も用意されているが、私はスケジュールが合わず、ワールドプレミアの初回にチケットを購入して見た。平日午前(10月31日10時)とあって、観客は半分くらいの入りだったが、上映後は盛大な拍手も起こった。
実際、すごい作品だった。日本映画の主人公は若者ばかりだが、主演は79歳の長塚京三。さらに、商業映画では、ほとんどお目にかからない全編モノクロ作品。言ってみれば、“逆張り”の映画である。
しかし、モノクロは見始めると、全く気にならない。人間の目は色のない部分を勝手に補正する機能があるのだろう。むしろ、色がない“余白”を楽しみ、その世界観に没入した。モノクロが効果を上げている。
前半は元大学教授の日常生活の描写がほとんどで、見事な包丁さばき、物置の片付けといった丁寧な生活ぶりに魅せられてしまう。年下の友人(松尾貴史、松尾諭)、教え子・鷹司靖子(瀧内公美)、バーで知り合った大学生・菅井歩美(河合優実)との交友が続く中、次第に、不穏な空気が流れ、見ている世界に違和感を覚え始める。さらに、「敵」のメッセージが表面化し、亡き妻・信子(黒沢あすか)の登場辺りから世界観が一変する。その仕掛けには理由があるのだが、見る人の楽しみに取っておくのがいいだろう。
上映後のQ&Aに登壇した吉田監督によれば、モノクロを選んだのは、映画を作るに当たって、日本家屋が登場する古い映画を見ていたら、「なんとなく影響を受けた(笑)」とのこと。「企画会議でも、プロデューサーに止められなかったから」と笑っていたが、トニー・レオンの講評でも分かる通り、これがエレガントな映画的表現になっている。
吉田監督と言えば、『桐島、部活やめるってよ』や『紙の月』などが代表作だが、時折、挟み込まれるユーモアのセンスが抜群。その源泉は筒井康隆さんの小説にあるといい、「僕は10代の時からの筒井先生の愛読者だったので、センスの7割くらいが筒井さんでできている」と話していた。
原作者・90歳の筒井康隆氏も「よくぞモノクロで」
90歳になった筒井氏も映画の公式サイトに「すべてにわたり映像化不可能と思っていたものを、すべてにわたり映像化を実現していただけた。 登場人物の鷹司靖子、菅井歩美、妻・信子の女性三人がよく描き分けられている。 よくぞモノクロでやってくれた」とコメントしている。筒井ファンも必ず満足できるはずだ。
受賞会見で長塚は「ボチボチ、引退かなと思っていたので、奥さんはガッカリするでしょうけど、もう少し、この世界でやってみようかな」と話していた。以前、『お終活 再春!人生ラプソディ』でのインタビューでも、「日本では映画は若い人のものだからね」とシニアの活躍の場がないことを嘆いたが、まだまだ頑張っていただきたい。
ちなみに、同映画祭は10日間で208本を上映し、6万1576人(前回74841人、82.3%/219本、95.0%)を動員した。(平辻哲也)