『極悪女王』の時代に生まれたかった― 長与千種イズム受け継いだ彩羽匠が作品を通して感じたこと
9月19日に世界中で配信されたNetflixシリーズ『極悪女王』。ダンプ松本が全日本女子プロレスにおいてどのようにヒール(悪役)を極めたのかを描いた作品は、現代のコンプライアンス全盛の時代において大きな話題となっている。その制作において全面協力をしたのが、ダンプの終生のライバル・長与千種率いるマーベラス。長与の遺伝子を引き継ぐ団体のエース・彩羽匠の存在感にも注目が集まっている中、船橋市のマーベラス道場で彩羽に話を聴いた。
ダンプvs長与の髪切りマッチに心を奪われプロレスラーに
9月19日に世界中で配信されたNetflixシリーズ『極悪女王』。ダンプ松本が全日本女子プロレスにおいてどのようにヒール(悪役)を極めたのかを描いた作品は、現代のコンプライアンス全盛の時代において大きな話題となっている。その制作において全面協力をしたのが、ダンプの終生のライバル・長与千種率いるマーベラス。長与の遺伝子を引き継ぐ団体のエース・彩羽匠の存在感にも注目が集まっている中、船橋市のマーベラス道場で彩羽に話を聴いた。(取材・文=橋場了吾)
彩羽匠は2013年4月にデビューしている。団体はスターダム、相手は里村明衣子。それこそ長与千種直系、かつトップ選手を相手に両国国技館という大舞台だった。スターダムではアーティスト・オブ・スターダム王座を獲得するなど活躍するも、2015年に長与千種が旗揚げ発表をしたマーベラスへ電撃移籍を果たす。
「まだプロレス界のことをよく知らない状態だったので、逆に円満に移籍できたんだなと今は思います(笑)。当時のスターダムは他団体との交流も少なかったですし。今なら一人の選手を育てるのにどれだけ大変かわかるので……。当時は、育ててもらった感謝の気持ちを持ちつつも、憧れの長与さんに教えてもらえるチャンスがあるなら移籍したいと半年間言い続けて、(ロッシー)小川さんが最終的に折れた感じでしたね」
もちろん、彩羽は長与とライオネス飛鳥が一世を風靡したクラッシュギャルズや、極悪同盟が悪名を轟かせていた80年代をリアルタイムで知らない。
「高校生だったときに、学校にあるパソコンを開いたらYouTubeでプロレスの動画がおすすめに出てきたんです。北斗晶さんのことはバラエティー番組で知っていたので興味本位で見てみたら、関連動画に出てきた長与さんとダンプさんの髪切りマッチが出てきて……そこでがっちり心を奪われました。長与さんが負けた試合を見て、もうプロレスラーになりたいと。実は自分が唯一後悔していることって、この時代に生まれてこなかったことなんですよ(笑)。このことは長与さんにも言い続けてきましたし、昭和のプロレスを見てプロレスラーになりたいと思って、現代ではその雰囲気は味わえないと思っていたところに『極悪女王』の撮影協力のお話をいただいたんです。この時代を再現したセットで体験させていたことに、自分の力だけではないんですけど、本当に運の強さを感じましたよね(笑)」
撮影には長与ほかマーベラスの選手が全面協力した。その中で、彩羽は改めて長与の凄さを知ることになる。
「長与さんに憧れてレスラーになった選手はたくさんいます。でも、自分も含めて『長与千種にはなれない』んです。長与さんは、すべてを計算し尽しているんです。指先ひとつにしても、髪の使い方にしても。そしてやられてもやられても立ち上がる。あれだけ型を破ってきた選手なので、色々な人からダメだと言われてきたと思うんですけど、自分の信念を貫いてきたメンタルお化けだと思います。そのハングリーさはプロレスラーには絶対必要だと思いますし、今でも尊敬や憧れが消えることがないですね」
プロレスラーは「殴られても蹴られても立ち上がる」
9月12日、後楽園ホール。『極悪女王』の配信に先駆けて、Netflix主催のイベントが行われた。その中の目玉が、長与プロデュースの「彩羽匠&桃野美桜&Maria&川畑梨瑚vsドレイク森松&永島千佳世&DASH・チサコ&ZAP」の8人タッグマッチだった。
「これは完全にベビーフェイスvsヒールの試合を求められているんだなと思いました。こっちの4人はいつも組んだり戦ったりしているマーベラスの仲間なのでチームワークは問題ないと思ったんですけど、相手に曲者が揃いすぎていて(笑)。当日もバットやパイプ椅子を持ってきてインパクトが凄いですし。チサコさんのダイブ(リング上にあるラダーのてっぺんから、場外のテーブルに寝かせられた彩羽の上に飛んだホルモンスプラッシュ。当然彩羽の下にあったテーブルは完全に破壊された)を食らったときは、内臓が全部飛び出ていったかと思いました」
結果、28分超えの死闘は彩羽がスワントーンボムからランニングスリーという必勝フルコースで、ドレイクにフォール勝ち。そして試合後、「自分たちの仕事は、これです」と超満員の後楽園に彩羽は語り掛けた。
「プロレスを最初に私が見たときに、なんでこんなに殴られるんだろう、蹴られるんだろうと。でもそこから立ち上がるのがプロレスラーなんです。自分がプロレスラーとして見せたいものを見せることができた試合、伝わったと感じた試合だからあの言葉が言えたんです。殴られても蹴られても立ち上がる……大人になったら本気になることってなかなかないと思うんですけど、何かに全力に立ち向かう姿を伝えたかったんです。そして長与さんやダンプさんの時代はもちろん、その前の時代から続く昔から紡いできたものをしっかり見せていかないといけないという使命感もありました」
(23日掲載の後編へ続く)