松本伊代「よくあんなことができたな」 リハ1回で歌&振り付け覚えた多忙なアイドル時代

歌手の松本伊代が10月12日、13日の2日間、東京・大手町三井ホールで秋のコンサート『松本伊代 Live 2024 “Journey” Tokyo Lover』を開催する。デビュー40周年を迎えた2021年に背骨を圧迫骨折。翌22年には、番組収録中に腰椎を圧迫骨折するなど長らくケガと闘う時期が続いたが、昨年、元気にステージ復帰を果たした。そして、現在は公演準備の真っ最中。ENCOUNTは、松本にこの2日間に懸ける思いや近況を聞いた。

秋の単独コンサートに懸ける思いを語った松本伊代【写真:長谷英史】
秋の単独コンサートに懸ける思いを語った松本伊代【写真:長谷英史】

秋の単独コンサート2DAYSを10月に都内で開催

 歌手の松本伊代が10月12日、13日の2日間、東京・大手町三井ホールで秋のコンサート『松本伊代 Live 2024 “Journey” Tokyo Lover』を開催する。デビュー40周年を迎えた2021年に背骨を圧迫骨折。翌22年には、番組収録中に腰椎を圧迫骨折するなど長らくケガと闘う時期が続いたが、昨年、元気にステージ復帰を果たした。そして、現在は公演準備の真っ最中。ENCOUNTは、松本にこの2日間に懸ける思いや近況を聞いた。(取材・文=福嶋剛)

――単独コンサート開催までが1か月を切りました。

「昨年と同様、素敵なミュージシャンの方々に囲まれて、2日間もできるなんて本当にありがたいです。今、まさに本番に向けて準備を進めているところです」

――度重なるケガを乗り越えて昨年ステージに復帰され、今年8月にはヒロミさんのYouTubeチャンネルで復帰後初のゴルフを楽しむ姿が公開されました。

「お陰さまでゴルフができるくらいまで回復しました。先生からは『思い切り運動をやっても大丈夫』と言ってもらい、私も本当はもっと力強いショットを打ちたいんですけど、まだちょっと怖いんですよね。ただ、先生から『歩くのが一番良い』と教えていただいたので、今は、コンサートで息切れしないように、散歩をしたり、できるだけ歩くようにしています」

――1981年のデビューシングル『センチメンタル・ジャーニー』から始まり、43年の間にシングルだけでも30作品近くあります。選曲も大変なのでは。

「そうなんです。曲を思い出したり、歌詞を覚え直すのが結構大変です。『センチメンタル・ジャーニー』とか初期のシングルは、もう体にしみついているので、今もどんな状況でも歌えるんです。でも、歌番組が少なくなって、自分のコンサートやイベントでしか歌う機会がなかったような後半のシングルなんかは、割と思い出さないと歌えない曲があります。ファンのみなさんの間では恋愛三部作って呼ばれていた『信じかたを教えて』(86年)、『サヨナラは私のために』(86年)、『思い出をきれいにしないで』(87年)以降のシングルあたりからですね」

――当時、歌詞や曲をもらって覚える時間さえなかったとお聞きしました。

「デビュー曲の『センチメンタル・ジャーニー』以外はなかったですね。3か月おきに新曲を出していたので、『やっとこの曲に慣れてきたかな』と思ったら、もう次の新曲の振り付けを覚えたり。もちろん、カンペなんかもなかったから、『歌詞も振り付けもその場で覚えて、1回のリハーサルで感覚をつかんで本番で歌う』みたいな感じでした。振り返ると『よくあんなことができたな』って思います(笑)」

――歌番組など生放送が多かったので、失敗もあったのでは。

「ありました。多分、YouTubeとか検索したら出てくるんじゃないですかね。3枚目のシングル『TVの国からキラキラ』(82年)だったと思うんですが、歌詞がごちゃごちゃになっちゃって、最後は間違っちゃったんです。それくらいじゃなかったかな。あの頃って緊張感よりも変な度胸みたいなのがあったんです。若いってすごいですよね(笑)」

