『何も言えなくて…夏』中村耕一、覚せい剤で逮捕された日は「息子の中学卒業式」 初主演映画と振り返る過去

NHK紅白歌合戦にも出場した「JAYWALK」の元ボーカルでシンガーソングライターの中村耕一(73)が映画『はじまりの日』(日比遊一監督、10月11日公開)で映画初主演を果たした。事件を起こし、音楽を封印し、清掃会社で働く元ロックスターの再起の物語。中村は「自分の過ちを忘れてはいけない」と強い覚悟で俳優業に臨んだと明かす。

インタビューに応じた中村耕一【写真:ENCOUNT編集部】
インタビューに応じた中村耕一【写真:ENCOUNT編集部】

映画『はじまりの日』で映画初主演

 NHK紅白歌合戦にも出場した「JAYWALK」の元ボーカルでシンガーソングライターの中村耕一(73)が映画『はじまりの日』(日比遊一監督、10月11日公開)で映画初主演を果たした。事件を起こし、音楽を封印し、清掃会社で働く元ロックスターの再起の物語。中村は「自分の過ちを忘れてはいけない」と強い覚悟で俳優業に臨んだと明かす。(取材・文=平辻哲也)

 映画は中村の人生を地でいくような物語だ。中村は2010年3月9日に覚せい剤取締法違反で逮捕され、5月には東京地裁で懲役2年執行猶予4年の判決を受けている。JAYWALKはメジャーデビュー30周年という節目の年、事件発覚で記念ライブツアーやイベントはすべて中止に。中村は翌11年3月に同バンドを脱退した。

 映画はかつて一斉を風びしたロックンローラーの「男」が主人公。事件をきっかけに音楽を封印し、ビルの清掃会社で働き、壁の薄いアパートで慎ましい生活を送っている。その隣人で、会社の同僚でもある女(遥海)と出会い、その歌に魅了され、止まっていた人生が再び動き出す……。物語は創作だが、主人公は中村自身をほうふつさせる。しかし、既に中村はミュージシャンとして再出発をしており、14年前の事件を世間に思い出せる映画出演には覚悟がいっただろう。

「事件のことは常に頭にあって。それは頭からなくしちゃいけないなと思っているんです。事件以後は、東京を離れ、名古屋で暮らしていますが、家族を始め、いろんな人たちに助けられました。だから、(自分の過ちを)忘れちゃいけないし、その人達にお返しをしていかなければいけない。事件を背負っていかなきゃいけないなと思っています」

 映画出演は、名古屋を中心に書家・パーソナリティとして活躍する妻・矢野きよ実(62)がきっかけだった。

「僕のカミさんが日比監督の名古屋を舞台にした映画『名も無い日』が大好きで、ロケ地を歩いたり、ラジオなどで勝手に宣伝していたんです。それを知った監督と会食する場があって、紹介されたんです。その後、僕がやった名古屋のコンサートを見に来てくれて、『映画を作りたいんだけど』と言ってくれたのがはじまりです」

 中村はありがたい申し出だと思いながらも断った。

「3回誘っていただいて、3回断ったんです。3回目にお会いした時に、あらかたのアウトラインも渡してくれました。でも、僕は役者の経験もないですし、セリフを話すなんて、とんでもないと思ったんです。それで4回目に会った時に『セリフを少なくしました』というんです」

 その熱意に、心を動かされた。

「歌は、少々歌えたら、『ここで歌わせてください』と言って、叶うこともある。俳優って、『やらせてください』と頼んでできるような仕事じゃないじゃないですか。そんな気持ちが芽生えて、やったほうがいいかな、と。僕は歌をやめるつもりはなく、歌に求めているものがあって、演技をすることで、何か反映できれば、と思ったんです。知らない世界を体験させてもらうことで、歌が変わっていければ、と」

 映画には、中村自身の体験が色濃く反映されているが、何度も会った中、自分の過去を洗いざらい話していたのだという。

「監督はずっとニューヨークで活動していた人なので、僕のことも、事件のことも全然知らなかったんです。アウトラインを読んだ時は、ほぼほぼ僕の身の回りで起こったことだな、と思ってビックリしました。冒頭、裁判官が判決を読み上げるシーンで、『実は私もあなたのファンでした』と言われるのも、僕が体験したことです。これは裁判記録にも残っています」

 実際の裁判では、藤井敏明裁判官(当時)が「年齢を感じたり、つらいこと、苦しいことがあった時、ファンはあなたの歌を聴いて、勇気づけられたのではないですか。裏切ることは2度としないでください」と諭した。

「裁判官の方には、なんて優しい人なんだろう、と思いました。ファンであっても、普通は言いませんよね」

 実際の撮影も、その裁判所での判決シーンからクランクインした。

「撮影のスケジュール的にも、すごく都合が良かったんです。僕自身も裁判のシーンが終わったら、髪を切ろうと思っていたので。実際、14年前も、映画ほどではない短髪ではないですが、髪を切っているんです。(執行猶予中は)家からなかなか出られない。でも、何もしないではいられないので、働き口を探さなきゃ、と思うんですけど、ハローワークで探して、僕の年齢(当時59歳)では清掃会社に入れることができればありがたいと思っていました」

 映画では、その清掃会社での出会いが、男の再起につながっていく。『はじまりの日』は中村の人生にある、もうひとつの可能性といえるかもしれない。

 実際の中村は、判決後、東京の自宅を引き上げ、妻の拠点である名古屋に引っ越し。しばらくは主夫業に専念。長男の高校時代、毎日のように弁当を作り続けた。

「逮捕された日は息子の中学の卒業式で、『終わったな』と思いました。アパートの周りは報道陣に囲まれ、家族にはつらい目にあわせてしまった。僕は、『ここからいなくならないといけない』『存在してはいけない』『そうじゃないと、何も収まらない』と思っていました」。反省と感謝の思いを抱きながら、主演俳優として立ち続けたようだ。

□中村耕一(なかむら・こういち)1951年2月15日生まれ。北海道函館市出身。ボーカリストとしてJAYWALKに加入、アルバム『JAYWALK』(1981年)でメジャー・デビュー。『何も言えなくて…夏』(1991年)が180万枚を売り上げる大ヒットを記録した。同曲で日本有線大賞、日本レコード大賞など受賞。2011年3月JAYWALKを脱退。2013年よりソロアーティストとしてライブ活動を開始。2017年以降、様々なアーティストと共演し、全国でライブを行う。

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