「メディアの力で人を生かし、殺すことも」 松本優作監督がもがく若者を描く理由「同じ苦しみを感じている人に届けたい」
9月16日から配信のABEMAオリジナルドラマ『透明なわたしたち』(月曜夜11時~配信、全6話)は、凶悪事件をきっかけに、現代に生きる若者のリアルな姿を描き出している。ENCOUNTは、同作の松本優作監督をインタビュー。2019年、初長編作の『Noise ノイズ』が海外の映画祭に多くノミネートされ、その後も世の中を真正面から捉えた映画を作ってきた松本氏が、『透明なわたしたち』で若者の生きざまを描いた思いを語った。
福原遥主演ABEMAドラマ『透明なわたしたち』を監督
9月16日から配信のABEMAオリジナルドラマ『透明なわたしたち』(月曜夜11時~配信、全6話)は、凶悪事件をきっかけに、現代に生きる若者のリアルな姿を描き出している。ENCOUNTは、同作の松本優作監督をインタビュー。2019年、初長編作の『Noise ノイズ』が海外の映画祭に多くノミネートされ、その後も世の中を真正面から捉えた映画を作ってきた松本氏が、『透明なわたしたち』で若者の生きざまを描いた思いを語った。(取材・文=大宮高史)
◇ ◇ ◇
――『透明なわたしたち』は、渋谷で起きた凶悪事件をきっかけに、富山で高校時代を過ごした同級生たちの運命が動いていきます。ストーリーのきっかけは。
「若者が希望に満ちた学生時代を経て、社会で壁にぶつかった時の葛藤を真正面からリアルに描きました。自分も関西から上京して、必死にもがいていた経験があったので、実体験も生かしながら制作を進めました」
――事件を追う週刊誌ライターの中川碧に福原遥さん、富山で暮らす主婦の齋藤風花役で小野花梨さん。渋谷でスタートアップ企業を経営する高木洋介に倉悠貴さん、闇バイトに手を染める喜多野雄太に伊藤健太郎さん、俳優志望のホステス桜井梨沙を武田玲奈さんが演じています。メインキャストの方々の印象は。
「5人のバランスがすごく良かったです。福原さんは年齢以上の落ち着きがあって、『チームで良いものを作ろう』という気遣いを欠かさない人でした。小野さんは娘もいる難しい役を抜群の芝居力で演じてくれました。伊藤さんは僕が全て言う前から意図を察してくれる優れた察知力の持ち主です。倉さんの個性も唯一無二で、撮る角度や距離によってカメレオンのように変化する姿には驚きました。富山の現場がハードだったのですが、武田さんはいつも落ち着いていましたね。本当にプロの俳優として信頼できる皆さんでした」
――松本監督も、劇中の彼らと同様に上京してから苦しい時期があったのでしょうか。
「僕は昔から映画監督になりたかったわけではなくて、初めは音楽に打ち込んでいました。小学校高学年からギターを続けて、20歳頃までバンドを組んだりもしていました。でも芽が出ませんでした。そして、映像の専門学校を卒業して上京し、撮影技術会社に勤めました。若くて仕事もできなかったし、今より業界も厳しかったので、そこで壁がありました。会社も長続きせずに辞めてしまって、『何者でもない悩み』の最中にありましたね」
――若者にとって、リアルな苦しみですね。
「高校、専門学校までは学生という肩書があって、社会に出てからも一応は会社員を名乗っていられましたが、辞めてからはそれもなくなりました。アルバイトをしながら映画を作ったりしていましたが、自分の居場所がない感覚は20代の間、ずっと持っていました。卒業したばかりの頃は環境に慣れるのに必死でしたが、ある程度慣れると先が見えてしまうんです。新人でも、成熟した大人でもない時期ならではの感覚でした」
秋葉原事件、Winny…貧困と孤独の青春時代を投影
――そんな監督にとって初めての長編映画が、08年の秋葉原事件を劇中で登場させた『Noise ノイズ』でした。なぜ、この事件を扱ったのでしょうか。
「極論ですが、僕も映画を作っていなかったら何か事件を起こしていたかもしれない。それくらい出口が見つからなかった時期を経験しました。センセーショナルな事件が起きると、社会はそれを切り離して異常な人が起こした犯罪のように捉えますが、僕は他人事ではないと考えています。一つ間違えれば、自分たち普通の人間が陥っていたルートかもしれないと考えて、今作でも若者の犯罪を描くことを試みました」
――監督にとって、かなり苦しい時期だったようですが、具体的にどんな境遇だったのでしょうか。
「貧困、挫折、孤独感……。すべてを経験しました。『普通に生きるのがこんなにも難しいのか』と。東京に出てきて、友達もいない中での一人暮らしでお金は貯まらないし、放っておくと社会との接点がなくなっていきます。それに、学生時代の仲間も夢を諦めて地元に帰ったり、成功した者とそうでない者で明暗が分かれていったり。そういった経験を(『透明なわたしたち』の)劇中の若者たちの行方に投影しました」
――監督は昨年も『Winny』で実在の事件を描き、社会派作品も手がけてきました。「映像の力」というものをどうお考えでしょうか。
「僕自身もメディアに対する思いは強いです。森達也さんらがよく言っていることですが、メディアの力で人を生かしたり、殺すこともできる。例えば日本の過去の戦争やルワンダで起きた虐殺も新聞やラジオなど、メディアの力も左右したものだと理解しています。携わる身として怖さも感じていますし、どうしても目の前で起きたこと全てを観客に伝えることはできないんです。真実がサイコロだとしたら、映像ではそのうち1面や2面しか映せない。それを分かった上で、できるだけ多面的に作品を作って、世の中に生きる数多の人の心情をくみ取っていきたくて続けています」
――そんな中で、今作でも犯罪と若者の現実を捉えた動機は。
「『自分ってなんなんだろう』が表現の動機です。『Noise』にしても、情熱のやり場がなかった自分のために作った映画でした。ところが、次第に自分の映画作りにおける関心が、内から外に向いていきました」
――「より世の中への関心が増した」ということでしょうか。
「そうかもしれません。『自分と同じ苦しみを感じている人に届けたい』という思いが強くなりました。映画作りの過程で僕自身が知ったことも、外に広げていこうと考えるようになりました。苦しんでいる人たちにも、明日には一歩を踏み出してもらえるような前向きなものにしたくて、社会を切り取って描いています。昨年の『ああ、ラブホテル~秘密~』(WOWOWドラマ)などのコメディーを作る時もそこは変わらないですね。生きていく背中を押してくれそうなテーマを、いつも込めています」
――あらためて、今作のポイントや監督自身のこれからについては。
「群像劇なのでさまざまなキャラクターの視点で楽しんで頂ける作品になっていると思います。まずは気楽に見てもらえるとうれしいです。これからのことはまだわからないですが、社会の寄り添いながら作品を作っていけたらなと思っています」
□松本優作(まつもと・ゆうさく) 1992年10月9日、兵庫県生まれ。2019年に自主制作の長編映画『Noise ノイズ』が海外の映画祭で多数ノミネートされる。22年には、『せんぶ、ボクのせい』が第47回報知映画賞監督賞にノミネート。23年には『Winny』が公開された。他にもドラマ、MVの制作も多数手がけている。