――初めてのコンサートは覚えていますか。

「『ファンクラブの集い』だったと思います。持ち歌が『センチメンタル・ジャーニー』とB面の『マイ・ブラザー』しかない時、都内のコンサート会場でやったのを覚えてます。その時は、あまり緊張せずに割とリラックスしてできました。初めて日本武道館で単独コンサートをやった時は、緊張よりも感動でした。ステージに上がった瞬間、『こんなにたくさんの人たちが来てくれたんだ』と分かって感動して泣いちゃったんです。賞レースで立っていた武道館の景色とは全然違いました」

「いつまでも10代の頃と同じキーで歌っていきたい」【写真:長谷英史】
「いつまでも10代の頃と同じキーで歌っていきたい」【写真:長谷英史】

親衛隊も私と一緒に年を重ねている

――今でも、伊代さんのコンサートには親衛隊の方々も熱心に応援に駆けつけるそうですね。

「ありがたいです。昔は、普通に歌を聴きに来た方が『怖がったりしないかな』と思って、ステージから親衛隊のみなさんに『ちょっと、うるさいよ』って声を掛けたこともありました。でも、みなさん私と一緒に年を重ねていますから(笑)。新曲になると、親衛隊のみなさんも“うろ覚え”で、声援の声もちょっと小さくなったりするところが、ちょっとかわいくて、おかしいんです」

――伊代さんの歌声とステージに立った時の雰囲気は、今でも変わりません。

「まだ16だからね。ありがとうございます(笑)。歌うことが好きなのでボーカルレッスンだけは、ずっと続けているんです。ここ数年、いつもコンサートのコーラスを担当してくださるAMAZONS(アマゾンズ)さんたちと仲が良くて、声の出し方なんかも教えてもらっています。普段はお家でも、家事をしながら歌うようにしているんです。ヒロミさんは、家ではあまりしゃべらないから、私は歌いながらのどを自然に鍛えているかもしれないです。やっぱり、『いつまでも10代の頃と同じキーで歌っていきたい』というこだわりはあります」

――コンサートと言えばグッズも定番ですが、こだわりがあるそうですね。

「グッズに関しては、私もこだわりがあるので早い段階からいろいろ考えてきました。最近は、インスタライブなど生配信でファンのみなさんのご要望をお聞きしながら、グッズを考えることもあるんです。今回は定番のTシャツとタオルなんですけど、タオルはすっごくこだわっていて、コンサートで皆さんにタオルを持っていただいて、一緒にライブに参加してもらえるようなものを作ってみました。もちろん、普段も使えるように柔らかさも重視しましたよ! 来てくださる方々はぜひ、物販コーナーをのぞいてみてください」

――最近のマイブームを教えてください

「ワインにハマっているんです。この前、ニューヨークに行った時、とってもおいしい白ワインを見つけてまだ日本では売ってないと思って、かばんに何本か入れて家に持って帰ってきたんです。そしたら、知人の方が『これ知ってる。日本でも売ってるやつですよね』って(笑)。それがきっかけでワインに少し興味を持ち始めたんです。でも、ヒロミさんも息子たちも家では、ほとんどお酒を飲まないんです。だから、私1人で夜にちょっとだけワインを楽しむ瞬間が至福の時間です」

――あらためてコンサートの意気込みを。

「2日間公演があるので、声を枯らさないように体調を万全にして頑張りたいと思います。ファンのみなさんも貴重なお時間を使って遊びに来てくださるので、ぜひ一緒に楽しい時間を過ごせるようなコンサートにしたいと思います。みなさんのお越しをお待ちしています」

――YouTubeを飛び出して、いつかファミリーでコンサートなどはどうですか。

「家族はどう思っているか分かりませんけど、私はいつかディナーショーとか家族でやってみたいんです。何か面白そうですよね。でもヒロミさんは何て言うんだろう(笑)。私はこれからもコンサートはずっとやっていきたいと思っていて、何歳になっても歌える限り、歌は続けていきたいと思っています」

□松本伊代(まつもと・いよ)1965年6月21日、東京都生まれ。81年、TBS系『たのきん全力投球!』のオーディションで田原俊彦の妹役に選ばれ、芸能界入り。同年10月、『センチメンタル・ジャーニー』で歌手デビュー。翌82年の新人賞を多数受賞。ドラマやバラエティーにも出演し、中森明菜、小泉今日子、早見優、堀ちえみ、石川秀美らとともに「花の82年組」と称された。93年にヒロミと結婚し、2男の母に。2021年、デビュー40周年を迎えた。

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