「もう1試合?やれるわけない」“悪魔”中島安里紗が引退撤回を否定 WWE挑戦ジュリアの絶賛には「ありがたい」
“令和女子プロレスの悪魔”と呼ばれた中島安里紗が引退した(8月23日に後楽園ホール)。今回は、引退試合から4日後、改めて引退試合を振り返りながら、自身がいなくなった女子プロレスに対する思いを聞いた。
「(ジュリアの)試合を見たことは一度もない」(中島)
“令和女子プロレスの悪魔”と呼ばれた中島安里紗が引退した(8月23日に後楽園ホール)。今回は、引退試合から4日後、改めて引退試合を振り返りながら、自身がいなくなった女子プロレスに対する思いを聞いた。(取材・文=“Show”大谷泰顕)
「プロレスを好きになってから一人で見た女子プロレスの世界は、最初に私が抱いていた印象から随分変わった。特に、山下りな選手、中島安里紗選手の試合は力強くて、タフで、そこらへんを歩いている人とは根性が段違いだなって思えて、カッコよかった。『私のほうが強いんじゃないの?』なんて畏れ多くて言えない。大げさかもしれないけど、神聖な感じさえした」
唐突だが、これは先頃、海を渡って世界最大のプロレス団体であるWWE(NXT)への挑戦を果たした、“狂気のカリスマ”ジュリアの自叙伝「My Dream」(集英社/8月26日刊)の序章に書かれていた一文である。
結局、リング上でジュリアと中島の絡みは実現しなかったが、素人時代のジュリアから絶賛されていた中島が、似たようなタイミングでそれぞれの旅立ちを行ったのは、令和女子プロレスが次の局面に進んだことを象徴しているように思う。
実際、中島にジュリアの自叙伝に書かれていたことを伝えても、団体が違うこともあってか、「試合を見たことは一度もない」し、「ありがたいです」としか言いようがない、といった雰囲気だったのは当然の話だった。
とはいえ、中島とジュリアと言えば、偶然にも“アイスリボンの象徴”藤本つかさと深い縁があった。
中島にとっては、“ベストフレンズ”という名のタッグチームを続けてきた相棒であり、ジュリアにとっては「(素人だった)私をこの世界に引きずり込んだ女」という関係になるが、ジュリアに関しては、5年前にアイスリボンからスターダムに移籍する際、お互いのボタンのかけ違いがあり、遺恨を残す結果となった。
そういった一連の流れに関して中島には、特別な思いはない。
「つっか(藤本)のプロレス人生だから、つっかの思う通りにやればいいと思うし、心のある人だから絶対に変なことはしないし、っていう信頼の中で見ているので、別にどうこう言うつもりもないです。たぶん、お互いそうだと思います」
「(藤本つかさには)感謝しかない」
ちなみに藤本は、本来であれば育休中の身でありながら、中島が4月に引退宣言を行ってからの4カ月間、中島の最後を“本妻”としてともに歩むべく、4か月間の限定復帰を決意し、引退ロードの最後を飾る、引退試合も“ベストフレンズ”で登場した。
「私は(4月にあった)引退発表する前に、1試合だけ(藤本に)限定復帰をお願いしたんですけど、(4カ月間の)引退ロード全部を一緒に歩いてくれることになって。おかげで走り切れた4カ月だったし。人生設計がそれぞれあるなかで、それを崩してでも私のためにそれ(限定復帰)をやってくれたって、何も返せないと思うし、感謝しかないですね」
藤本が2022年に出産を果たし、絶賛育休中だったことを考えると、中島の言う通り、たしかに藤本の腹の坐り方は尋常ではない。陳腐な言い方になってしまうが、それだけ両者の間にある“固い絆”がそうさせているのだろう。
中島の引退試合はパートナーに藤本が付き、対戦相手は、対戦カード発表会見で「中島のことがこの世で一番嫌い……」と口にしていた同期の中森綾子と、「引退試合でも、それまでの時間も、すべてにおいて中島に勝つ」とコメントしていた、やはり同期の松本浩代だった。中島にとっては、18年間の現役生活のなかで、最も密度の濃い時間を過ごした選手が揃ったことになる。
