50歳で1人2役に本格挑戦 井浦新、腰痛悪化で主演辞退も監督の決断に応えた新境地

俳優の井浦新(50)が一人二役で主演した日仏合作映画『徒花-ADABANA-』(甲斐さやか監督)がテアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほかで全国順次公開中だ。クローン化が可能になった近未来そう遠くない現代を舞台に、余命を宣告された主人公・新次(井浦)が、まったく見た目が同じクローンの人間「それ」と対面する自分自身を見つめ直していくSF人間ドラマ。井浦は「演技というより、実験という感じがしました」と振り返った。

クランクイン前にアクシデントが襲った【写真:舛元清香】
クランクイン前にアクシデントが襲った【写真:舛元清香】

甲斐監督作品への出演は2作目

 俳優の井浦新(50)が一人二役で主演した日仏合作映画『徒花-ADABANA-』(甲斐さやか監督)がテアトル新宿、TOHOシネマズ シャンテほかで全国順次公開中だ。クローン化が可能になった近未来そう遠くない現代を舞台に、余命を宣告された主人公・新次(井浦)が、まったく見た目が同じクローンの人間「それ」と対面する自分自身を見つめ直していくSF人間ドラマ。井浦は「演技というより、実験という感じがしました」と振り返った。(取材・文=平辻哲也)

『徒花』は咲いても実を結ばない花という意味。甲斐監督が20年以上をかけて構想したオリジナル作だ。舞台は人間のクローン化が可能になった世界。井浦が演じるのは、裕福な家庭に育ち、妻子にも恵まれた実業家の新次。ところが、重い病を患い、施設で療養を続けており、「それ」と呼ばれるクローン人間の体を使っての延命手術の日を待っている。臨床心理士のまほろ(水原希子)からの提案で過去を振り返る中、「それ」との対面を希望する。

 井浦の甲斐監督作品への出演は、少年失踪事件を題材にした『赤い雪 Red Snow』(2019年)の記者役以来、2作目となる。

「『徒花』の話はその頃からお話を伺っていました。『新さんとまた一緒にやりたい』と言っていただき、監督と一緒に映画を作れる、本当に生きている実感が味わえる映画ができるんだ、というのがモチベーションになっていました」と、監督への絶対的な信頼感を寄せる。

 ところが、2022年のクランクイン前にアクシデントが襲う。腰痛の悪化だった。

「『徒花』に入る前にやっていた仕事(WOWOW『連続ドラマW 両刃の斧』22年)もメンタルもフィジカルも使い切らないと乗り越えられない仕事でした。案の定、無理がたたって、腰を痛めてしまいました。このまま撮影に入っても、『徒花』の世界観をちゃんと表現できないと思い、甲斐監督には『迷惑かけたくなかったので、主演を替えてください』と相談しました。でも、監督は撮影時期を変えてまで僕にこだわってくれました」

 主人公のような体の問題を抱えたことも、役を考える上でヒントになった。

「人間の体はすごいと思いました。簡単に壊れるし、修復していく。あの時は、少し前のめりすぎちゃったんです。作品のエッセンスを全部自分の心と体に落とし込んでいき、自分の許容量を超えてしまった。今までは気力だけでもなんとか乗り越えていましたが、年齢を重ねると、そうはいかないのだと感じました」

本格的な1人2役を演じた【写真:舛元清香】
本格的な1人2役を演じた【写真:舛元清香】

自身初の本格的な1人2役は「だいぶ難しい」

 体にトラブルを抱えながら撮影だったが、それが生きる実感にもつながった。

「『徒花』は近未来の話で、新次というキャラクターは富裕層の人間ですが、権力を持ったり、お金に余裕があったのなら、延命のために体を治したい、という考えも働くのだろうな、ということは理解できました。監督の世界が脚本の時点で素晴らしく、美しくて怖い世界だったので、これを映像に残していけたらいいと思っていました」

 劇中では、主人公とクローン人間の“それ”をどう演じたのか。

「最初に新次を撮ってから、“それ”を演じました。1人2役をここまでしっかりやったのは初めてです。一つのエンジン(体)から2つを生み出すので、負荷はだいぶかかります。これを芝居だと思うと、だいぶ難しいと思うんですが、甲斐監督と話し合って、演技ではなく、これは文化人類学的な実験だと思いました。人間がクローンと対面で会話をし、そのクローンが感情を持っていたら、その俗物的な人間は何を感じて、どう変化していくのか。世界には臓器売買のニュースもありますし、この世界はSFの遠い世界ではない、と思っています」

 もし自分の体に不具合が出ても、クローン人間の力を借りたくない、と語る井浦自身も9月15日に50歳になった。

「50と言えば、半世紀。数字で見ると、すごいのですが、若い時に抱いていたイメージとはだいぶ違うような気がします。10、20代の頃だったら、50歳はおじいちゃんだと思っていましたが、実際はおじいちゃんとは感じないし、あまり変わっていない。結局、40代の地続きだから、50になったから、改めての思いはないのですが、ここまで生きてこられたのは家族、仲間、携わってくれた人々への感謝の思いはより深まっています。諸先輩から『40代も早く感じたかもしれないけど、50代がさらに加速するよ』と言われたので、楽しんでいきたいです」。今後も健康に気をつけ、俳優業に邁進していく。

□井浦新(いうら・あらた)1974年9月15日生まれ、東京都出身。1998年に是枝裕和監督『ワンダルフライフ』で映画初主演。若松孝二監督『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2012)で日本映画プロフェッショナル大賞主演男優賞、ヤン・ヨンヒ監督『かぞくのくに』(2012)でブルー・リボン賞助演男優賞を受賞。近年の主な出演作に、河瀨直美監督『朝が来る』(2020)、森達也監督『福田村事件』(2023)、今泉力哉監督『アンダーカレント』(2023)、穐山茉由監督『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(2023)、久保茂昭監督『ゴールデンカムイ』(2024)、若き日の若松孝二役を演じた白石和彌監督『止められるか、俺たちを』(2018)の続編となる井上淳一監督『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』マーク・マリオット監督『東京カウボーイ』(2024)、塚原あゆ子監督『ラストマイル』(2024)など。

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