「(中森の言う、中島が)嫌いに関しては、もう言われ慣れてますから。今にはじまったことじゃないというか。(お互いが)JWPの頃から闘っていく中で、通じ合ってきた思いもあるし、華子が私のことをどれだけ嫌いで、どれだけの思いを私に持っているかって、試合でそれは伝わっているから、今さらそれに対してどうこうもないし。ただ、あの頃に言っていた『嫌い』っていう言葉と、今、『嫌い』っていう言葉って、またちょっとニュアンスが違うと思うし、そこも含めて、分かりあっていると思うので、はい」
だが、結果的に中島は松本に3カウントを取られ、引退試合での「勝利」を掴むことはできなかった。SEAdLINNNGのXでは、松本を「中島を看取った」と書かれていたが、中島は引退試合で鼻血を流した姿を晒すなど、最後まで泥臭く引退試合をまっとうした。
「松本には18年の思いがありますから。常にライバルであり、松本も言っていましたけど、常に負けたくないって思い続けた18年だったし。どこかでどっちかが落ちてもおかしくないじゃないですか。だけど常にトップを目指し続けていたからお互いが闘い続けていられたし、いろんな思いがありますね」
「どんなこともいつかは笑い話になる時が来る」
また、中島の引退興行は、ダブルヘッダーの強行軍で、メインでの引退試合の前には、第2試合で師匠・堀田祐美子、下田美馬組と対戦(中島のパートナーはデビュー4か月の光芽ミリア)。
試合前には堀田から、中島の新人時代を振り返り、「何もかもが舐めていた」との言葉が公開された。
これに関して中島は、「全然それ記憶がないので。あー、そんな感じだったんだって。でも、どんなこともいつかは笑い話になる時が来るんだよって、若い子たちを勇気づけたいです。今、シンドいことがあると、目の前があーってなったりしちゃうけど、結局は笑い話になるんだよってことを伝えたい」と話しつつ、「だって舐めてたってこうなれるんだもん。別にこうじゃなきゃいけないとか、ちゃんとしてなきゃいけないとかないから別に。いつからでも人は変われると思うし、やっぱ女子プロレスが大好きでっていう気持ちさえあれば絶対に大丈夫なので」と開き直りとも思える言葉を発しながら、“小悪魔”に当たる若手にエールを送った。
事実、中島と組んだミリアには、試合前から「プレッシャーを感じてほしい」と発言していた。改めて中島がこの発言の意図を説明する。
「プレッシャーを心地いいと感じれるようになってほしいし、私自身、JWPの時とかそうだったし。毎回、後楽園のメインを任されて。プレッシャーを感じないわけないじゃないですか。感じてたけど、それがすごい楽しかったし、期待されている自分が好きだったし。っていうのをしっかり全部受け止めて、感じきって頑張ってほしいなって思います」
そして、さらに「なぜプレッシャーを感じることが大切なのか」を補足した。
「逃げの言葉が今、多いじゃないですか。頑張らなくてもいいとか、生きているだけでいいとか。それでいい人はいいけど、私はそういうふうには思わないから、しっかりプレッシャーを感じて頑張ってほしいです、はい」
最後に中島に対し、「もしもう1試合やれと言われたら、やれるものですか?」と問うと、「やれないです。やれるわけないじゃないですか、引退しているのに」と即答された。
“悪魔”と呼ばれ、対戦相手を恐怖のドン底に陥れてきた中島だけに、考えてみれば、それは当たり前の返答だった。
「とにかく(引退興行が)無事に終わってよかったなあっていう感じです。通常興行ですら人数が少ない中で大変なのに、引退興行をやるってさらに大変だったんですよ。しかも今回は引退パーティーもあって。いろいろやることが詰まっていたので、ホント無事に終わってよかったなあっていうのが、今一番の心境です」
晴々とした物言いに、嘘偽りのなさと安堵感が伝わってきた。
「悔いがないから引退を決めているので、足りないものもないし、楽しかったです、はい」
最後はつきものが落ちたかのような清々しい表情でそう答えた中島だが、トップを張ったプロレスラーとは常にサプライズを頭に描く習性がある。だから「(もう1試合)やれるわけない」と言われても、次なるサプライズへの前振りに違いないと勘繰ってしまう。とはいえ少なくとも今は深読みはせず、第二の人生でも、人智を超えた“悪魔”的な快進撃に期待している。